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底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ章 インドラの杵編
52/55

(50)ピィ助

 ――翌日。

 太陽が山の稜線から顔を出すと同時に、アニたちは峡谷を渡りだした。

 この渓谷は昨日のよりも大きくて、マヤの橋では負担が大き過ぎるため、徒歩で下っていく。

 とはいえ、マヤが梯子代わりに垂らした蔦があるから楽だ。


 清冽(せいれつ)な水が流れる浅瀬を渡り、今度は自力で崖をよじ登る。

 体力勝負なこの行軍で、頂上までたどり着けたのは、アニとバルサだけだった。


 一方、神代ヘヴンは……何と、巣の中で雛にもたれてまだ眠りこけていた。

 そして足音に目を覚ますと、大あくびをしてこう言ったのだ。


「やあやあ皆の衆、お迎えご苦労である」


 アニは無性に腹が立った。

 昨夜、心配で一睡もできなかった、こっちの気も知らずに!


 反射的に足が出ていた。

 寝起きのマヌケ顔を蹴り上げて、ズタズタのジャージから覗く腹を踏み付ける。


「バカ野郎! もうちょっとマシな物語を考えろ! へっぽこ作家め」


 怒りながらも、なぜか涙が止まらない。

 踏み付けられながらも、そんなアニをヘヴンは不思議そうに見上げた。

「な、何だよ、腹が減ったのか?」

「てめえ、いつか本気でブッ殺す!」


   ____________

    【        ||

    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 そんな二人を横目に、バルサは巣の様子を調べていた。


 灌木(かんぼく)や葉の多い木が組み合わさった巨大な巣には、親鳥と雛の他、大人の背丈くらいの卵がいくつかあったようだが、親鳥が倒れた拍子に割れてしまったようで、今生きているのは、ヘヴンの横で丸い目を見開いている雛一羽だけだった。


 雛は、真っ白の柔らかな羽毛に包まれて、他の鳥の雛がそうであるように、丸々と愛らしい姿をしている。

 そして突然現れた見慣れぬ大男を怖がって、ヘヴンの背中に隠れるようにして、小さく

「ピィ」

 と鳴いた。


 状況から判断すると、割れてしまった不幸な卵と一緒に産卵されたうち、真っ先に孵化(ふか)したのだろう。

 体だけはヘヴンよりも一回り大きいが、生まれて何日も経っていない幼い雛には違いない。


「…………」


 バルサには、昨夜、ニーナがアニを止めた気持ちが痛いほど分かった。

 親を失った雛……親を失った赤ん坊。


 ――親が殺されたんだ。ひとりじゃ生きていけない。


 アニの言った事は、自然界において全く正しい。

 このまま生きながらえさせて、エサを取る事も知らずに飢えさせるのは、最も残酷な事だろう。


 ……しかし、しかしだ。

 親を亡くした赤ん坊がひとりで生きていけないと認める事は、バルサたちがこの世界で求めている「目的」――彼らの子供の生存を願う、親としての切なる望みをも、否定してしまう事になるのだ。


 それだけは、絶対に、絶対に認められない。

 雛だって、赤ん坊だって、誰かに拾われて、幸せに生きていく可能性があるはずだ――!


 そんなバルサの様子に気づいたのか、アニが雛に目を向けた。

「分かってるんだろ、あんたの思いが、この雛をどれだけ苦しめるかを」

「…………」

「人間と鳥とは違うんだ。ひと思いに楽にしてやった方が、こいつの幸せだろう」


 無意識に、体が動いた。

 気付けば、アニの足元にすがりつくように顔を伏せ、バルサは懇願していた。

「それでも! 俺には、この雛を殺す事ができない……! たとえ一%もなくても、生き残る可能性を、俺は見捨てられない!」


 それにはアニも驚いたようだった。

 しばらく困ったように考えている様子だったが、そこに口を挟んだのはヘヴンだった。

「俺たちが連れて行けばいいんじゃね?」


「おまえ、バカか? 雛でこのデカさなんだぞ? 親を見ただろ。あんなん、どうするんだよ!」

「こいつ、俺に妙に懐いてるんだよな。鳥の雛によくある、刷り込みってやつ? ……多分昨日、初めて目が開いたんだ。で、初めて目に入ったのが俺だったんだろうな。親鳥には目もくれずに、俺にばっかり寄ってきてさ」


 ……昨日、アニが「ヘヴンが襲われている」と認識した光景は、実は雛にじゃれつかれているだけだったのだ。


 バルサとアニを見比べながら、ヘヴンにすり寄る雛を彼は優しく撫でてやる。

 すると雛は、されるがままに身を任せて目を細めた。


「俺からも頼む。俺が責任を持つから、こいつを仲間に入れてやってくれないか」


   ____________

    【        ||

    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 まだ飛びも歩きもできない巨大な雛を背負って峡谷を渡るのは、死ぬほど大変だった。

