16:ほな、話しよか!②
ヴェルディエルは妖艶な彼の笑みから目を逸らせず、唾液を飲み込む。
「君の翼の色が変わった。それで確信したし、余計に君が欲しくなったな……君を寄越したヤツって実は僕の事好きなんやない?」
そうのたまった男はニヤニヤと笑いながらヴェルディエルを上目遣いで見つめる。
まだ目を逸らせなくて冷や汗が流れた。
いつの間にかエリクスも“それは初耳だ”とばかりにその場に座り直している。
「なっ、何を根拠に!」
それは確実に間違いだ。何せエルヴィエルはアクシャの事を嫌って今まで彼の邪悪さを何度も説いた。そして倒せと命じたのだ。
「あるで? 好きかどうかはさておき、“君らヴェルディエル”の名前にその根拠がある。今までどうでも良かったから考えへんかったけどな」
“君ら”。おかしい、それはアンジュだけの名だ。『ヴェルディエル』というその名は。
「そんな、まだその名は私だけのはずです!」
ヴェルディエルが返すが、それもアクシャには想定内だったようだ。
「やろうな? そう思ってたんやろうね? 自分だけやと思ったら張り切るよな、光栄やろうね? アハハ!!」
笑うアクシャに戸惑いを覚える。
エルヴィエルは確かに、自分に似せた名前をわざわざ与えたと言った。認めたくない。
「そんでや、君らの与えられる名前は基本的に『エル』が付いとるやん? それで前の部分と合わせた名前に意味と力が宿る」
アクシャが手をパンと叩くと目の前には紙とペンが現れた。ご都合魔法だ。
「んじゃあー」
ヴェルディエルの名前を紙に書く。
「『エル』を消した君の名前は……」
「ヴェルディ……」
ヴェルディエル自身が呟く。その続きをアクシャが丁寧に書いてやりながら話す。
「VELDI……これをこうやって並び替えると……DEVIL。つまり……」
「悪魔……」
その後を当の本人が続け、絶望した顔を見せた。
「そんな……そんな……」
首を振って否定する。そして自分の口に手を当てた。
「アーーーーーーハッハッハッハッハ!!!! おもろ!! こんなおもろいの見過ごしてたんか僕は!! 24人も勿体無い事したわ! アッハッハッハ!! 聖界から堕とす名前とは恐れ入ったなあ!! 魔族の魔法に反応するように作ってあったみたいやで!!」
しばらくアクシャの高笑いが続き、ようやく収まった頃にエリクスが口を挟む。
「今回は何で気になったんすか?」
「ああ……」
まだ絶望しているヴェルディエルの前でアクシャが目元を拭いて答える。彼にとっては涙が出るほど面白い事だったようだ。
「茶を飲ませた日、こいつ『先人達は散った』って言うた。それでや。今まで殴る蹴るか、威嚇か、あとは口でボコボコにして帰したもん、殺してへん。魔法やって使った事ないわ」
「あのちょっと話した程度で決めたんすか?」
エリクスが苦笑気味でアクシャに話し掛ける。気まぐれかどうかを確かめたいらしい。
「おん。ほな帰さんかったらどうなるんやろー?って思って! アッハッハ! 1回帰してしもたし、その後追い出されるかは博打やってんけどな! 消されたところで、どうせ次も同じ事してくるに決まっとるやん、聖界やで? アーーーーッッハッハ!!!!」
結局帰ると言って帰ったのはヴェルディエル自身だったが、最終的にはこのバカ笑いをしている男の思い通りになっている。想像以上に悔しい。しかも今回殺されていれば、次の聖族を待つつもりだったのだ。
「でももうそうは行かへん、絶対に帰せへんで?」
アクシャがまた妖艶に笑った。
「今までは不確定事項を適当につつく程度しかやってへん。ほなけど、もうここからは誰も逃せへん。ベル、君もな」
「さ、さっきと言ってる事が……」
ヴェルディエルが慌てる。帰るなら帰してやると言っていたのに急にこれだ。
「さっき帰るつもりないかって確認したら『はい』言うたやん。逃げるなよ、自分から、僕から。君が選択した事やで?」
笑みを深める魔族はまだ追うように続ける。
「聖界に帰らんかったとして、僕から逃げられても何か? 人間界で生きる方法でも知っとるんか??」
「ああ、いいえ……それは……」
「知らんよなあ〜? 聖族共は人間界の事大して調べてへんもんな? 君みたいに僕を倒す目標しか無かったやつが、人間界に造詣が深いとは思えへんわあ〜」
そこまで言って尚、アクシャの追撃は止まらない。逃げ場は全て潰す。
「ほなこのまま僕の所に居る? そらその辺に出て行くより安全やろな? 聖界から誰かが君の死を確認しに来ても、僕が居れば安全やわ」
エリクスもうんうんと黙って聞く。
ヴェルディエルもそれは考えていなかった。聖界から誰かが自分を……というより、自分の輪を探しにくるかも知れない。
聖界の輪はそもそも無限ではない。作るのにもエネルギーが必要なため、基本的には死んだら回収される大切な物だ。
「居ってくれてもええけど、そりゃあなあ……エリクス?」
ようやくエリクスに振る。王子の意図を察した忠実な従者も答えた。
「オレもただの聖族と居るのは嫌っすねえ〜! 仲間ってんならまだマシっすけど、ねー王子!」
ちゃんと気に入る答えを発言できたらしい。王子と呼ばれた男の笑みが深まった。
「せやなあ、僕も部下でも何でもない聖族を、これ以上善意で置くのは出来へんなあー??」
善意。魔族が善意と出る。
実際は全て打算だっただろうに。
そしてそれまでの笑みを消し、トドメを刺した。
「さあ……好きな方を選べ 」
こんなもの選ぶもクソもない。どこにも逃げ場はない。
「は、はい……! ぶ、部下に……なります……!」
悔しい、正直めちゃくちゃ悔しい。
「おん、誰の?」
分かっている癖に念を押す。どこまでも性格が悪い。
「あ、アクシャさんの……」
「さん付け??」
「アクシャ様の!」
「何になるん??」
そこまで意地の悪いやりとりをしてようやく。
「わっ、私はアクシャ様の!! 部下になりますうっ!!」
ヴェルディエルは泣きながら叫ぶのであった。