36:気の毒やけど、しゃーないと思うわぁ
エリクスのツノと歯が全て抜けた翌日だ。今日は月曜日。
ベルは昨日の魔界探報で疲れたようで、まだ眠っている。
アクシャがゴミ出しを終えたところで、珍しく朝から起きているエリクスに声を掛けた。
「まだ歯とツノのデトックス凹んどんかいや。パージされたもんは諦めろや」
「ふしゅ……」
悲しいかな、歯が全て抜けているため、喋ろうとすると空気が抜けて上手く話せない。
エリクスは2943歳。人間で言うところの18歳である。今老人の体験をしている彼のその心中は、色んな憎しみに満ちている事だろう。
「しゃーないなー。あの風呂の活性効果で全部抜けたんやろ? もっかいあれ入ったら今度は生えてくるんちゃう?」
それを聞き、少し希望が持てたのかもしれない。アクシャを見上げた。
「でもアレ、1個しか無かったで。魔界行ってアコードにもろたら?」
そして今度は固まる。
アコード。アクシャの妹で、年齢は2684歳だ。人間で言えば16歳、高飛車な態度で「ふむわよ」と言えば大変似合う魔族の姫。
いつぞやエリクスの父親である魔王が一夫多妻制を目論んだ時、まだ人間で言えば13歳程度のエリクスにも多数の婚姻を取り付けようとした。
その中にアコードも居たのだ。
アコードはエリクスに一目惚れし、色々と追い回された。それからずっと苦手なのである。面識的にはアクシャよりも長い知り合いである。
「うう……」
如何にも嫌そうな表情を見せるエリクスだが、そういった物を持っていそうなのもアコードぐらい。
「まあ行くんやったらゲート開けたるよ? 迎えに行くのは夕方になるけど。そんで抜けたツノ、一応持って行きや」
アクシャはこれから人間に変身して仕事に向かわなければならない。帰るのは夕方だ。
そしてツノは、抜けたと言っても折れたのでなければ、その効果を完全に失うわけではない。持っていれば多少はエネルギー吸収の補助に出来る。
そういった意味で持っておけ、という事だ。
エリクスは暫く悩み……決心したかのように首を縦にブンブンと振った。
昨日来たばかりの魔界。
ツノが無い状態で歩くのは正直恥ずかしい。かと言って説明出来るような状態でもない。歯が無いのだから。
しかもそういう時に限って嫌な人に出会うのだ。
「エリクス貴様!! もう一本も折られに来たのか!!」
静かな城内にアクトの声が響き渡る。
今日会わなければいけない相手の事も苦手だが、アクトの事も苦手だ。
アクトは自分を構ってくれない兄の側にエリクスが居るのが不服でエリクスを嫌っている。
エリクスはエリクスで、殴るぐらいしか戦法の無いアクトを嫌っているのだ。魔法オタク故かも知れない。
だが今はアクトに構っている暇はない。エリクスは翼を広げ、飛んで逃げた。
「貴様!! 挨拶もせず逃げるのか!!」
後ろでアクトの声が聞こえるが、無視して城内を飛翔する。
アコードの研究棟まで行ければ大丈夫だろう。
(いや、待つっすよ? あの薬風呂の素って確か……この城の庭の花で作れたはずっす)
城内の廊下を飛びながら考える。
そうだ、そうしよう。自分で作れば良いのだ。そうすればあのアコードにも会う必要が無い。
(んじゃ計画変更っす!)
