13:まあイメチェンもええんちゃう?
アクシャがヴェルディエルを見ながら口を開いた。
「そんでよ、魔法でしか助けられへんかったって言ったやん? それでまだ謝らんとあかんのやけど……」
まだ水をゴクゴクと飲むヴェルディエルに何か言おうとしているが、すぐには言い出せないらしい。
短い時間しか話はしていない筈だが、何となく“らしくない”と思ってしまった。
「……何か、その……羽よ……ちょっと色変わってしもた……」
アクシャがそう言うと、準備の良い賢い彼の従者が、手鏡を良い角度でヴェルディエルに向ける。
そこに映っていたのは、付け根が黒や紫にくすんだ自分の翼であった。
全て色が変わった訳ではない、だが背に近い付け根の色が……まるで魔に染まったかのように変色してしまっているのだ。
「……!!……!!」
コップを落としそうになったが、それをアクシャが上手くキャッチする。
当然声は出ない。聖族の翼は白と決まっている。エルヴィエルのように色の付いた翼も滅多にないが、あのような虹色の美しい翼はむしろ評価され、皆が憧れるものだ。
だが今の自分はどうだ。
魔に触れたような禍々しい黒、紫。それが体幹から翼に滲んで広がる様な様相を示している。
「あ……あ……!!」
「何かごめん、治そうとしてん、でもご都合魔法でも治らへんかった……」
ご都合魔法が何なのか分かりもしない。だが、手を尽くしてもダメだった、という意味だけは受け取れる。
「回復魔法掛けたらこんななってしもて……」
コップを片手に上目遣いで話すアクシャは、まるで王子の威厳など持ち合わせていないかの様だった。
「ごめん……」
項垂れるアクシャを、ヴェルディエルが涙一杯になってしまった目で見る。せっかくありつけた水も涙になっては勿体無いが、止められるものでもない。
「生きてて良かったと思ったらこれや……」
そっと目を閉じるアクシャを見たヴェルディエルは、悲しい気持ちもあったが、そんな様子の彼を見て尚責める程の気持ちや体力も無かった。
勿論、もう元に戻れないかもしれない事に関しては絶望でいっぱいではある。
だが彼に命を救われた事も事実なのだ。
「いえ……いえ、良いのです、仕方ありません……。私こそ……貴方に酷い態度を取ったというのに命まで助けて貰って……」
そこまで口にすると、それまで頭を垂れていたアクシャがパッと顔を上げる。
そしてこれまたパッとした笑顔で喋り出した。
「ホンマ!? ありがとうな! やーーーーーー良かった良かった! そらそうやわな、死ぬよりマシやもんな、羽の色変わるぐらい!! アーーーーーーーッッッハッハッハッハ!!!!!!!!!!」
なんて事だ、高笑い混じりに言うこの男は、ヴェルディエルの翼の色が変わってしまったことなど本当はどうでも良かったのだ!
「な……! な……!!」
アクシャの高笑いに呆気を取られるヴェルディエルは、自分の身体が次第に怒りに支配されるのが分かった。
「あ、あなたって人は……!!」
怒りが自分の弱った身体を動かし始める。痛むが、目の前の男に一矢報いなければ収まらない。
「あーーーー!! もう怒るなって、わろてまうって言ったやん!! イーーーーヒヒヒヒ!!!!」
「もう笑っているのですよ!!!!」
まだ笑い続けるアクシャは、それでもヴェルディエルを見て笑いながら話した。
「アハハハ! そんなに怒る体力あるんやったら安心したわ、声出るようなったやん、アッハッハッハ!! 取り敢えず何か食べな? イヒヒヒ……」
笑いながらではあるがそう提案する。
そういえば先日の紅茶と、先程の水以外では通算で5日ほどもまともな食事を口にしていないのだ。
『グゥゥ……』
事実を意識した途端、急に空腹を感じて、腹部から音を鳴らしてしまった。
「…………アーーーーーーーーーハッハッハッハッハ!!!! めちゃくちゃ正直やん!!!!」
目の前の薄紅の男が手を叩いて爆笑している。
そして赤面するヴェルディエルの事もちゃんと見ているのだ。
「可愛いなあ〜〜、そんな恥ずかしがらんでもええやん、イヒヒヒ!! 5日も食ってなかったら誰でもそうなるよ、ウクククククク!!!!」
「もうっ、もうーーーーーーー!!!!」
怒りと羞恥で真っ赤になったヴェルディエルの叫び声が、夜中の3時過ぎの人間界に響いた。