42:御託はええから、取り敢えず聖界行くで
徐々にサイスの身体が人の形を取り始める。少し恐れが解けたようだ。
「……貴様に負けて瀕死になった私は、残った城の者達の補助を受けて人間界へのゲートを開いたのだ……悲願を果たす為、あの災いから離れろと。それを通ってしばらく人間界の池に居たのだが、たまたま……そこを聖族が通りがかった」
人の形を取り直したサイスは、青い肌に白い髪、そして鋭い吊り気味の赤い目をした男性だった。翼は粘膜の様なぬめりがあり、額からは歪な輪のような金の細いツノが生えている。
顔だけなら美形だ。
服装がエルヴィエルの時と同じで、それが更に奇妙な不安定さを感じさせた。
「彼は私を引っ張りあげてくれた。初めは殺されるところだったが、敵意が無いことを示すと、“エルヴィエルだ”と名乗ってくれた。それから2人でしばらく魔界や聖界の事、エネルギーバランスの崩壊などについて話し、そして思ったのだ」
そして更にサイスの姿が変化した。白い髪に茶髪が混じり、男性とも女性とも付かないその姿。虹の混じった美しい翼。
ベルのよく知る、エルヴィエルの姿だ。
「エルヴィエルを喰えば、聖族の力も得られるのではないか、とな。そうすれば私の目的……聖界をも支配する事に一歩近づける。そして私は彼の隙を突いて洗脳した。大人しくなった彼を喰らい……想像していた通りに聖力を得たのだ」
サイスが喰らった聖族は24人のヴェルディエル達だけではなかった。元々存在していたエルヴィエルも被害者だったのだ。
そしてそのエルヴィエルに擬態したのが、これまでのサイスの姿だった、という事になる。
「それからは実に簡単だった。聖界へのゲートは魔界よりも簡単に開いた。元々のエルヴィエルの評判も良かったんだろう、魔族の魔法に詳しくない若い聖族達は、すぐ私の力で騙すことが出来たよ」
それを聞いていたベルは黙っていた。
この男はベルだけではなく、聖族の仲間も、聖界までも騙して生きてきたのだ。
「……名の繋がりは……元のエルヴィエル様の名の繋がりは切れなかったのですか……」
ベルが疑問を口にする。
確かにそうだ。聖族はその名に縛られて生きている。元ヴェルディエルだったベルの名の繋がりはもう無いが、サイスに喰われる前のエルヴィエルには名の繋がりがあったはずだ。
「切れたみたいだ。聖界に行くと大騒ぎしていたよ。だが私の洗脳は強力でね。そこの魔王子サマには効かないみたいだが、大体の事は騙すことが出来るんだ。今こそ敗北者だが、自分の種族では一二を争う能力者だからね」
そう言って自身の両眼を指す。ベルの食い気には負けたのだが。
サイスはベルを見ながら更に続けた。
一瞬、サイスに見られたことでまた洗脳されるのかと思ったベルは、一生懸命美味しかった食べ物のことを考えようとしたが、彼は何もせず先を紡いだだけだった。
「名前の事も騙せた。刺客達も魔王子を倒すための“宿命の子”とだけ言って、それぞれ違う名前を付けたとか上部には報告していたんだが。それが実は全員ヴェルディエルだった、なんてのも全て捻じ曲げた。聖族の名前は記録されるだろう? 名のカラクリがバレるからな。君自身の名も実際は別の名で記録されている」
全てを諦めたかのように話すサイスは、今度こそ降参したようだった。
サイスの話を黙って聞いていたアクシャがようやく宙から降りてくる。空気椅子にも飽きたようだ。
「……僕のご都合魔法とかも捻じ曲げるタイプやからな、同じタイプで上位の僕には効果が無いんやろ。でもお前の詰めが甘いアホな計画がバレた原因は、全部その洗脳に頼ったせいやな」
「……認めよう、王子サマ」
