表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ章 インドラの杵編
53/55

(51)文学の精霊

 その日は、昨日からの疲れもあり、移動はせずに近くの森でキノコや山菜を集めたりして、ゆっくりと過ごした。


 俺はジャージを直してもらう横で、エドに相談をしてみた。

「俺もスキルアップしたいんだけど、どうすればいいと思う?」


 すると、エドは悪戯っぽく笑みを浮かべて即答した。


「恋をなさい」


「……こ、恋!?」

 あまりに意外な返答に俺はキョドる。

「れ、恋愛、って事?」

「そう」

「誰かを好きになる?」

「そういう事」


 器用に破れたジャージを縫い合わせていく手付きを見ていて、ふと思い浮かんだのは、ストランド村にいた頃、グースの羽毛を入れる袋に紐を縫い付けていた、アニの不器用な仕草だった。


 ……確かに、この世界で知っている異性といえば、ニーナとアニとマヤしかいない。ニーナは既婚者だし、マヤにはファイという恋人(ボーイフレンド)がいる。

 フリーなのは、アニしかいない、か……。


 けれど、あの乱暴な尻蹴り女を恋愛対象として見るのは……いや、スタイルはいいし、けっこう可愛いところもあるけど……。


 と考え込んでいたら、いつの間にかジャージが縫い上がっていた。

 しかも、ただ補修しただけではない。エドの着ているものみたいに、ファスナーやチェーンが追加されてパンク風に仕上がっている。


 それに腕を通す俺を見て、エドは満足そうに言った。

「アナタ、こういう感じが似合うと思ってたのよ」


 確かに、俺もドキドキする。

 どうせ陰キャだし……と、身だしなみなんて考えた事がなかった。

 ダサいジャージをここまで変身させてしまうとは。エドのセンスには驚くばかりだ。


 エドはそんな俺の肩に手を置いて、まじまじと顔を合わせた。

「アナタの欠点は、自分に自信がないところよ。相手に嫌われないか怖くて、前に踏み出せないのね。でもね、これだけイケてるんだから、胸を張って輝きなさい――自分を大事にできないと、仲間も大事にできないわ。そういうものよ」


