49:僕やって苦手な事ぐらいあるよ!
魔王子アクシャ。
敵として彼の名を聞いた者は恐れ慄き、死を覚悟する。
味方として彼の名を聞いた者は勝鬨を上げ、勝利を確信する。
それ程までに絶対的な力を持つ“災いの薄紅”。
何故“災い”と呼称されているか。それは概ねこういう理由だ。
「さっき乗った電車マジで香水臭かったわ。萎えた。おもんないから飯作るの止める。怠い」
「えっ!?」
アクシャの言葉にベルが驚いて机を拭く手を止めた。
「えっ!? えっ!? カ、カレーは……」
「無いよそんなもん。やめやめ。めんどくさ」
「ええーーーーっ!!」
ベルが布巾を放り出してアクシャにしがみ付こうとするが、それをスイっと躱されて床にダイブする羽目になった。
「うべっ! ……ひぃぃん……」
「フッ! アホやん! 今のちょっとおもろかったから米は炊いたらあ」
この魔王子、大変な気分屋なのだ。しかも飽きっぽい。
お笑い芸人の同じギャグやボケを二度、三度と繰り返して笑いを取る天丼ですら3回目には無表情になっている事も多々ある。
かと思えば“チャラチャラのパーハン”で小1時間笑っている事もあり、そういった気分の変動で彼のやる気も変動する。
何が彼の気分を左右するかがあまり予測できない。先程ベルが転んだのも笑いはしたが、次に同じものを見ても無表情で冷たい視線を寄越す可能性も十分にあり得る。
これを戦場でもやらかすのだ。
面白かったら殺す。面白かったら見逃す。
面白く無かったら殺す。面白く無かったら見逃す。
戦う気分じゃない時に駆り出されなどすれば、面白くなさそうにその辺を適当に爆破し始める。
気分が乗った時に戦場に出れば、敵を使ってあらゆる遊びを考え始める。
因みにエリクスの父親はアコード特性ネズミ花火でアクシャに追い回され、魔法で応戦するもご都合魔法で無力化された。
挙句、『オッサンのびっくり顔ちょっと飽きたな。何やっけ? 何かオモロい話ある?』ときた。
『好きなだけ女を選んでくれ、な! 強い魔族を生み出して数を増やすのだ!!』と言うと。
『うーん、下半身に支配された脳みそでは、理性的な思考や判断が困難と思うんやけど。そんで生み出してどうするん? 生み出すだけ? 生んだ後のプランは? ゴールあるん? 主な筋書きは?』
と急に冷静になったアクシャに問われたのだ。
そこで『色々あるだろ! 上級魔族が1人でも増えればそれだけで魔力消費が増えるんだぞ! 戦力も増える!』と言ったのだが……。
『僕が聞いたのは増やした後のプランやねん。そんなアホでも分かるような事メインにした上に、質問に対して色々あるだろ!とか舐めすぎやろ。やっぱ下半身はあかんな、要らん』
そして殺されたという。そもそもアクシャに繁殖の意思が無いので無駄な話し合いだった事もある。
エリクスも(我が父ながらやべっす。アレがオレ達の魔王だったとかゴミすぎだったっすよ)と思っていたので、その内息子に殺されていたかも知れないが。
とにかくこの気分屋でやる気の変動が激しい、言わばもしかしたら情緒不安定かも知れないこの魔王子は今までずっと、その強さから自身の父親すら差し置いて好き勝手、ワガママ放題、それこそ“災い”の名を欲しいままにしてきた。
だが、こんなアクシャにもちゃんと苦手なものがあるのだ。それも別に1つではない。
「……あっそういえば今日聖界から使者が参りました。こちらを。密書と言ってましたよ」
米を炊いてくれるなら後は彼の気分を乗せるだけ。興味を持ちそうなネタを思い出して良かった。ベルがアクシャの不在時に受け取った聖界からの手紙をアクシャに渡す。
「あーん? はやない? もうサイスが暴れたりしたんかな」