アクシャが着地し、サイスを促す。
「はん、クソみたいな時間やったわ。サイス、聖界のゲートを開けろ」
頷いたサイスが虹の混じる翼を広げる。それを見たベルやエリクスも翼を開いた。
サイスが上空で金色のゲートを開く。その先は聖界だ。
ゲートを通ると、そこは全てが白い世界だった。
白く荒廃した地面に白く乾いた草、そんな地面の周囲を白い雲海が取り囲んで押し寄せている。
ベルは懐かしさと切なさを胸に抱えてその景色を見渡した。
「……僕も聖界に来るんは初めてやけど……これで聖族が生きとるっていうんが凄いな。僕的には魔界にこうなって欲しいんやけどねえ」
アクシャが禍々しい翼を軽く打って話す。
エリクスも「綺麗っすね!」と上機嫌だが、ベルは複雑な気持ちだった。
しばらく飛翔していると、遠くから飛んでくる聖族の影が見える。5名ほどだろうか。
「……流石に歓迎はされませんね、仕方ありません」
ベルが悲しそうな表情でその影を見やる。どうも良い状況ではないらしい。
「あれ何?」
アクシャが率直に問うと、それはサイスが答えた。
「聖王衛兵だ。ゲートを潜った反応が変だったんだろ。私が初めて聖界に入った時もそうだった」
「ふーん。ゲートの反応って管理出来るんや」
魔界のゲートは誰が通ったかなど感知できない。対する聖界はそれも管理できているようだ。
「ああ、聖界のエネルギーはただ満ちているのではなく、一度ダムの様な物に蓄積されているんだ。そこから各地区に配給・散布されている。誰が力を使ったかは分からないが、ダムを通るからかどう使われたかは管理出来るんだ」
それを呑気に聞いているアクシャの目の前には、もうその聖王衛兵とやらが近い。サイスも呑気にしているが、諦めているのか、アクシャが居るからかは分からない。
「ふーん……ほな配給方法にだいぶ問題があるんちゃう?」
「この辺りは下級聖族の居住区だ。輪も持たない奴らの場所に聖力をたくさん撒く意味がないんだよ。このシステムは私が来る前から完成されていたぞ」
アクシャとサイスが会話を続けているが、ベルがアワアワしだす。アクシャ達は気にしたような様子もない。
ついに衛兵達に囲まれてしまった。
「き、貴様!! ま、魔族ではないか……!!」
「エルヴィエル様が魔族と一緒に居るなど……」
「宿命の子まで……その翼はどうした!?」
口々に衛兵らが驚きと警戒を持ってアクシャ達を見る。サイスがアクシャを見ると、アクシャは何も喋るつもりはない様で、それはエリクスも同様だった。
お前がどうにかしろ、という事らしい。
「皆さん、驚かせてすみませんでした。こちらの彼がかの魔王子アクシャです。宿命の子が捕らわれた為、私自ら向かいましたが話し合いでの平和的な解決を望んでいるとの事。故に共に参った次第です」
サイスが“エルヴィエル”としての振る舞いを見せる。
だが、衛兵達もにわかに信じがたいらしく、サイスにその疑いの心中を吐く。
「エルヴィエル様、魔族がそんな事を言うものなのですか!? 惑わされているのでは……!」
1人の衛兵達がそこまで言ったところでサイスが口を挟む。
「皆さん、私の目を見てください。私は嘘など申しておりませんよ。……さあ、アクシャ王子を彼の望む場所へお連れしなさい」
サイスの瞳が妖しく光り、簡単に彼らを信用させる。
「……は、はい……」
惑わされているのは衛兵達の方だ。
それを目の当たりにしたアクシャが楽しそうに言った。
「アハハ……ちゃんとおもろい事出来るんやん……。ほな、そうやな、ミカエルの所を希望する。悪いけど、頼んだで」
「承知しました……」
惑わされた聖族達がアクシャの言う通りに先導を始めた。




