43:ミカエルに会った事はあるんよ?
幾つかの島と雲海を越え、都市部に辿り着く。
途中途中で何人もの聖族達に止められたり、驚かれたりしたのだが、全てエルヴィエルとして振る舞うサイスのお陰で特に時間を取られることはなかった。
だが確実なのは尋常ではない敵意を向けられていることだ。
「ふふん……良い敵意やなあ……他の魔王達を殺しに回った時みたいやん。気分ええわ〜」
「流石王子っすね、オレもちょっと楽しいっすよ!」
アクシャとエリクスが談笑しているが、これを良い気分だと言えるのは魔族だからこそ、だろう。ベルは萎縮してしまって同じ聖族にすら恐怖を覚えている。
都市部の一際大きな建物、その手前にある建物の前に降りる。先導していた衛兵達が建物を守る兵士達に話をしている。
事情を説明しているのだろう。
その間にサイスがキョロキョロしながらアクシャに話し掛ける。
「アクシャ、ミカエルは上位2階級の聖族だ。貴様と言えど……いや、今は貴様だからこそ簡単に会う事は出来ない。ここまでは私が居たから連れてこられたが……。以前会ったのがミカエルだと言ったな。本当なのか? 私ですら上位4階級だ、遠くからしか見た事がないんだぞ。3位を飛ばして会うなど……」
サイス……エルヴィエルの上位に居るのはサドキエルだ。彼女を飛ばして会わせるのは、アクシャが希望したからとて、エルヴィエルの顔に泥を塗るような行為ではある。
今のサイスにとってはエルヴィエルとしての立場など、もうどうでも良い事なのだが。
「だって僕はミカエルにしか会った事ないもん。昔……2500年ぐらい前? 親父が連れて来てん。話したいっていう聖族共が来て、それで魔界で何か話したんよ。その時のミカエルが最年少で、男やったし、僕と歳が近かったから一緒に遊んでん」
アクシャが懐かしそうに話した。先を続けようとしたところで兵士達の話が終わったようだ。
建物内へ案内される。
「案外上手くいったっすね?」
「サイスがちょいちょい睨んどるからやろ」
実際その通りで、目が合った者にいちいち力を使っているらしい。キョロキョロ周囲を見ながら話しているのはそのせいだ。
建物の中も白く作られており、所々小さな鉢植えにアイビーのような蔦が垂れている。
「そんでよ、僕が人間界に興味持ったんは、そのミカエルが人間界の事を教えてくれたからやで」
アクシャがそれだけ言うと、ちょうどそこに衛兵が1人、アクシャを警戒しながらやってきた。
サイスがまた力を使おうとするが、それはアクシャによって制止される。
「ま、魔王子アクシャとお見受けする! こっ、ここへ来た目的を述べよ!」
恐れからか声も身体も震えているのが分かる。目的などとうに伝わっているはずだが、形式的に直接の確認が必要なのだろう。
恐ろしい魔界の話が伝わっているのはサイスのせいだけではない。聖界のエネルギーが不足していることで、魔族側にエネルギーが偏っていることを恨み妬んだ事も大きく関係しているのだ。
エネルギーが潤沢な魔界、そこでただ1人となった魔王子。となれば目の前に居るのは計り知れない存在だ。
アクシャがゆっくり前に出ると、衛兵が反射的に槍をアクシャに向ける。
ベルがマズイ!と思ったが、アクシャは槍の先端にそっと触れて下げただけだった。
「失礼。僕は敵意を持っていない、どうか落ち着いて。ゆっくり息をして、僕は君に何もしません。魔族を前にするのは初めてでしょう、驚くのも無理はない」
なんと、アクシャが流暢な標準語で話始めたのだ。
これにはエリクスも驚きだったようで、ベルにこそこそと話す。
(おおおおお王子がっ! あの横柄な関西弁の王子が!!)
(普通に話せたんですね!? すっ、凄いです!!)
因みに、このやり取りも全てアクシャの地獄耳に入っている。
(後でシメたろ)
「僕の目的は、ミカエル様とお話する事。申し訳ありませんが、僕が過去に話した事がある聖族の方はミカエル様です。代替わりも承知ですが、一度確認して頂きたい。構いませんか?」
穏やかな表情で話しかけるアクシャの姿に聖族の衛兵はようやく槍を下げ、言葉を発した。
「は、はっ、承知した、いえ、承知しました」
サイスの後ろでは、比較的丁寧に話すアクシャにエリクスがずっとベルをはたきながら笑っている。
アクシャはそれを感じ取っていて後で殴ろうと考えているが、エリクスにはたかれているベルはお陰様で緊張や恐怖心が解れたようだった。
この魔族達と居ると一番安心できる。
程なくして案内の衛兵が寄越され、更に奥に通される。
聖界で魔族の訪問など異例中の異例だが、ここまで通し入れる事も歴史的瞬間だ。
当然、先ほどアクシャを前にした衛兵以外からは敵意や恐怖を感じている。
「ここから扉を2つ通った先にミカエル様が待って居られる。くっ、くれぐれも妙なことは……」
「勿論ですよ、僕もあなた方と争いたくはありません」
アクシャがそう言って柔和な笑みを向けると、衛兵は黙った。
2つと言われた内、1つ目の扉を開いた時だった。
奥の扉が見えたのだが、それが向こう側から勢いよく開く。
その扉の奥から飛び出してきたのは、真っ白な髪、真っ白な服、真っ白な翼を持った小さな少女の聖族だった。
「アクシャ様!!!!」
少女が大声でアクシャを呼び、目の前まで飛んでくる。
白い少女の目は透き通った紫色で、胸元に黒く丸いペンダントを下げていた。
それを見たアクシャがその場で固まる。作っていた笑顔も消して、その場で立ち止まった。
聖族の寿命は長くて2000年。1万年を優に生きる魔族よりもずっと短い。
継いだ名の任期も長くて1500年だと考えれば、アクシャが2000年以上前に会ったミカエルが代替わりをしていてもおかしくないのだ。
彼女が新しいミカエル。それ自体に大きな驚きはない。
勿論、アクシャの後ろではエリクスばかりか、サイスやベルがミカエルの行動に驚いているのだが。
少女の姿に慌てた衛兵がその少女の名を呼んだ。
「いけません、ミカエル様! お部屋で待つようにと申し上げたはずです!」
「でも、でも!!」
衛兵の言葉に年相応のような反応を見せた少女……ミカエルが衛兵を振り切ってアクシャの前に立った。
「あの、あの……とても、とてもお会いしたかったのです! 私、あなたと会ったミカエルから2代を経て、それでも! それでも会いたかったのです!」
それを聞いたアクシャがミカエルの前に片膝を付く。これで今代のミカエルと同じ目線だ。
「……そうなん……」
わずかにそれだけ口にしたアクシャの表情はとても辛いような、優しいようなものだった。




