野蛮な種族やなぁ……愚か愚か(笑)
「お疲れ様でしたー!」
レイが職場を出る。
今日も面白かった。
人間は些細な事で喜び、怒り、悲しむ。
負の感情をエネルギーとしているレイ……もとい、アクシャにとっては勿論、人間が負の感情を発している場面などは興味深く、面白い。
ただし人間状態ではツノが無いため、そのエネルギーを吸収することは出来ない。楽しむだけではある。
魔界のことを考えれば、喜びなどの幸福に繋がる感情を研究する方が良い。それもあって人当たり良く健全に働いているのではあるが。
(こんなん、ホンマは聖界がやるべき事やねんけどな)
そうなのだ、人間界へ干渉するのであれば、魔族は負の感情を焚き付けるべきで、喜ばせるなどは聖族の仕事である。
聖族。魔族とは対極にある存在で、彼らは喜びや快楽など、正のエネルギーを吸収・利用している種族だ。
(聖族は僕らと違って割と人間界に来やすい筈やねんけど、そういうの考えへんのかな)
アクシャが人間界に来るために作るゲートは、アクシャほどの上級魔族でないと作る事が出来ない。つまり、その辺の魔族が気軽に来れる場所ではないのだ。
魔界にも人間界の文化が幾らかは流れ込んではいるが、それも過去の強大な魔族が持ち込んだもので、その種類や数も多くはない。
一方で聖界はある程度……中級程度の聖族であれば容易く人間界に来る事が出来る。
なのにだ。人間界の負の感情は増えるばかりで、正の感情は少ないと聞く。
(ホンマ何してんねん聖族は、ザッコいわぁ〜)
そう思いながらアクシャは帰路を辿った。
人間界の家に着くまでに暗く、細い道を通る必要がある。
そこに差し掛かった時であった。
「見つけましたよ、アクシャ王子……!」
振り返ると、天使……聖族が僅かに光を纏って空から舞い降りる最中であった。
美しい金髪の女性の姿で、額には輪、背には1対の白い翼、手には槍。
「いや、派手過ぎるやろ。人目とか気にせぇへんの??」
人間の姿のまま答えたが、どうもこの聖族には聞こえていないようだ。
「観念しなさい、アクシャ王子!! あなたが人間界で行っている悪行など、我々はお見通しですよっ!!」
聖族は声も高らかに槍を構えた。目には正義の炎でも宿っているかのようだ。
「いざ、勝……」
「聖族って人間相手に槍構えるん??」
アクシャが遮った。そう、今のアクシャは人間の状態……背後の気配に然程気付かなかったのも、それが原因ではある。
「えっ……」
「今の僕、人間やで? 普通に働いて帰ってる最中や。話やったら聞いたるけど、まずその色んなもん仕舞えや」
アクシャの言葉に聖族が戸惑い、槍を下げる。
何故なら聖族の常識では、魔族は野蛮で好戦的、話など通じず、攻撃を受ける前にやらなければ殺される……という事になっている。
実際魔族は好戦的な種族ではある。しかし、話合いすらしない訳ではない。アクシャからすれば急に戦闘を仕掛けてくる聖族の方が野蛮だ。
「名乗りもせん、一方的に戦おうとする、ビカビカ光る。ちったぁ話する姿勢ぐらい見せぇや。聖族はそんな野蛮やったんか? 魔族じゃなかった場合の事は考えとるんか? そうなったらただの人間1人殺しとるんやで??」
呆れたように淡々と話すアクシャに、目の前の聖族が段々と輝きを失う。
「そ、それは……」
「あのなあ、挨拶を交わす、他人の意見を聞く、自分の意見を述べる。この3つが揃って初めて対話になんねん。聖族は対話もせんのか? これすっ飛ばして人殺しするんかいお前は」
「あ、あ……いえ……その……」
聖族の翼がシオシオと下がり、完全に輝きを失った。
どうみても上司に怒られる部下の図である。
「ほんで? お前の名前は?」
「ヴェルディエルです……」
俯きながら答えると、またアクシャから小言が飛んだ。
「目ぇ見て話さんかい。んで何? そのヴェ……言いにくいわ、ベルでええ??」
「ヴェっ、ヴェルディエルです!!“べ”じゃありません、“ヴェ”です!!」
ヴェルディエルが慌てて訂正する。名前に拘りがあるようだ。
「うるさい。高木ヴーぐらいオモロなってから文句言え」
「ぐっ、ぐう……」
(そもそも高木ヴーって何ですか……!?)
ああ言えばこう言う。まさにそんな感じで返されるやり取りに、魔族初体験のヴェルディエルは歯噛みするしかない。
それもそうだ。聖族である彼女は、聖界で上司に言われるまま「はい」「はい」と忠実に仕事を成してきた。言い返した事なども特にない……つまり、そんなに賢くない返事しか出来ない。
忠実であった甲斐あって“ヴェルディエル”という名を授かったのだが……。
「まあええわ、話やったら聞いたる。さっさとその羽と槍仕舞って人間の姿にでもなれや」
目の前の男の提案を飲みそうになったが、ヴェルディエルはそこで思い出す。
話的に魔族で間違いないのだから、戦えば良いのでは?
「いっいえ、魔族の言葉になど騙されません!! 魔族と話す事などありません!!」
そう言って輝きを取り戻し、槍を構え直した、その瞬間。
「ダボが」
そう聞こえたヴェルディエルの視界は暗転した。