26:昔の事は忘れたけど、取り敢えず魔界いこか
エルヴィエルは一度アクシャと戦った事がある。
戦うというようなものでは無かったかもしれない。
当時のエルヴィエルには譲れないものがあった。その為、それでも彼を倒すことに全力を出したのだ。
だがその全力も、あの高笑いをする薄紅の男に良いように遊ばれ、撃った魔法も手を払うだけの動作で全て無効化され、当たったところで服を払う程度で爆笑される。
『イーーーーーーヒヒヒヒ!! えっそれで魔法得意とか言ってたん? おもろすぎるやん、アーーーーーーハハハハ!!!!』
そう言って両手を叩きながら爆笑するのだが、その手が叩かれる度に周辺が所構わず爆発しまくるという、あり得ない現象を引き起こす。当然、巻き込まれたら大怪我では済まない。強い障壁を張ってようやく爆風が弱まる程度。
詠唱もないアレは恐らく念動力に近い何かなのだろうが、それにしても異常だ。相手の詠唱が無い分、こちらの詠唱が必要な魔法が間に合わない。
しまいには『まあボケにはツッコミが要るからな、一応ツッコミ入れといたるで』と普通に近付かれ、『全力何も効いてへんやないかーい!』とはたかれて戦闘不能にされる。
幸いにしてほぼ瀕死程度の状態で助かったエルヴィエルはあの時に誓った。
絶対にアクシャを消すと。
だからこそエルヴィエルは500年も掛けて準備してきた。まだ今のを続ける必要がある段階ではあるが、その為にヴェルディエルを何度も作ってきたのだ。
この計画を今更止めるわけにはいかない。
最近になってよく人間界で聞くが、アクシャはいわゆる“チート”という類の存在だろう。
「私を舐めた事、後悔させてやる……!! 聖界の力で、貴様を屈服させ、絶望の中で消してやる……!!!!」
そして一旦はその場を後にする。
上手くヴェルディエルに鉢合うことさえ出来れば、あとはエルヴィエルの力で難なく連れて行けるはずだ。
そうすれば後は元の計画通り、自分で今のヴェルディエルを亡き者にし、新しいヴェルディエルを作るだけ。
「ふん、呑気に暮らしておくがいいヴェルディエル……私に会う日までな!」
虹の混じる翼を羽ばたかせ、エルヴィエルは空に消えた。
アクシャの城は魔界の海に反り立つ崖の上にあり、黒い城壁が曇り空と魔界の毒々しい海の色に映えて禍々しい。
そんな城内は今日も薄暗く静かだ。
そこに黒い渦が出来て薄紅の髪がのぞき、アクシャが出てきた。後からエリクスとベルも続いてゲートから出てくる。
「戻ったでー」
アクシャが適当に口を開く、その瞬間。
「お帰りなさいませ兄上ぇぇぇぇ!!!!」
静かな城内に大声が響き渡り、青い何かが光りながらアクシャの方に突っ込んでくるではないか。
それを見たアクシャは知っていたかのように手を少し上げ、指に力を込め、高速で迫る何かにデコピンを見舞った。
バチィィィン!!!!
ドガァン!!!!
「うるさいねん、毎度毎度」
デコピンで弾かれ、城の壁にぶち当たった青い何か。
それがゆっくりと立ち上がって言葉を発した。
「兄上、このアクト、お帰りをお待ちしておりました!!」
アクシャの双子の妹、アクト。
アクシャよりも高い身長に、美しい勿忘草色が青く涼やかに映える。アクシャと瓜二つの顔は黙っていれば色気の立つものだが……。
「その出迎え止めへんの? ホンマ鬱陶しいわ」
「兄上に会えるとなるとつい……」
「お前は犬か」
何を隠そう脳筋である。あまり賢くはない。
「いつも通りで何よりっす」
その光景を見たエリクスが満足そうにニコニコして言った。
デコピンで吹き飛ばされた、そんなアクトだがアクシャの後ろに居る異質な存在には流石に目を向けた。
「しょ、聖族!! 貴様、何者だ!!」
言いながら戦いの構えを取る。
アクトの二つ名は氷魔姫。氷の魔法で四肢を固め、周囲も敵も殴り、蹴りまくって破壊の限りを尽くすのが彼女の戦闘スタイルだ。
戦闘型の魔族である彼女は、アクシャの妹故か大抵の魔法や打撃ではその勢いを緩める事はない。
そんなアクトに殴られたらベルも流石に痛いだろう。
「え、えと……!!」
ベルも予想はしていたが、急に警戒と敵意を向けられて戸惑う。
目の前の女はアクシャの事を「兄上」と言い、姿も何となく似ているため関係ぐらいは分かるが、穏便に済ませられないかと考えを巡らせた。
だがそこはアクシャが口を出す。
「ああ、この聖族はベル。僕が新しくオモ……部下にしてん。しばくなよ」
「アクシャ様、今ちょっとオモチャって言い掛けませんでしたか?」
絶対にそう言い掛けた。聞き捨てならない。
「なるほど、そうでしたか! 聖族、貴様、兄上のオモチャになったのか! なら良い! 良かったな!」
紹介されたアクトも完全に“オモチャ”で納得し、ギザギザした歯を見せながら笑顔になった。
「あ、あは……よ、よろしくお願いします……」
「うむっ!!」
何だか納得はいかない。そんな気持ちになりながらアクトの握手を受け入れる。
(ま、魔族ってこんなに簡単に他種族を受け入れてしまうものなのですか……?)
コソコソとエリクスに話し掛ける。エリクスですら最初はいい態度では無かったが、手のひらを返したかのように仲良くしてくれるのだ。
(王子に従っているなら仲間っす。オレ達魔族自体、聖族と違って種族がたくさん分岐してるっすよ。重視するのは種族じゃなくて意見や所属っす)
エリクスもコソコソと教えてくれる。
なるほど、つまりアクシャに反対しない限りはアクシャの傘下から攻撃を受ける可能性は低いという事だ。
「ほら、僕もここで仕事せなあかんから、お前らも忙しいで? ベルは見学せえ。後でベルに紹介したいヤツも居るし、休んどる暇ないで」
アクシャが手に持っていた荷物をアクトに預けながら後ろの2人に声を掛ける。
「うーす」
「は、はい!」
エリクスの適当な返事と、緊張したベルの返事が重なった。