飛翔する方向を変え、空いている窓から外に出た。少し上空に飛ぶと庭が見えてくる。中心にある噴水の周囲にその花があったはずだ。
徐々に庭に近付くと、噴水の周囲に何名か魔族が集まっているのが見えた。
しまった、今は人に見られたい状態ではない。魔界でツノを引っ込めている、という言い訳をするにしても不自然で、何ならやっぱり喋れないのだから。
(うう……噴水に近づきたいんすけど……仕方ねっす。ちょっと隠れるっすよ)
そう考えて近くの茂みにそっと降りて隠れる。
音を立てないように噴水の方まで近付いていくと、集まっている魔族達の話し声が聞こえてきた。草葉のような髪の間から樹木のようなツノが覗いている。どうも庭師達らしい。
「まーたアクシャ様は……噴水周りの花全部千切って放り込んでるだ」
「お陰様で噴水の水がただの劇薬になっただな」
なんということか。目当ての花が、事もあろうに敬愛する王子に台無しにされているとは。
(はあ!? あの王子何してくれてんすか、マジでありえねっす!!)
「コレどうするだよ」
「アコード様に何か使えねえか相談するだな」
「んだな」
庭師達がアコードの所へ向かおうと、その場を離れる。遠くに離れたのを確認し、エリクスは隠れていた茂みから飛び出した。
噴水の周囲の植物を全て確認しようと手を突っ込む。せめて一輪でも残っていれば、と一縷の望みを賭けて探し始めた、その時だった。
「エリクス様っ」
大変聞き覚えのある高い声。今一番会いたく無いがため、避けようとしていた相手。
ギギギッと後ろを向くと、満面の笑みを浮かべたアコードがガッツリ居た。
「お探しはこちら……かしら?」
そう言うアコードの手には花……どころか目当ての薬が握られている。
「うふふ、アタクシに会いに来てくださったんでしょう? 分かりますわ……お風呂のお薬、1つしかお渡ししませんでしたもの……」
つまり、このアコードは最初からエリクスがどういう状態になるかも分かっていて、アクシャにあの薬を渡していたのだ。
「残っていたお花も、アタクシが全て回収済みですの。エリクス様のためにお薬にしたかったものですから……」
(いや、違うっすね! コレ、オレが花の方を探すと思って回収して待ち構えてたっすね!?)
流石はあのアクシャの妹である。考えが邪悪だ。
「エリクス様ったら、とっても分かりやすくて本当に素敵……! 今のツノや歯が無くなったエリクス様の事も大好きですわよ、ああー高笑いをあげたい気分ですわ、どうしましょう!」
兄譲りの高笑いの威力も申し分ない。そんな大きな声で笑われては人が集まってしまう可能性がある。一刻も早く収めなければならない。
しかしどうすれば良いのか……話す事も十分に出来ず、戦闘の実力はエリクスの方が上でも、彼女は何を仕掛けているか分からない。
そして思い当たる。朝、アクシャが言っていた事の真の意味にようやく気付いたのだ。
(うっ、うう……し、仕方ねっす!)
エリクスは懐に入れていた物、それを取り出してアコードに差し出す。
差し出した物、それは……。
「まあ! まあまあ!! これはエリクス様からアタクシへの贈り物、と思ってよろしいのですわよね? 嬉しいですわ、アタクシずっと大切に致します……エリクス様のツノ!」
昨日、風呂で抜けた自分のツノ。普通、魔族が自分の抜けたツノを渡すのは血縁や親密な相手ぐらいだ。
つまり、アコードはツノの折れたエリクスを案じるフリをして、始めからコレを狙っていたという事になる。それも無駄口を叩けない状態にして、だ。
「では、アタクシからもエリクス様に……お探しになっていたこのお薬、お渡し致しますわね!」
アコードが薬風呂の素を数個、エリクスに手渡す。目当ての物は手に入った。入ったのだが。
「ウフフフ、お姉様から頂いた物とでエリクス様のツノが2本とも揃いましたわ、なんて素敵な日でしょう! アーーーーーーーーハッッハッハッハッハ!!!!」
結局高笑いも止められず、エリクスは集まった魔族達に情けない姿を晒してしまうのだった。
後日、何日か湯に浸かったエリクスは無事、ツノと歯が新しく生えたが心はしばらく死んでいたという。




