15:ほな、話しよか!①
また目を覚ましたヴェルディエルが窓に目を向けると昼前だった。カーテンは閉じられているが、隙間から日が差し込んでいる。
この数日で何度ここで目を覚ますのだろう。そう思いながら起き上がった。そこで気がつく。
身体がとても軽いのだ。
聖力は無いため絶好調とは言えないが、それでも随分軽い。食事と睡眠でこんなに回復出来るものとは思わなかった。
サイドテーブルにはアクシャが言っていたとおり水差しとストローの入ったコップが置いてある。
ヴェルディエルはコップに注いだ水で喉を潤し、輪を装着して、それからリビングへ向かった。
「起きたんかい」
ヴェルディエルに気がついたアクシャがソファから声を掛ける。タオルケットを腹部に掛けており、そのソファで眠っていた事が分かった。
薄紅の髪の男はツノを引っ込めていて、ソファに寝転がったままでテレビを観ている。
まさかとは思うが。
「あの、私が眠っていた部屋は……」
「僕の部屋や」
アクシャが正直に答える。客間もあるのだが、そこはちょっとした物置きのようになってしまっており、エリクスの集めたアイドルのグッズなどもあるため適当に片付ける事も出来ないのだ。
つまり、ヴェルディエルはここしばらくずっと彼の寝床を奪っていた事になる。
「あ……あの……」
ヴェルディエルが口を開き掛ける、それをアクシャが手で制した。
「ええからシャワーだけでも浴びてこいや。何日身体洗ってないねん。多分その間に“その辺の人と近所の石”観終わるから、それから話しよや」
そう言って浴室を指差す。
魔族の住む所で脱ぐなど!とは思ったが、彼の言う通り。何日も身体を洗えていない。
「は、はい……」
ヴェルディエルもそこは乙女だ。黙って従って置く事にする。
シャワーを浴び終わり、服を着替えたヴェルディエルがソファに座る。
シャワーをしている間に置かれていた服はちょうど良いサイズの浅葱色のワンピースで、可愛らしい。
ワンピースが着れなくなるので翼は仕舞っておいたが、それでも開放感のある服装だ。
服の事を尋ねると、「人間界は便利やねん」との事であった。下着まで用意されていた事に関しても「便利やな、人間界!」で躱された事はちょっと覚えておこう。
起きるのが嫌だったエリクスも枕を抱えたままでジーッとヴェルディエルを見ている。
「ほな話すで」
そう言って全員分の茶を注ぎ終えたアクシャが手を叩いた。王子が茶を注ぐのも問題である。
「まず、ベルの話きこ。君、今聖界に帰りたいか?」
アクシャが単刀直入に尋ねる。
最初の気絶はアクシャのせいであったとはいえ、満身創痍で聖界から放り出されたヴェルディエルはもう聖界に戻るほどの力は持っていない。
体力も回復したため翼も動かせるには動かせるが、肝心のゲートを開ける聖力がない。
「戻りたいって言うんやったらやけど、どないかしたるよ? 」
目の前の魔族が言う。聖族ではないが、この男なら出来そうだな、と思った。
「いえ、私にはあなたの討伐の命が下ったままです。あなたを倒せるとも思えませんし、帰れたとしても……」
「消されるんか?」
アクシャがそういうと彼女は俯いた。
「そ、そういう訳では……任務を果たせと放り出されてしまっただけです」
居心地悪そうに答える。
「それが消されるって事だと思うんすけどね」
エリクスが枕を抱きしめたままソファに寝転がる。どうあってもヴェルディエルの事が好きになれないようだ。
「僕もエリクスの言う通りやと思うで。ほな、今は帰るつもりはない、でええな?」
「……はい」
気が進まないが、そう答える。そうとしか答えられないのだ。そして信じたくはないが、本当のところはアクシャが助けてくれなければ自分は死んでいた。
「私が……私が悪いのです」
そう呟くが、それはアクシャに止められた。
「もうそんなんええて、過去の話してもしゃーない、これからの事考えへんかったらな!」
そしてとびきりの笑みを見せる。
何となく、その笑顔を凝視してしまった。
「ほな僕の意見な! 僕は君を部下にするの、諦めてへんよ! 前の交渉を決裂させたつもりはないで? 君は勝手に僕の同意なく決裂とか何とか決めつけとったけど」
背筋がゾクリとした。それが怖いからか、何なのかはわからない。
ただ、彼の目には魔族だからという理由以上の魔が宿っているように思える。
「だって……僕、君が欲しいもん」
一瞬で笑顔が邪悪に、妖艶に変わった。