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底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ章 インドラの杵編
42/55

(40)亡霊

 ――それは、奇妙な噂だった。


「あの山には亡霊がいる」


 黒い森の奥から鈴の音が聞こえ、()()に出会ったら最後、誰も生きて戻らないという……。


「……だけど、変じゃね?」

 俺は容赦なくツッ込んだ。

「誰も生きて戻らないのに、どうして亡霊に会ったって分かるんだよ?」


「確かに」

 まともに反応を返したのはマヤだ。

「そもそも、私たちは一度死んでるんだから、言ってみれば、みんな亡霊ですよね」


 ――ヘルヘイムと呼ばれるこの世界は、死者が生き返るための試練を受けるべく転生する場所。

 この世界にいる人は全員、一度は死を経験しているのだ。


「亡霊が亡霊を怖がるってのも、おかしな話よね」

 エドが興味深げに顎を撫でる。

「ワタシ、ホラーが大好きなの。どんな亡霊なのか、会ってみたいわ」


「やめてよ、そういうの」

 珍しくファイが浮かない顔をする。

「――それらしいモノ、何度も見てるから」

 生前、長く病院で暮らしていたファイが言うと、説得力が半端ない。


 何となく会話が途切れたところに、言葉を挟んだのはバルサだ。

「しかし、本当に亡霊なのか? もしかしたら、略奪者の可能性もあるんじゃないか?」


 それには、みんな顔を見合わせた。

「まさか……」


 ――エインヘリアル。

 その名は決して忘れたりしない。

 みんなで暮らしたストランド村を奪った奴らだから。

 そして……。


 俺は首に提げた、ヤクの歯のペンダントに手をやった。

 大事な仲間の、命を縮めた奴ら。


 ダーダル村でマヤと合流した俺たちは、大きな川に突き当たり、迂回路を探して川沿いを旅していた。

 古代文明がそうであったように、命の源である水に人々は集まるらしい。

 川沿いに幾つもの村を見付け、森で採った果物や薬草と物々交換をしたり、情報を集めたりした。


 ……バルサとニーナは、赤ちゃんの転生者について聞いていたけれど、残念ながら、その噂は聞かなかった。


 けれども、最後に寄った村で聞いた話が妙なものだったのだ。


「あの山を超えるのか?」

 村の老人は、川の上流にある黒々とした山を指した。

「上流まで行けば、さすがに川を渡れるだろう」

 バルサが答えると、別の老人が首を横に振った。

「やめておけ――あの山は、呪われている」


 ……と、そんな噂で足を止める俺たちじゃない。

 何だかんだと亡霊の正体を推理しながら、いつものようにヤクが引く台車を押していた。


 川の上流に行くほど、当然ながら標高が高くなる。木の密度が上がってきて、ゴツゴツとした岩が増えてきた。

 こんな時は、アニとファルコンが頼もしくて、少し先回りをして、台車が通りやすい道を探してくれる。

 険しい道ながらも、俺たちは和気あいあいと旅を続けていたのだった。


 ――その夜。

 俺たちはいつも通り、チョーさんの料理で夕食を済ませると、焚き火を囲んで横になった。


 この頃になると、眠る場所は違えど、並びはだいたい決まっていた。

 バルサとニーナ夫妻の横に、ファイとマヤの小学生カップル。その横が、なぜか気が合うエドとチョーさん。

 で、残りの俺とアニが、いつも隣なのだ。

 アニの相棒の鷹・ファルコンは、ヤクの大きな角が気に入ったようで、羽を休める時はいつもそこだ。


 雨の日には、マヤの植木鉢が生やす木に助けられるが、こんな月夜に雨宿りは必要ない。

 俺は定位置にヤクの毛皮を敷いて、木の葉の隙間から星空を見上げた。


 キラキラと瞬く天の川を眺めるのも、これで何度目だろう。

 生きている頃は、スマホのゲーム画面ばかり眺めていて、夜空を見上げる事なんてなかった。


 ……それに、夜の森は思ったよりうるさい。

 虫なのか鳥なのかがギーギーガーガーと一晩中鳴いていて、東京育ちの俺からしたら、幹線道路の近くで寝ているような気分だ。

 まぁ、慣れたが。


 と、目を閉じて間もなく。

 横腹をツンツンとつつかれ、俺は横に顔を向けた。

「何だよ、アニ」


 アニはシッと、口の前で指を立てた。

「なんか、変な声が聞こえねえか?」

「変な声?」


 俺は耳を澄ませてみたが、虫の声と、川のせせらぎがわずかに聞こえるだけだった。


「別に何も聞こえねえけど」

「……なら、いいや」


 アニはそう言いながらも、俺の方を向いて丸まっている。

 普段は粗野な乱暴者なのだが、時々可愛いところがあるから困る。

 俺はついニヤけた。


「あ、もしかして、亡霊が怖いのか?」


 ……思い切り膝蹴りを食らい、気絶するように眠りに就いたのは、言うまでもない。


   ____________

    【        ||

    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 ――翌朝。

 ファルコンの鳴き声に起こされると、それぞれが自分の仕事を始める。


 チョーさんは朝食の準備。それを、ニーナとマヤが手伝う。

 村にいる頃は、自分の仕事に手を出されるのを嫌がっていたチョーさんだが、最近はみんなの手伝いを受け入れている。

 野菜の切り方が少し雑でも、チョーさんの味付けは変わらず天下一品だ。


 エドは眠気まなこをこすりながら、これまで来た道のりを地図に描く。

 ファルコンがみんなを起こすのが、日の出から間もなく。この世界に季節はないから、時計はなくても、だいたい同じ時間というのは分かる。

 太陽の方角を基準に、森に川に村、特徴的な地形の位置を、目測で書き込んでいくのだ。


 そもそも、精密な地図など必要ないのだ……ストランド村へ戻るための道を覚えておきたい、そのための地図なのだから。


 地図は羊皮紙が継ぎ足され、巻物になってきた。

 絵のセンスは、エドはなかなかのものなのだが、方角と記憶力が怪しい。そこをファイが千里眼でカバーする。


 バルサはヤクの世話。

 エサは勝手に草を食べるからいいとして、長い毛は手入れをしてやらないと大変な事になるのだ。

 そして、荷物を整理して台車に積み、荷造りをする。


 俺とアニとファルコンは、道中で困らないよう食材探しだ。俺は果物や山菜やキノコ、アニはファルコンと一緒に水鳥やウサギなんかの狩りをする。


 こうしてみんなで腹ごしらえをしてから、また旅に出る。


 ――試練の終着地である、女神ヘルの宮殿・エリューズニルを目指して。

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