 きっと、昨日の俺の作戦が、あまりに自虐的だったのをたしなめているのだろう。

 おれは目を伏せてうなずいた。


「ところで、ポケットに原稿用紙がなかったけど、大丈夫なの?」


 エドに言われて思い出した。

 ……ああなる事を予見して、原稿用紙とボールペンは、パンツの中に隠しておいたのだった。

 赤ペンの機嫌をものすごく損ねそうではあるが……。


「そうね。あとは、アナタの武器を、もっとアナタの味方にする事もスキルアップになるんじゃないかしら?」

「どういう事?」

「そうね。例えば、チョーさんのお料理でおもてなしするとか」

「はあ?」


 ……エドに言われて、試しに書いてみた結果、俺はおったまげた。


 〖原稿用紙から出てきた文学の精霊は、美しく、気品高く、賢く、女神のように光り輝いていた。〗


 歯の浮くようなおべっかを冗談半分に書いたのだが、その文字が光と化して消えたものだから、俺は腰を抜かした。


 ――そして、光に包まれた原稿用紙から現れたのは、書いた通りの神々しいまでに美しい人だった。


 紙のように白く繊細なドレスをまとって、インクのような黒髪を知的に結い上げている。

 ハリウッドのレッドカーペットの上にしか存在しないような、そんな感じ。


「…………」

 唖然と見上げる俺を見下ろして、()()は、赤ペンの文字のイメージそのままの口調で言った。

「これまで、何度か転生者のお供をしましたが、私を呼び出したのはあなたが初めてです」


「あ、ああ、ああああ……」

 情けないほど言葉が出ない。

 そんな俺に代わり、エドがにこやかにこう言った。

「いつもお世話になってるから、一度お礼をしたいって、彼が」


 ――その日の夕食は、いつもに増して豪勢なものだった。


 チョーさん特製のオーク肉の角煮に、アニが仕留めたグースのコンフィ、マヤが生やした四季の野菜のテリーヌに、バルサの釣ったサーモンのカルパッチョを添えて……

 あれ? チョーさんの料理のレパートリーも増えてる気がする。


 そして極めつけは、ファイが集めてエドが仕上げた、芸術的にカットされたフルーツのオードブル。

 白鳥が翼を広げている周りに花が咲き乱れている様子は、食べるのがもったいないくらいだ。

「アタシもスキルアップしたようね」

 エドが満足げに作品を眺める。

 確かに、今までにない分野の開拓だ。


 切り株と倒木を集めて作った即席のテーブルに、荷車の幌をテーブルクロスに敷いて、ニーナがセッティングをした。

 美しい花とロウソクで彩られたそこは、もはや高級フレンチのレストランだ。


「どうぞ」

 エドにエスコートされた『文学の精霊』は、切り株の椅子に座る。

 その麗しいまでの姿を初めて見た、俺とエド以外のみんなは、戸惑ったようにテーブルを囲んだ。


「えー、あー……か、彼女が、原稿用紙から出てきた赤ペン先生です」

「私は先生ではありません」


 まるでAIみたいに無感情な言い方に、みんな納得したようだ。

「うちの出来損ないがお世話になってます」

 バルサがそう言って頭を下げた。


 ぎこちなくも和やかに始まった宴。

 チョーさんの新メニューは本当に美味しかった!


 そして食事の途中、エドが持ち出してきたものに、一同は驚いた。

「お・サ・ケ♪」

「ど、どこでそんなものを!?」

「ブドウを集めて発酵させてたの。そろそろ飲み頃よ」


 ……一応、未成年は生絞りジュースで、エド特製ワインは大人だけだ。

「久しぶりのアルコールは効くな!」

「本当に美味しいわ」

 バルサとニーナ夫妻は酒豪らしく、ガンガン楽しんでいる。

 チョーさんもほろ酔いでご機嫌だ。


 ――そして、一番酔っているのは、文学の精霊さん……。


「ずっと原稿用紙に押し込められててさ、窮屈だったのよね」


 カットフルーツをツマミに、文学の精霊はクダを巻きはじめる。


「一応、立場としては、ヘルヘイムの女神であるヘル様の部下って事になってるの。でも、実際は転生者の使用人って感じじゃない? それにさぁ、原稿用紙を武器に与えられるような変人って、本当付き合いにくいの。突拍子もない事ばっかり書いてくるから、この世界のルールブックと照らし合わせて、実現可能か確認するのが、もう大変で……」


 ……この世界のルールブック?


 俺はハッとしたが、エドの視線で口にするのを止めた。


 ――なるほど。

 エドの目的は、文学の精霊を酔わせて、この世界の秘密を聞き出す事だったのだ!


 後でコッソリ聞いたのだが、エドは『原稿用紙』という特殊な武器に、何か秘密があると読んでいたらしい。

 原稿用紙を通して文字で会話できるから、もしかしたら人間に近い何かが封じられているんじゃないか……と予想して、俺に書かせたのだ。

 さすがキレ者の参謀だ。


 そのエドは、文学の精霊の話に付き合いながらも、直接質問するような事はしない。

「分かるわぁ」

 と同意しつつ、うまく話を合わせる。


「アタシも昔は美容師だったじゃない? 華やかな世界のようだけど、法律やら業界内の独自ルールやら、色々と大変だったわ~」

「そうそう! 何かトラブルがある度に、ルールブックのページが増えていくの。本当勘弁だわ」

「アタシが生きてる頃に勤めてたサロンじゃ、『お客さんの容姿を褒めてはいけない』ってルールがあったの。本当に美しい人だと、いくら容姿を褒めたところで『ふーん』って感じだし、容姿が良くないと自覚がある人をヘタに褒めたりしたら、逆に信用をなくしちゃうもの。だから、『お似合いですよ』って言うのよ」


 ……エドの業界裏話は勉強になる。

 俺は心のメモ帳に書きとめた。


「こっちの世界にも、変わったルールってあるの?」


 さりげないエドの質問だが、それが得られたら、俺たちにとっては非常に大きな収穫だ。

 けれど、あまり真剣に聞き耳を立てて、文学の精霊に怪しまれてはいけない。俺はさりげなくジュースに口をつけた。


 すると、文学の精霊は「うーん」と少し考えた後、こう答えた。


「ルールと言っても、校正の基準に使うためのものだから、当たり前の事ばかりよ。例えば、『ヘル様を直接呼び出すのはダメ』とか、『転生者を食べても、食べた転生者の寿命は食べた者に加算されない』とか」

「そ、そんな事、やった人がいるのね……」

「本当、物書きって変わった人が多いから。そうね、あとは……」


 空になったワイングラスを弄びながら、文学の精霊は言った。


「――『ルールブックで禁止されている行為をした転生者は、死ぬ』、とか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