(38)願い
動いたのはファイだった。
「――サイコキネシス!」
地面に落ちる寸前、植木鉢は宙に静止した。
張り詰めた緊迫が一気に安堵に変わる。
「良かった……!」
「やるじゃねえか!」
みんなの声を受けて、ファイが前に出た。
植木鉢をそっと取り上げ、マヤの手に戻す。
そして言った。
「願いは、ひとつじゃなくても構わないんじゃないかな」
無表情に見返すマヤに、ファイは微笑む。
「僕ね、君がくれたオタネニンジンのおかげで元気になれたんだ……僕のために、またオタネニンジンを、出してくれないかな?」
「お兄ちゃんを殺した私なんかに、生きてる資格はないの」
マヤが言い返すと、ファイは悲しい顔をした。
「――実は、僕も人を殺した事があるんだ」
俺は驚いた。
みんなも知らなかったらしい。息を呑む音がして、空気が張り詰める。
「僕、生まれた時からずっと体が弱くて。体じゅうをチューブに繋がれたままベッドから動けない生活が、死ぬほど嫌だった。だから――」
酸素のチューブを、自分で抜いたんだ。
「自分で自分を殺した……こんな僕が、どうしてこの世界に転生できたのか、未だに分からない」
「…………」
「こんな僕が、君が生きるための理由になるのは、ダメかな?」
マヤの目から涙があふれる。
そして、小さくうなずいた。
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――夕食は予定通り、洞窟の焚き火を囲み、七人で顔を合わせて、チョーさんの美味しい料理を食べた。
メニューは、ウサギ肉のピリ辛炒めに、山菜スープと、ごはん!!
「米だよ! 米!!」
「ダーダル村の人、世話をかけたと分けてくれたネ」
俺はホカホカの白飯を頬張った。
「うめえー!!」
チョーさんの料理はもちろん絶品だが、念願の白飯は最高だ。
「にしても、ねえ……」
エドがニヤニヤして、肘でファイをつつく。
「アナタ、やるじゃない?」
……マヤの事だ。
彼女は明日、俺たちと合流する。
仲間になるのだ。
明日の朝、ダーダル村に彼女を迎えに行く約束になっている。
事情を説明しつつ、マヤを村に送って行った時、彼女はファイの前に立って顔を赤くした。
「……私の生きる理由に、ついて行きたいです」
マヤとファイは、死んだ時の年齢が同じだったようだ。この世界にいる時間が長い分、ファイの方が大人っぽい感じはあるけど。
……何だかんだで、いい感じなのが妙に悔しい。
――さてさて。
満腹になったところで、俺はみんなに向き合った。
「ひとつ言っておきたい事がある」
すると、みんなが神妙な顔を俺に向けた。
「新たにマヤを仲間に迎えるに当たってだ」
少しためてから、俺は言った。
「夕飯の後に誰かが歌うやつ、やめないか?」
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疲れもあり、みんな早々に床に就いた。
俺もヤクの毛皮に横になりつつ、だが眠れなかった。
――俺は、人を殺した。
この事実が、今になって心を蝕んでくる。
ハヤテを死なせずで済む方法は、あったんじゃないだろうか。
しかも、妹のマヤに手を下させるとは、最悪だ。
俺は、原稿用紙に文字を書くだけ。
吐き出した物語に対する責任を抱える術を、俺は知らない。
こんな俺に、小説家を名乗る資格など、ないんだろう。
どうにも胸が苦しくなって、俺は洞窟を出た。
高台から望む星空は、真下から見上げるのと違って、手が届きそうなほど近かった。
俺は斜面の脇にある岩に腰を下ろし、無数の瞬きをじっと眺める。
「…………」
不意に気配を感じ顔を向けると、アニが少し離れて座っていた。
彼女も同じように星空に顔を向けている。
「オレ、山賊だったろ? 何人殺したか、分かるか?」
空を見たままボソリとそう言ったアニに、俺は首を横に振った。
「分からない」
「オレも」
アニは低い声で続けた。
「オレにとって人を殺す事は、鳥や鹿を狩るのと同じだったから。生きるために殺す……殺さなきゃ、生きられなかった」
――捨て子のアニが拾われたのが、山賊一味だった。
彼女は幼い頃から、おもちゃ代わりに弓矢を渡され、人を殺せばご飯をもらえた……仕留め損なったら、空腹を抱えて一日過ごさなくてはならなかった。
そんな風に生きてきたから、人を殺すのが「悪い事」であると知らなかった。
やがて、山賊一味は捕らえられ、全員死刑になる事となった。
アニを捕らえた者たちは、彼女に憎しみの目を向けた。
「人殺し!」
「血に飢えた野獣!」
「悪魔!」
浴びせられる罵詈雑言で、ようやく人を殺してはいけないのだと悟った。
でも、人を殺さないで生きられる方法を知らなかった。
どうしたら人を殺さないで生きられるのか。人を殺す人は、悪い人なのか。
――ならば、今度生まれる時には、人を殺さないで済む「良い人」に生まれ変わりたい。
死刑の瞬間、そう願った。
「……だから、今のオレなら、人を殺した後の後悔を、少しなら、分かると思う」
「…………」
「こういう時は、アレだ。一人で抱え込むな。一蓮托生、ってヤツさ」
膝を抱えたアニがこちらに目を向ける。
「おめえが間違っていたら、オレらが止める。けれど、あの怪物を止める方法はアレしかないとオレらも思ったから、止めなかった。おめえが人殺しなら、オレらも一緒だ」
「…………」
「それが、仲間ってヤツじゃねえのか」
アニはそう言うと立ち上がった。
「早く寝ろよ。おめえが情けない顔をしてたら、マヤが心配するぜ」
そして、スタスタと洞窟へ戻って行った。




