41:人を起こす時にアッパーはあかんよ
最後に手を振り下ろした時、最後の翼がもげ落ちた。
残った1対は元々のエルヴィエルのものだろう。
最後の1撃がなかなかに重かったためエルヴィエルが気絶する。それと同時に翼がもげた断面から放出されていたレーザーや光球も止んだが、代わりにドクドクと血が溢れ出してきた。
24対もあったのだから断面は48箇所。そこからの出血はとんでもない量だ。腕や脚、顔にも翼が生えていたため、原型は留めていない。
このまま死なれては困る。コイツを聖界に突き出さなければいけないのだ。そしてもう1人……。
パン!
アクシャがその場で手を叩いた。それだけでエルヴィエルの出血が全て止まる。断面が徐々に縮んで、ある程度の大きさで止まった。
アクシャお得意のご都合魔法だ。どういう場面で使えて、どういう場面では使えないのかは……実は本人も分かっているようで分かっていない部分もあるとか。
「まあこれで死ねへんやろ。これ以上の治癒はしたらへん。……ベル!」
動かずに気絶しているエルヴィエルを前に、アクシャがベルを呼んだ。エルヴィエルの首根っこを掴んで持ち上げる。
「はい!」
ベルが涙でいっぱいの顔のまま走ってきた。
「気絶しとるから、叩き起こせ。最後の1発やで、君の分や」
喰われた24人の分と、騙され続けたベルの分。
最後の1発の前に、ベルが気絶しているエルヴィエルの頬にそっと手を当てた。
「……エルヴィエル様。私はあなたを信じ、憧れていたのですよ。あなたに選ばれた時はとても嬉しかった」
ベルが優しく言い聞かせるように眠ったような彼の頬を撫でる。アクシャとエリクスもそれを黙って見守る。
「でも……」
そしてベルが目を閉じる。エルヴィエルに触れていた手をゆっくりと離した。
「嘘は! いけません!!!!」
ゴン!!!!
素早く屈んだ彼女から放たれたのは、ビンタでもなく正拳でも無く……綺麗なアッパーカット。
「アゴ変な音した気がするで、死ぬって」
見事に決まったアッパーのせいでアクシャの手からも離れて吹っ飛ぶエルヴィエル。
ドシャ!という音と共に地面に落ちたエルヴィエルは口から泡を吹きながら気絶し直していた。
「ベル、もしかしてあのアクト様から何か学んでるっすかね!?」
「いやや脳筋増えるの……ていうかアレ脳震盪ちゃう? 起こしてって言ったのに」
アクシャが若干遠巻きにエルヴィエルの様子を観察するが、その気絶しているエルヴィエルにベルが駆け寄る。
「起きるんです! アクシャ様の命令ですよ! 起きるんです!!」
べチベチベチベチ!! ベチベチベチベチ!!
「ベッ、あぶ、ヴァッ」
胸ぐらを掴み、エルヴィエルの顔に延々とビンタを見舞うベルの姿に、魔族2人は引いていた。声が漏れているあたり、エルヴィエルはもう起きているのだがベルのビンタが止まない。
「いや、怖……」
「ベル、止めるっすよ、起きてる、起きてるっす!!」
べチベチベチベチ!! ベチベチベチベチ!!
「あかん、聞いてへんわ。1発で済まされへんかったもん。あれが20年の恨みやで」
そう話している間もビンタが止む気配はない。
「王子、止めてあげるっすよ。オレ、その間にもげた羽集めるっす」
「えー? めんどくさ。しゃーないなー? ベルー? ソイツと喋るからちょっとビンタ止めて、ソイツここに置いて」
向こうで「えっ、はい!」と答えながらエルヴィエルを引き摺りながら連れ、アクシャの前にポイと捨てた。
かつての憧れた上司の扱いも今やコレである。ベルはなかなかに魔族の才能があるのかもしれない。
アクシャの目の前に放られたエルヴィエルが、息も絶え絶えの状態で言葉を発した。
「う、うぐ……くっ……殺せ……」
「いや、お前もくっ殺言うんかい! 悪いけど僕男はちょっと……。ベルも僕んちで言うたし、何なん? 聖界で流行っとんの?」
そしてベルがアクシャの自宅に来たばかりの頃を思い出す。あの時はアクシャに対する警戒心や敵意でいっぱいだったのだが、今や立派に……。
ベルに目を向けると、『命令通り、コイツを起こしました! 褒めて!』というドヤ顔でアクシャを見つめている。尻尾があったなら振っているのだろう。
(立派に犬みたいになってしもて……)
一つ、溜め息を吐いたアクシャがいまだ目の前で転がったままのエルヴィエルに話し掛けた。
「今は殺さへん。そもそもお前はもう魔王子やない……今、魔界の王子はこの僕ただ1人や。南西の元魔王子サイス、これからの一切を僕の所有物として振る舞え。敗北者の全ては、勝者が権利を有する、忘れてへんやろ。不満があれば、もう一度僕に挑め」
いつにない圧でエルヴィエル……サイスに話し掛ける。そのアクシャの表情は、ベルに『部下になるかどうか選べ』と迫った時よりも恐ろしい威容を放っていた。
だが、サイスも元は王子だ、まだ何かを口走ろうとするが……。
「ドッ!!!!」
アクシャのただの大声で阻まれる。それだけだったが、サイスには効果覿面だったようだ。
みるみるうちにサイスの姿が溶け、人の形をした青いスライムのような姿になってしまった。辛うじて残った翼も溶けかかっている。
「ふん! 負け犬の分際で僕に口答えするからや」
ベルも流石にまだ別の姿があるのかと思って驚いてしまった。そんなベルの様子にエリクスが横から捕捉してくれた。
「南西の魔王の種族は、普段はオレ達みたいな姿っすけど、気を抜くと不定形になってしまうっす。今のこれは尻尾巻いてる状態みたいなもんっすね。元が不定形だから擬態と、擬態を見抜かせない洗脳、補助系の魔法が得意っすよ」
解説してくれるエリクスの横で、ベルが神妙な顔をしている。
「……ああ、だからアクシャ様のお城のお庭で会った魔族の方は青い肌をしていたのですね。今のエルヴィエル様……いえ、サイスさんと同じ色です」
確かに、アクシャのデコピンで抹消された魔族も今の彼と同じ色をしていた。きっと、元の魔族の姿で人の形を取れば、消されたあの魔族と似たような姿になるのだろう。
「くそ……もうあと1000年あれば聖界も私の物だったのに……」
サイスが溶けた手で顔らしき部分を覆う。ツノだけは保っており、恐らくそこが顔で間違いない。
「その辺、マジでどうやって聖界に潜り込んだんや? お前ら、手本が無かったら擬態できんやろ。最初は聖力も無かったやろし。言え」
アクシャがその場でフワッと浮き、空中で座る体勢になる。翼が無くとも宙に浮けるようだ。ベルはそれも初めて見たが、エリクスは特に気にした様子もない。
「はよ言え」
優雅に宙に座ったアクシャが促す。
するとサイスは少し黙った後、ポツポツと語り始めた。