 けれど、空を飛ぶ鳥だけあって、見た目よりも重さはない。ほとんどが羽毛で、中身は一割もないんじゃないかと思うほど。

 それに、モフモフの羽毛が最高に気持ちいい。


 途中で合流したエドとニーナが、俺の顔を半分埋める、モフモフの巨大毛玉を見て目を丸くした。

「か、かわいい……」


 それは分かるのだが、出合頭にアニがエドに弓を向けて、

「言うなよ、言ったら殺すからな」

 と言っているのは意味が分からない。でも、ヘタに追及すれば俺が殺されそうなので、スルーしておく事にする。


 みんなの協力でマヤとも合流し、チョーさんとファイのところへ雛を運ぶ。

 するとチョーさんが

「アイヤー。すごく食べそうなお客さん来たネ」

 と言うものだから、みんな笑った。

 ……確かに、チョーさんの「目的」も、これで叶ったのかもしれない。


 既にチョーさんとファイで、少し遅めの朝食の準備はできていた。

 メニューは、山菜粥とオーク肉のそぼろ煮と新鮮なフルーツ。

 昨晩食べ損ねている空腹に、チョーさんの優しい味付けが沁み渡る。


 ヤクは相変わらず、勝手に草を()んでいる。


 ファルコンは巨鳥の雛を警戒しながらも、やはり鳥同士、母性本能じみたものが働くのか、そのうちエサのオーク肉を細かくして餌付けしだした。

 昨日、オーク肉を大量に得られたのは本当に良かった。

 ファルコンは、無限に口を開ける雛に食べさせるのに忙しそうだ。


 食事しながら、俺が連れ去られてからの出来事を聞いた。

 原稿用紙に書いた通り……よりも、色々とみんな勝手にスキルアップしてる。特にマヤの能力は想定外だ。


「……にしても、酷い格好ね。後で脱ぎなさい、縫ってあげるから」

 エドが俺のジャージを見て言った……まるでお母さんだ。

 みんなの様子に気を配る細やかな気遣いと、豊富な知識と高い判断力は、このチームに於いて、参謀(チーム・オフィサー)と呼ぶに相応しい。


 一回りも二回りも頼もしくなったバルサは、安心して先陣を任せられる猛将。

 より隙のないサポートができるようになったニーナがいるから、彼は安心して突撃できる。


 そして、敵と相対した時、相手にとって最も怖い存在がアニだろう。

 正確無比な鷹の目(ホーク・アイ)を持つ狙撃手(スナイパー)は、恐るべき脅威に違いない。


 それから、工兵コンバット・エンジニアとしての才覚を発現したマヤ。

 この先の長い旅路で、彼女の生み出す植物に助けられる場面がどれだけあるかは想像に難くない。


 あと、言うまでもなく、ファイの超能力(サイコキネシス)は、情報戦を有利に進める上で、非常に価値の高いものだ。


 ……それに、忘れてならないチョーさんの美味しい料理。

 メンバーの体調管理とモチベーションの維持は、彼の腕に掛かっている。

 「食事が美味しい」という事が、どれだけ人の心を豊かにするか。この世界に来てから、骨身に染みて思い知らされた。


 こう考えると、冒険パーティーのバランスとして最高ではないかと、俺は思った。


 ……一番頼りないのは、まだまだ原稿用紙が満足に使いこなせていない、リーダーとは名ばかりの俺だろう。

 昨日、ルフにさらわれた件だって、仲間たちを危険な目に遭わせたという事に、今まで考えが及んでいなかった。

 小説家(ストーリーテラー)として、まだまだ未熟だ。


 俺もスキルアップできないものだろうか……。

 そう考えていると。


「ねえ、この子に名前を付けてあげない?」

 雛の羽毛をモフモフと撫でるエドの提案に、ニーナも乗ってきた。

「そうね、可愛い名前を考えてあげて」


 みんなの目が俺に集まる。

 ……まぁ、「俺が責任を持つ」と言ったからには、仕方がない。

 だけど、底辺作家をやっていた頃からネーミングセンスが壊滅的なんだよな……「神代ヘヴン」と、自ら名乗っている程度に。


 俺は腕組みをして雛を見た。

 疲れ果てた様子のファルコンの横で、雛は満足そうに

「ピィ」

 と鳴いた。


 俺は言った。

「うん、『ピィ助』にしよう」


「アナタに期待したのが間違いだったわ」

「メスだったらどうするんだよ」

「何かこう、もうちょっと、何かあるだろ」


 だが、散々にけなされる俺のところにすり寄って、

「ピィ、ピィ」

 と声を上げるものだから、みんな苦笑しつつも、認めざるを得なかった。


「よし、おまえは今からピィ助だ!」

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