(34)約束
フォートリオンは座った状態だったから、落ちたと言ってもさほどの高さはなかった。
けれど、バルサが俺を受け止めてくれなかったら、しばらく呼吸ができなかっただろう。
「ごめん……」
「分かった。俺らはどうすればいい?」
俺を立たせると、バルサは立ち上がりつつあるフォートリオンを見上げた。
コクピットの扉が閉じ、両目が青く光る。
二十五メートルの巨体が見下ろす迫力は、腰を抜かしそうになるほどだ。
俺は、バルサの周りに集まってきたみんなに言った。
「とりあえず、足止めをするしかない」
「けど、こんなんどうやって?」
俺は必死で記憶を探った。
フォートリオンの弱点。何かあった気がする。
劇場版の中盤。皇女を救出して森に逃げ込んだ後。
フォートリオンがなぜか動かず、カイ・タケダは皇女を奪い返されてしまう。
「動け! 動いてくれ!」とコクピットで叫ぶ名シーン。
あれは、何で動かないんだったっけな……。
「――そうだ!」
「何だ!?」
「鳥だ!!」
「鳥?」
俺は説明した。
敵の策略で、森じゅうの鳥が一斉に飛び立ち、それを安全装置が異常と感知。全システムが停止したのだ!
「だけど、そんなの……」
「ファルコオオオン!!」
原稿用紙に書いてる暇はない。
俺の言葉を理解したのか、ファルコンがアニの肩当てから飛び立った。
――キィヤァー!!
低空飛行する鷹が威嚇する鋭い声。
と同時に、森じゅうから羽ばたきの音が聞こえた。
スズメかムクドリみたいなのから、カラスやカモみたいなのまで。
無数の鳥が一斉に木々から飛び出す。
ブースターから翼を広げ、今まさに飛び立とうとしていたフォートリオンは、黒い影に取り囲まれて動きを止める。
途端に、虹色に光っていた翼は色を失い、青い目も光を消した。
――やった!!
ファルコンがアニのところへ戻ってきて、得意気にピィと鳴いた。
だが、あまり余裕はない。
緊急停止から再起動するまで、確か三分しかない。
それに、同じ作戦は何度も使えるものじゃない。
再起動までの間に、次の作戦を練らなければならない。
……とはいえ、最悪の事態の結末は、薄々考えてはいた。
どうやら、それに向けた準備をするしかないようだ。
俺はみんなに指示をする。
「結末にはマヤの存在が必要だ。でもいくら急いでも、彼女がここに来るまでに三分以上はかかるだろう。その間に奴が飛び立たないよう、何とかしてくれないか?」
「……分かったよ」
最初に返事をしたのはアニだった。
「やれるだけの事はやる」
バルサがエクスカリバーを抜く。
「仕方ないわね」
エドのシザーハンドが光る。
無茶なのは承知している。
だが、そんな無茶に乗ってくれる仲間の頼もしさは、何物にも変え難い。
――あとは、俺の『物語』を作り上げるまで。
だが、原稿用紙を広げる前に、まずやるべき事があった。
「ファルコン、もうひと仕事頼む。ダーダル村まで行って欲しい。おまえの翼なら、一分もあれば行けるだろう」
ファルコンを見送った後、他の三人は各自、フォートリオンを取り囲む位置に陣取った。
俺は少し下がり、原稿用紙を宙に開く。
そして、真っ先に書いた。
〖今日の夕食は、七人みんなで美味しく食べる。〗
――書いた文字が光って消えた。
これで、仲間三人が命を落としたり、大怪我をしたりする事はないはずだ。
それから俺は、フォートリオンを、ハヤテを止めるための筋書きを書き記した。
何度かミスったが、二分ほどで書き終える。
全ての文章が原稿用紙から消えたところで、俺は顔を上げた。
――フォートリオンの青い目が、光を取り戻していた。
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――その頃。
洞窟にいたファイは、急にヤクが立ち上がったから驚いた。
そして、すぐに察した。
……ヘヴンの能力だ。
だが、と、彼は眉をひそめる。
彼の持つ『第六感』が《《焦り》》を感知したのだ。これはどういう意味だろう?
ヤクはトコトコと洞窟を出ていく。
追いかけてみると、村に向かう道を小走りに進んでいくようだった。
「私たちも行った方がいいかしら?」
ニーナが言うが、ファイは首を横に振った。
「それならそれと、彼からもう少し分かりやすい指示が来ると思うんだ。それがないという事は、僕たちは村に向かうべきじゃないと思う」
ファイはそう言ってから、ヘヴンたちが向かった方角に目を向けた。
森は霞んで、遠くはよく見えない。
しかし、先程一瞬感じた、嫌な感覚が気になる。
「僕たちが向かうとしたら、あっちじゃないかな。そんな気がする」
「今から歩いて行くの?」
「いや、それじゃ多分間に合わない。何かいい方法はないかな?」
それに答えたのはチョーさんだ。
「如意棒、使うといいネ」
それには、ニーナが不審な顔をした。
「如意棒でどうやって?」
「長ーく伸ばして、地面について、ピョーンと行くアルね」
……要するに、スケールが大きい棒幅跳びだ。
ちょっと想像がつかないが、選り好みをしている余裕はない気がする。
「やってみよう」
ファイがそう言うと、チョーさんは前掛けに挟んだ麺棒を取り出し、くるりと回した。
――するとその長さは無限に伸びていく。
しかし、チョーさんが片手で持っているところを見ると、質量に変化はないようだ。どういう仕組みなのか、まるきり分からない。
それを横に持ち、チョーさんはだが首を傾げた。
「三人行くとなると、ちょっと走る勢い足りないアルね」
「分かったわ」
ニーナが如意棒と三人に補助魔法を掛ける。
――そして三人は、如意棒を持って一斉に走り出した。
チョーさんを先頭に、ファイが続き、ニーナが後を追う。
生きている時は走るどころ立つ事もできなかったし、この世界に来てからもアクティブな動きとは無縁でやってきた。
だからファイは、とんでもないスピードについていけずに浮き上がった。
「うわあ!」
「ちょっと、魔法が強すぎたかしら!」
「このくらいでないと飛べないアルよ!」
チョーさんが腕を振る。
如意棒がしなって、先端が彼方の森へ突立ったようだ。
「アイヤー!!」
すると、しなった如意棒がバネとなって、三人を宙に弾き飛ばした。
「棒、離すダメアルよ! 死ぬよおーー!!」
「イヤアアアアーー!!」
「わああああ!!」
如意棒は、しがみ付く三人を雲の上に押し上げた。
冷たい風が全身を包む。
そして、頂点で一瞬スピードが緩むと、次は重力のままに降下した。
「キャアアアアーー!!」
「…………」
「アーイーヤーー!!」
そして――。




