39:エル何とかとか知らん……
シャッター街の2階ほどの高さ。その位置で帯空したエルヴィエルの手から光球が幾つか放たれる。
しかし、それはジャンプで飛んできたアクシャにはたかれて消えた。
「アクシャ様、私、きっとあれぐらいなら叩き落とせます!」
ベルがエルヴィエルを見据えたままで言う。構えたままで言うその姿にアクシャはため息を吐いた。
「あのな、アクトみたいな事を言うな、するな。お前まで脳筋になったら僕はどうしたらええんや……」
そういうアクシャもアクトと同じ事をしているのだが、まさにこの兄あっての妹といったところだろう。
そしてベルの肩をそっと掴んでくるりと後ろを向かせ、エリクスの方へ歩くように促す。
その間にも光球が幾つも放たれているのだが、アクシャは特に気にした様子もなく適当に払っている。
「ベル、今の君はこの七色発光バカの言う通り、ただの羽生えた人間やで。下がっといてホンマ」
エルヴィエルに向かい直したアクシャが、正直な感想と共に指示を出した。
ベルは仕方なく結界を張り続けるエリクスの隣でちょこんと座る。
一方でバカにされたエルヴィエルは歯をガチガチと噛み鳴らしていた。
「なっ、七色発光……!!」
「ホンマやん。逆にどの辺が間違っとるんか教えて欲しい」
「私とて、好きでこんな姿になった訳ではない!!」
(バカにはつっこめへんねんや……)
これだけ怒っているエルヴィエルも見れたものではない。しかもコイツは煽りに耐性がないためおちょくりやすい。
そして好きなだけ怒らせた上でアクシャはもう1つ、指摘した。
「……お前、魔族やろ」
「……!!」
「そしたら全部納得するわ」
それを聞いたエルヴィエルの口元がヒクつく。これも余程図星だったようだ。片目はモノクルに光が反射してよく見えないが、片方の目はカッと見開いている。
それを聞いたベルも、驚きのあまり口をあんぐりと開けていた。
「そんな……そんな……! ではその翼は! 貴方の翼は皆の憧れです、聖族にしか無いはずです!!」
まさか、過去とはいえ敬愛していた憧れの上司が聖族ではなかったなどとは、にわかに信じがたい。
「……羽どうこうは知らんけど、さっきベルに使った力を僕には使わん。僕に効果無いって知っとるな? そんでこんだけ怒っとるお前から、負の感情が吸われへん。僕かて、聖族から負の感情が吸収出来るとか最近知ってんけどな」
アクシャが適当にその辺の石ころを蹴って転がし、最終的にはそれを潰した。石が砕けた様子を見届けて、また宙に浮いたままのエルヴィエルを見上げる。
「まあ……その魔族が何で聖界に居って聖力が使えるんかは知らんけど、ヴェルディエルを回収するあたりが関係してんねんやろ? 必死やん」
そこまで言われてようやく凍りつく。そしてエルヴィエルは笑い出した。
「フッフッフ……フフ……。少し前に立った短い時間でこれだけバレるとは思っていなかったよ」
「逆に何で一個もバレへんと思ったのか教えて欲しい……」
アクシャの顔が段々と残念な表情になってくる。ここまで面白くないネタだとは思っていなかったのだ。
「何か……何? 魔界で僕に負けるか何かした? 悪いけど、覚えてへんくて」
「なっ、貴様! あれだけ爆笑しておきながら!! あれに腹が立ったからこそだぞ!!」
「爆笑してたん? マジで? まあでもお前より面白い奴居ったんちゃう? 今のお前の感じからして、だいぶおもんないもんな……今おもろいの、賢くないのにモノクル付いとるところぐらいやで」
「ぐっ、ぐぬぬぬ貴様……どれほど侮辱を!!」
エルヴィエルはアクシャと戦った事はある。だが聖族と戦っていれば、それぐらいアクシャも覚えているものだ。
