23:徹夜は身体に悪いで!
聖界の上層部には、まだヴェルディエルの消失はバレていない。バレたところでエルヴィエルの力でどうとでも騙し隠し通せる。
次のヴェルディエルを作る事も問題はない。
しかし、エルヴィエル自身にヴェルディエルの遺体がどうしても必要なのだ。
あれからも文字通り、血眼になりながら何時間も飛翔して行方を探しているが、一向に見つかる気配はない。
探し始めて4日目になる。人間界はもう土曜だ。
朝から降りて必死になり泥臭く探し回っているが、ここまで何の痕跡も見つからないのは明らかにおかしい。
「もしや……もしや落としたが生きていて、それをあのアクシャが殺したというのか……!? 殺さない確信があったから落としたのに!? まさか消し炭に!?」
そう思った途端、全身の毛穴から冷や汗が吹き出したような感覚に陥った。
そういうリスクはもちろんゼロではなかった。しかし、本当にそれが起こるとも思っていなかったのだ。アクシャがそれほど弱者に興味を持っていない事は重々承知、そう思っていた。
だが、殺す気になって消し炭ぐらいなら、あの男のやりそうな事ではある。
そうだとしたら、新たなヴェルディエルを育てたこの20年は全くの無駄だ。今まで形だけでもとアクシャの元へ放り込んできた。何らか奇跡が起こってアクシャも死ねば良いのにな、程度で送り出してきたが、そのせいで水の泡となるとは。
「くうううううう!! あの役立たず、最後まで、最後まで〜〜〜〜!!!! あと20年も保てる訳が無いだろ〜〜〜〜!!!!」
姿に似合わない表情と仕草で頭を掻きむしり、怒りを露わにする。その姿は聖族とは思えない程歪んだ顔だった。
「せめて……せめて肉片でも、血液だけでも……くそおおおお!!!! 俺の計画が……!!」
異常。
まさにその単語がピッタリだ。
血が出るまで唇を噛んだ中、ようやく見付けた。
ヴェルディエルがそこに落ちるように計算した山中、そこに一瞬何かが光る。
「あれは……槍……!!」
槍の柄だ。地面に深く深く突き刺さっているようだが、何とか見つける事が出来た。
「しかし……戦った痕跡も消し炭にしたような痕跡もない……では……」
捕虜になったのか。
一方その頃。
「アクシャ様ぁぁ〜〜!! 人間、美しすぎます……!!」
「んん……」
また顔を涙と鼻水でズルズルにしたベルが、ハンドタオルで顔を覆いながらリビングで映画を観ている。
金曜の夜からこの調子だ。
アクシャがベルに対し、人間の道徳感やら愛情やらを学ばせるには良いかと思い、少し多めに色んな映画を用意していたのだ。
友愛、異性愛、同性愛、兄弟愛、親子愛。
基本的にハッピーエンドの物を選んだが、他にも様々。
それらを観ながらベルはオールで感動しっぱなしである。
初めはアクシャも「この人は何でこんな表情をしているんですか?」「この方とは結婚しているのに、別のお相手が居るのですか?」「出産とは幸せなのですか?」などなど、ベルの質問にいちいち丁寧に答えていたのだが、段々とそれも疲れてきた。
一晩中、空が明るくなり掛けてもずっと映画を観ているベル。それに付き合うアクシャも流石に瞼が保たず、ついには適当な返事をしながら半分眠ってしまっている。
自分の名前ですらしょうもない嘘を簡単に信じ込む彼女だ。案外簡単に矯正出来ていて喜ばしい限りだが、今日の予定は変更せざるを得ない。
元々スマホや足りない家具を買いに行くつもりだったのだが。
「ううん……僕寝る……眠い……昼に起きる……」
そう言ってアクシャはソファの肘掛けに身体を預けて寝てしまった。
「ふぇ? はぁ……」
がっかり!
そんな顔をしたベルは、眠り始めたアクシャをまじまじと見る。
見れば見るほど整った顔立ちをしている。彼の薄紅の髪も、やや入る朝の光で美しい桃色に見えた。
見られている事に気付いていて我慢出来なかったのだろう。アクシャは顔を肘掛けに押し付け、腕で周囲を囲い、また眠り始めた。
(これでは顔も見れません!)
ちょっと不満そうな顔でそれを見たが、何となく思う。
(……魔族ですけど、アクシャ様って可愛い方ですね! エリクスくんも可愛いし……。何だか魔族って思っていたのと全然違います)
実際はベルが思う程平和な人物・種族ではない。意見が合わなければ殺す時は殺すし、気分でその殺し方や残虐性は変える。
ただ、魔族は悪魔ではない。魔族独自の道徳感による善悪もある。
それが人間や聖族にとってどうかは知らないが。
勿論、それは聖族にも言える事であり、ベルは今まさにその差を勉強中といったところ。
特にアクシャはベルに人間界滞在の目的など話してはいない。
だが、ベルの立てた目標は奇しくもアクシャと少々似通ったものとなった。
(人間を勉強して、ここを楽しんで、良いところをいっぱい見つけて……人間を助ける。それが私の、魔族の部下になった私の新しい使命かもです!)
聖族に探されているかもしれない事を忘れ、能天気に何となく決心し、ソファに座り直す。
そしてベルはまた新しく映画を流し、号泣し始めるのであった。




