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底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ章 インドラの杵編
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(43)インドラの杵《きね》②

 ニーナの強い意思に、俺はハッとした。


 この困難な状況を打破するには、折れない心が必要なのだろう。

 ならば俺は、ニーナを、みんなを守るために、考えなければいけない――一発逆転の物語を。


 俺は原稿用紙を取り出し、ボールペンを握った。

「ファイ、今分かるだけでいい。状況を教えてくれないか?」


 ファイは目を閉じ、額に手を当てる。

「さっきも言ったけど、妙な気配が強くて、あまりはっきりとは見えないんだ……でも、あの岩のところに、雷雲を操る何かがいるのは分かる。多分、一人」

「雷を操るって、まさか……」


 みんなの脳裏に、同じ名前が浮かんだに違いない。


 ――アルファズ。


 この世界で生きる事を目的として、他者から武器を奪う略奪者集団・エインヘリアルのリーダーだ。

 自然現象を自由自在に操る能力(スキル)を持つと言われている。


 そんな奴が、俺たちを葬りに来たのか?


 けれど、エドが首を横に振った。

「あいつは噂によると、北の外れにある宮殿に閉じこもっているそうよ。『アルファズの六賢』なんて強い部下もいるワケだし、こんなところに一人で来るとは思えないわ」

「なら、あそこにいるのは誰なんだよ?」


 すると、アニが言った。

「妙な声と鈴の音は、まだ聞こえてる」

「お経みたいな声か?」


 アニがうなずくのを見て、俺は眉を寄せた。

 ――状況がはっきり分からない以上、わずかな情報を頼りに、仮定で考えるしかない。


 エドの推測が正しければ、敵はアルファズではない。そして、アニの言う通りお経を唱えているとすれば、僧侶だろう。

 僧侶の転生者、それもとんでもなく強い相手だとして、対策を考えよう。


 それには、相手の行動原理を推測する必要がある。

 ……僧侶であるとしたら、なぜ俺たちにいきなり攻撃を仕掛けてきたのか。

 祈りに近い仮定でしかないが、僧侶という職業的なイメージから、悪意はないのだろう。

 正しい行いとして、俺たちを攻撃をする理由……。


 ――まさか、除霊??


 確かに俺たちはみんな一度死んでるし、僧侶の立場から、彷徨(さまよ)える魂を成仏させるのが役割だと思っているのかもしれない。

 ……となると、ちょっと待て、ものすごくタチが悪いぞ。


 いきなり攻撃してくるくらいだから、話し合いが通じるとは思えない。

 どうすればいいんだ?


 ニーナの発する水の幕が、少し(ほころ)んできた。

 彼女の体力も限界に近い。早く何とかしないと――もう、やけっぱちだ!


 俺は原稿用紙にペンを走らせながら、エドに訴えた。

「チョーさんの髪の毛を全部剃って!」


「はあああ??」

 チョーさんが目を丸くして抗議するのは当然だ。

「なんでワタシアルか!?」

「何となく、顔が一番ソレっぽいからだよ。本当ごめん。ニーナの体力が尽きる前に!」


 そう言われれば、逆らえるはずがない。

 エドに、瞬く間にツルツルに剃り上げられたチョーさんは、頭を撫でて切ない顔をした。


 そしてコック服の上着を剥ぎ取り、その左肩に、かつてストランド村に掲げられていた村旗――俺のマントを袈裟(けさ)がけに掛ける。

 ……かなり無理矢理だが、遠目に見れば、僧侶に見えない事もない。


 要するに、こちら側にも僧侶がいれば、同業者同士、攻撃もしにくいだろう、という作戦だ。


 俺は原稿用紙にこう書いていた。


 〖あの岩山にいる僧侶は、チョーさんを同業者だと思い、話し合いに応じる事にした。〗


 その文章がスッと消えたから、俺は心の底からホッと息を吐いた。


「ニーナ、もう大丈夫だよ、ありがとう……ここからは、チョーさんに頑張ってもらわないといけないけど、よろしくね」

「アーイヤー」


 力尽きるように水の幕が消え、チョーさんが前に押し出された。

 すると、チョーさんは手を合わせて、よく通る声を張り上げた。


「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空――」


 ……さすがチョーさん。お経の心得があるとは。

 その様子があまりにもサマになっていて、俺は感心した。


 するとどうだ。

 急に雷鳴がおさまり、黒雲が急速に縮んでいくではないか。


 やがて、チョーさんのお経が一段落する頃には、黒雲はすっかり姿を消し、青々と晴れ渡った空が見えだした。


「……良かった……」

 安堵したニーナが、気が抜けたようにふらついた。それをバルサが抱き止める。

「よくやったよニーナ。さすが俺の奥さんだ」


 そんなノロケに生温かい目を向けながらも、俺たちはチョーさんを先頭に岩山へと向かった。


 山の斜面に大きく突き出した岩。

 そこに近付くと、はっきりとその姿が見えた。


 岩の上で、黄色い袈裟をまとった男が、杖を片手にこちらを見下ろしている。

 丸い笠を頭に被ったその格好は、旅の修行僧といった雰囲気だ。


 俺の推理は、見事的中したようだ。


 修行僧は、朗々とした声でお経を唱えていたが、チョーさんの格好を見ると、不機嫌そうに言った。

「何だ、僧侶ではないではないか」

「僧侶じゃなくても、ワタシ、仏徒アルね。御仏(みほとけ)、人を殺す、許さないアルよ!」

「すると、おまえたちは未だ『生きている』と認識している訳か。ならば、成仏させてやれねばなるまい」


 修行僧は金色の飾りの付いた杖をシャンと鳴らし、再び雷を呼ぼうとした。

 だが、アニの(サルンガ)に狙われていると見ると、静かに杖を下ろした。


「てめえ、ブッ殺してやる……!」

「駄目アル! 僧侶殺す、地獄に落ちるアル!」

 チョーさんになだめられてアニが弓を下げる。


 すると修行僧は笠を取り、しばらく俺たちを眺めていたが、やがて綺麗に剃り上げられた頭を深々と下げた。

「どうやら、助けられたのは私のようだ。受けた恩は返すというのも御仏の教え。ここは私が引き下がろう」


 そう言って、修行僧は俺たちに背を向けた。


「待って!」

 彼を呼び止めたのはニーナだった。

 彼女は悲しい表情で、周囲の山を見渡した。


「――ここにあるのは、あなたが殺した人たちのお墓なの?」


 俺もニーナを倣って周りに目を遣った。

 そして息を呑んだ。


 無数の武器が、まるで墓標のように、岩山のあちこちに突き立てられていた。

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