しかし魔族となれば、それこそ数えるのもバカらしい程戦い、屠ってきている。強敵でなければ覚えているはずがない。
「あー、取り敢えず話は聞いたるよ。なんやっけ? 何かするん? 魔族なら戦うに至る目標があるやろ」
心底つまらなさそうにアクシャが声を掛ける。話の流れが合っていれば、コイツはアクシャに一度負けているのだ。それと戦うほどつまらない事はない。
エルヴィエルがふわりと降りてきた。それに答えるつもりのようだ。
「私は……私は魔族で間違いない。私の目的は、あの聖界をも支配し、最終的にはエネルギーの流れを完全に我が手中に収める事……」
そう言って額に付いていた青い宝石を外す。輪の飾りだと思ったそれは、真ん中の宝石部分だけが外れた。
エルヴィエルの輪に見えていた、それはツノだった。額の中心に宝石を置く事で輪に見せかけていたのだと分かる。よく見れば、後頭部の側も繋がっているように見えるだけで隙間があった。
対するアクシャは然程驚かず、(何か聞いた事ある目的やなあ〜)と思っている。
「今の私はあの時の私ではない。アクシャを倒す為、聖界を支配する為に……これまで24人の聖族を喰らってきた。文字通りな」
それを聞いたベルが絶望した顔で首を横に振った。
アクシャに殺されて散った。そう聞いていた先人達はコイツ……エルヴィエルに殺されていたばかりか、喰われていた。
「聖族から負の感情が得られるのは知っている。何せ、生きたままの聖族を喰らうと……絶望や悲しみ、悔しさ、数多の負の感情が魔力になって私を満たしてくれた。同時に聖力を蓄える器官も体内に取り込む事が出来る」
そしてニコリと笑ったエルヴィエルがベルに目を向ける。
それを見たベルの背筋にゾワリと悪寒が走った。
「ヴェルディエル……いや、アンジュ。お前で25人目だったのだ。聖力を蓄えておくことは出来るのだが、吸収器官がどうも魔族の器官と同化するらしい。喰って補充しなければ維持できないのだよ。姿こそ擬態出来るが、体内はそうはいかない」
先程ベルが聖族にしか無いと言った虹の混じる翼。それも擬態によるもの。
聖力が使えるのも、今まで喰らってきた“ヴェルディエル達”によるもの。
絶望の表情を見せるベルの横ではエリクスが何やら考え込んでいた。
「ヴェルディエルを定期的に作って人間界に堕とせば、アクシャにやられた、堕天したと言って下界で喰う事が出来る。聖界では相互監視が厳しいからな。アクシャもついでにウッカリ死ねば良いと思ったが、流石にそうはならんかったか」
エルヴィエルは広げた翼から羽を1枚取り、その場に放る。特に気に入っている姿でもない。
擬態したらこうだったのだ。
「嘘……嘘……嘘!! 嘘ばっかりです!! 貴方は全て、全て嘘で出来ていたのですね!!」
ベルが、涙をいっぱいに溜めて叫ぶ。
「魔王子を倒す事が正義、これも嘘! 魔族は凶暴、これも嘘! 先人達が魔王子に殺された、これも嘘! 私の名前も嘘! そして何より貴方自身の全てが嘘!!」
ベルの信じた全てが嘘まみれだった。分かっている。信じた正義に対する疑いの心が、アクシャの元に居るきっかけを作った。
だが嘘の中身を知る事は残酷だ。蓋をしたままで良かったのに、今の上司がそれを許さなかった。
「まあまあ、ベル。これで良い事も分かったやん」
涙を流すベルにアクシャが声を掛ける。
「聖界の全部が悪かった訳やないやん。魔界で言うたやろ、聖界の中でのエネルギーバランスがどうのこうの、それに対する認識を歪めとるの、多分コイツやで? 洗脳とかするんやろ?」
その顔は笑っていて、それはとても……。
「ほな、取り敢えず殴るけど、24人分で良い?」
とても、いたずらっ子のような笑顔だった。




