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底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ章 インドラの杵編
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(48)俺、危機一髪!②

「ヘヴン!」

 アニが崖を駆け下りようと、前に踏み出そうとした途端、彼女の肩をたくましい腕が引き留めた――バルサだ。

「無茶だ、おまえが死ぬぞ!」

「でも、早く行かねえと、あいつ、食われちまう!」


 その後からやって来たニーナが、息も絶え絶えにアニに言った。

「冷静になって。彼が、自分が死ぬような物語を書くと思う?」


 アニはハッとした。

 確かに、ルフにさらわれた事があいつ(ヘヴン)の筋書き通りだとしたら、死ぬような結末になるはずがない。

 だが……と、アニは目を細める。


「もし、これがあいつの筋書きでなかったとしたら?」


 なぜ雛鳥は、彼を一息に食べないのか。

 アニの視線の先に、その答えがあった。


 衣服が邪魔だから剥ぎ取っているのだ。

 親鳥と雛に引っ張られ、ジャージは原型を留めないほどズタズタで、最後の砦とジーパンだけは必死で死守しているように見える。

 いくら仲間のスキルアップのためとはいえ、そこまで情けない姿を晒すのを、自ら筋書きに入れるヤツがあるか?


 幸いにも、バルサとニーナの視力では薄暗がりの醜態は見えないようで、アニは胸にしまっておこうと思った。


「とにかく……」

 ヤクを置いて走って来たのだろう、エドがハアハアと肩を揺らしてやってきた。

「今、あいつにアタシたちの存在を知られるのは、得策ではないと思うの」

「なるほど、俺たちを警戒して別の場所に逃げられたら、その方が厄介だ」

「だから気配を悟られないように、ヤクはチョーさんたちに頼んできたの。下で待機してるわ」


 そう言うと、エドは真っ直ぐにアニを見た。

「――アナタが、あの鳥を射抜くのよ」


 確かに、それが現状、最善の方法に思える。

 しかし、対岸までの距離はかなりあるし、日が落ちるまで後がない。

 ――万一外したら、次はない。


 何と困難なミッションなのか!


「ハァハァ……わ、私にもお手伝いできる事があるかもしれないって、ファイに言われて」

 今度はマヤが姿を現した。

 そこで、アニは心を決めた。


「マヤ、強い毒を持つ植物を出してくれ」

「毒、ですか?」

「ああ。毒矢を作る」


 ――あれだけの巨体に、矢の一撃で致命傷を負わせるのは不可能だろう。

 ならば、即効性の高い毒矢で急所を狙うしかない。


 マヤはアニの意図を察して、植木鉢に手をかざした。

「トリカブトが向いていると思います。即効性の猛毒で、神経を麻痺させます。毒性分はアコニチン。神経毒が呼吸困難、臓器不全を起こして、果ては心不全を起こし、死に至ります。昔、アイヌの人々が熊狩りに使っていたらしいですよ」


 ……トリカブトもだが、ここまで毒に詳しいこの少女が怖いわ!

 アニは思った。


 植木鉢の光が消えると、そこには青色の美しい花が咲いていた。


「優雅な見た目が、昔の装束の『烏帽子(えぼし)』に似ているから『鳥兜』って名前になった、という説があります。あ、皮膚から毒が吸収される場合もあるので、触っちゃダメですよ」


 マヤはそう言って、ワンピースのポケットから出した革手袋で、そっと根ごと引っこ抜く。

「根を利用します。本来なら、乾燥してすり潰して、それを練って使うんですけど、そんな時間はなさそうなんで、汁をそのまま鏃に塗りましょう」


 そう言っている間にも、日はどんどん西へ傾き、当たりは暗くなってくる。

 もう向こう岸は、はっきり見えないくらいだ。


「……万一、だ」

 そこにボソリと口を挟んだのはバルサだ。

「万一、あいつに当たったら、どうなる?」


 返事をするまでもない。

 アニは、恋する人を自らの手で射殺したという、身を裂かれるほどの罪悪感を、死ぬまで背負っていく事になる。


 アニはそっと、左目を隠す眼帯に手を当てた。

 スニフ爺さん……いや、見ず知らずの神でも仏でも、鬼でも悪魔でもいい。

 今度だけ、今度だけでいい、オレに力を貸してくれ。

 この一矢さえ命中すれば、(けが)れ切ったオレの魂なんぞ、その場でくれてやる!


「……触らないように、注意してくださいね」


 マヤに毒矢を渡される。

 ベトベトした汁を触らないよう細心の注意を払いながら、アニは(サルンガ)の弦に矢筈(やはず)(鏃の反対側にある溝)を差し込む。


 日はさらに傾き、最後の光が辛うじて尾を引いているだけだ。

 ルフの巣のある対岸の山頂は、すっかり影に入ってしまった。


「……大丈夫?」

 ニーナが不安げに声を掛ける。

「ああ。日没を待ってる」


 鳥は「鳥目」というくらい、夜行性のものを除き、夜目が効かない。

 ルフは、昼間襲ってきたところをみると昼行性だろう。案の定、見づらくなってきたのか、ヘヴンを構う仕草が緩慢になってきた。

 だが、あまりモタモタしていて眠ってしまったら、巣に隠れて急所が狙えない。


 ――日が落ち、光が失われた瞬間。

 それが勝負の時だ。


 しかし、急所とはどこを狙う?

 分厚い羽根に覆われているから、どんなに強く射込んだところで、鏃が皮膚にまで届かないだろう。

 ならば、目か?

 いや、目では即死はしない。

 毒が回るまでの数瞬でも暴れられたら、ヘヴンが崖の下に投げ出されかねない。


 ――確実に一撃で、奴の動きを止める方法。

 直接毒を、脳幹に最も近い場所に撃ち込む。


 つまり、口の中、喉の奥。


 こちらを向いて口を開いた、一瞬を狙う。

 それしかない。


「みんなに頼みがある」

「何だ?」

「オレの合図で、大声を出してほしい」


 チャンスは一回。

 この毒矢の一撃を失敗したら、こちらの存在を知らせてしまった以上、ヘヴンだけでなく、ここにいる全員が標的になる。


 生か、死か。

 この一矢に、仲間の命運、全てが懸かっている。

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