言いながら指をパチンと鳴らす。聖界の文字は読めないからだ。そこはご都合魔法で解決する。そして手紙を開けて固まった。
「……なんて書いてあるんですか?」
ベルが尋ねるが、アクシャはそっと手紙を閉じて目も閉じた。
「あっいや、うーん……やっぱちゃんとカレー作るわ……」
調理しながら考え事をしよう、そう思ったのだ。
「やったー!!」
アクシャの心中を知ってか知らずか、ベルは両手を挙げてぴょんぴょんと跳ねて喜んでいた。
(いやいやいやいや、どんだけやねんて、僕何かそんなに良い事したかな? いやー困ったぞ、僕どうしたらええねんて)
玉ねぎを切りながら思考する。
聖界からの手紙。内容はこうだ。
『親愛なるアクシャ様
先日はお会い出来てとても嬉しかったです。大変な事も知りましたが、私としては素敵な時間を過ごせました。
どんな時でもあなたの事を思い返すと、大変なお仕事も目一杯頑張れます。私のミカエルとしてのお仕事が、アクシャ様の目標が達成される、その応援とお手伝いになれば幸せです。
アクシャ様のいる人間界に早く行ってみたいので、出来るだけ早く降りられるように準備を進めています。
詳しい日にちの候補はまた決まればお伝えしますので、次に使者がそちらへ向かった際にでも、お返事を頂ければと思います。心よりお待ちしています。
アクシャ様に会いたいので、とっても楽しみです。ずっとずっと待ってます。
*追伸*
サイスはとっても大人しく、いい子にしています。聖界では聴取を受ける以外に、エルヴィエルとバルディエルを含めた聖族26人分のお仕事をしてもらう方針で、話が固まりつつあります。』
もはや……というより完全にラブレターである。一番重要であろうサイスの話がついでに付け足されている始末だ。
(んんんんんんそら何か知らんけど、今まで変にモテはしてきた。してきたけどなあーーーーーー相手が幼女だとかはちょっとなぁぁぁぁぁぁ!!)
賢く立場のある相手だとはいえ、幼女は幼女。お互いに人間換算だと30歳と10歳の歳の差がある。
重罪だ。
ジャガイモの皮剥きに取り掛かる。
(かと言って簡単にあしらわれへん、相手は王子の僕より格下とは言え、向こうではまあまあ位が高い……んええええどうしたもんかなあ!!)
アクシャとて魔族としての善悪もあれば、人間界で得た善悪も持ち合わせている。
どうにかこの幼女……ミカエルを傷付けることなく、適切にあしらいたいのだが。
剥いたジャガイモを手早く切り終わり、ニンジンの皮剥きを始めた。
(えー、しかも来るとか言うてるし、それもプラン立てるん早過ぎへんか)
幼女とて恋する乙女、しかも立場があるという事は権力があるという事だ。
聖界に行ったあの日から1週間も経過していない。この短期間で“ミカエル本人が来るプラン”を立ててくるというのはなかなかのものである。
ニンジンを切り終え、ジャガイモと一緒にボウルに放り込む。ラップをして電子レンジに突っ込んだ。肉と玉ねぎを炒めている間にレンチンである程度火を通し、煮込み時間を短縮しようというのだ。
勿論、ミカエルを諦めさせるのに手っ取り早い方法はちゃんんとある。
素を出す事だ。
しかし、なんせアクシャは初手の対応を間違ってしまった。
王子様スタイルで挨拶してしまったのである。これがあの時の(あっあかん……コレ多分対応間違えた……)なのだ。
かくして、アクシャは上手く言い訳というか穏便に彼女の恋心を覚ますというか、そんな方法を見つけられるのか。
魔王子アクシャが苦手としている“女性を傷付けないあしらい方 〜幼女編〜”。
(よっしゃ……腹決めたろやないかい……!!)
試される時が来てしまった、そして決意する──!




