(33)カイ・タケダ
――カイ・タケダ。
初代フォートリオンの主人公の名前だ。
星野コスモも、かく言う俺もだが、この世界では好きな名前を名乗っていいらしい。
……はともかく。
俺は興奮していた。
外観だけでなく、コクピットの中身も完璧に再現されているからだ。
コクピットの壁全面に埋め込まれたモニターには、主人公が所属する組織のロゴが回っている
ここにはフォートリオンの起動時、三六〇度上下前後左右、外の景色が映され、まるで宙に浮かんでいるような感覚になるのだ。
これらの画像は、フォートリオンのこめかみに当たる部分に付けられた広範囲カメラが撮影し、AI処理で繋ぎ合わせたもの。映画パンフレットの設定資料集にそうあった。
操縦は、操縦席の肘掛け部分にある空中タッチパネル。
……本当の初代は俺が生まれる前の作品だから、ここがキーボードとハンドルになってて、ちょっとダサかった。
この仕様は、リメイク映画のやつ。
そしてリメイク版には、ポジトロン誘導砲の強化版である、ポジトロン・メガサイクル遊撃砲を脳波で操作するためのヘッドギアが、操縦席に付いている!
「あー、ヤバいっス……ヤバいっス……」
語彙力が完全消滅した俺は、挙動不審になってコクピットをジロジロと見渡した。
しかしカイ・タケダは満足げだ。
「どうせやるなら、ここまでしないと納得できなくてね。ただ、鋼板が薄いから、実物より強度は劣るけど。あんな鋼鉄の塊を動かせるだけのエネルギーを確保するのは、この世界では無理だから」
それからしばらく、フォートリオンの話題で盛り上がった。
操縦席の扉に並んで座って、まるで劇中みたいな森の景色を眺めながら熱く語るのは最高だった。
「生きているうちに、こんなに話が合う奴と出会いたかったな」
カイ・タケダはそう言って目を細める。
「親がフォープラをバカにしててさ。コレクションを全部捨てられたんだ」
「それは……」
そこで俺は、ようやく任務を思い出した。
カイ・タケダに、エインヘリアル行きを諦めさせ、マヤの元に帰す事。
――そして、自分のした事を反省させる事。
気まずく思いながらも、俺は切り出した。
「一回、村へ帰らないか? 妹が心配してたぞ」
すると、カイ・タケダの表情が変わった。
裏切りに遭ったような蔑んだ目で、俺にこう返す。
「おまえも、俺の親と同じ事を言うのか。こんなオモチャに時間と労力をかけるくらいなら学校に行けって……ウザいんだよ」
非常にやりにくい。
こんなに完璧なフォートリオンを見てからは、尚のこと。
それでも俺は、言わなくちゃならない……彼を、エインエリアルに向かわせないために。
「もう少し、別のやり方を考えてみないか? みんなが納得できる方法で、フォートリオンを……」
「ある訳ないよ、そんなやり方」
カイ・タケダは口を尖らせて前を向く。
「フォートリオンは俺の人生なんだ。なのに、誰も分かってくれない」
「君の気持ちは分かった。けど、趣味のために周りの人を犠牲にするのは違うんじゃないか?」
「犠牲?」
カイ・タケダは吐き捨てた。
「何かを成し遂げるためには、多少の犠牲は仕方ないのは当然だろ。なのにみんな偉そうに、俺に説教ばかりする」
その言い方に、俺は苛立った。
そしてつい、言ってしまった。
「――妹の命も、両親の命も、多少の犠牲だったのかよ」
カイ・タケダの表情が消えた。
そして立ち上がり、
「帰ってくれ」
と、俺に背を向けた。
その背中に、俺は続ける。
「逃げんなよ。自分のした事と向き合わずに、一人で盛り上がってんの、ダサいわ」
「うるさい……」
カイ・タケダは振り返り、俺を睨んだ。
「もう戻れないんだよ。俺は、こうするしかないんだ」
そして操縦席に身を沈める。
軽く指先を肘掛けに触れると、空間タッチパネルが現れ、慣れた手付きでそれを操作する。
すると、コクピットの内部に周囲の木々が映し出された。
彼はヘルメットを装着する。
「これを起動するには、俺の体力が必要なんだ」
「知ってる」
「それだけじゃない……この巨体を維持しているだけで、俺の体力は徐々に奪われている」
「…………」
「俺の体力がゼロになれば、フォートリオンは消滅する――こいつを維持するためには、エインヘリアルに頼るしかないんだ」
衝撃だった。
フォートリオンの存在自体が、彼の寿命を消費しているとは。
……聞いた事がある。巨大ロボットを原作通りに建造するのは不可能だと。
そのもの自体の重量と材質の強度の関係で、自立できないのだ。
だからお台場のフォートリオンは、発射台を模したスタンドに繋がれている、ただの人形なのだ。
物理法則を無視して、不可能を可能にするには、凄まじい量の体力が必要となる。
彼の体力が食い尽くされる前に、フォートリオンに他者の武器を錬成する。
それ以外に、彼が、フォートリオンが、生き残る術はないのだ。
この先、この機体を維持するために、どれだけの転生者の武器が犠牲にされるのか。
考えただけで身が凍る。
「分かったら出ていけ」
「いや、ダメだ」
俺は操縦席に向かい、カイ・タケダを引き起こす。
ヘルメットの向こうで、彼は笑った。
「おまえは、俺に死ねと言うのか」
マヤの顔が浮かぶ。兄想いの健気な妹に、これ以上悲しい思いはさせたくない。
――けれど、スニフ爺さんや星野コスモみたいな、あんな悲劇を、もう二度と見たくない。
俺はアーマースーツの胸ぐらを掴んで、声を絞り出した。
「どうして、どうしてこんなモノを造っちまったんだよ!」
俺は考えた。
カイ・タケダ……いや、ハヤテが、エインヘリアルに頼らないで生き延びるための物語を。
だがどう考えても、筋書きが思い浮かばない。
ハヤテは言った。
「俺にはもう時間がない……出ていけ」
ハヤテの両手が、俺の腕を振り解き突き飛ばした。
同時に巨体が動き出す。
俺は転がるように、コクピットから放り出された。




