(32)白金の鬼神
翌日の朝は、快晴だった。
森に残る湿り気が靄となって木々を包み、小高い岩山にある洞窟から見下ろせば、幻想的な絶景だ。
朝食を済ませて出かける前、ファイが洞窟の前で目を閉じ、額に手を当てる。
――透視だ。
ハヤテがどの方角に進んだのかが分かれば、手っ取り早く追い付ける。
しばらく集中した後、ファイは目を開いた。
「こっち。太陽が昇る方角だよ。七キロほど先かな。彼は今、疲れ果てて眠っているようだ。今ならすぐに追い付ける」
……アニを先頭に森を行く。
この辺りは起伏が少なく歩きやすい。
常緑の針葉樹が多くて、落ち葉や下草が少ないのも助かる。張られた枝が屋根を作り、森の中が薄暗いからだ。
細い木漏れ日と共に降り注ぐ、小鳥のさえずりが心地よい。
俺たちはそんな中を、苔むした土を踏みしめて進んでいく。
少し行くと、突然明るい場所に出た。
何本かの木が倒れているのだ。まるで踏み潰されたように、根元が粉砕している。
地面にも窪みが穿たれて、昨日の雨水が溜まってちょっとした池になっていた。
俺はゴクリと唾を飲んだ。
――フォートリオンの足跡だ。
ふたつ並んだその形を見て、俺は推察した。
フォートリオンは二足歩行で移動してはいない。両足で着地しているからだ。
多分フォートリオンは、半飛行状態で移動している。ブーストで浮力を補いつつ、両脚でジャンプしながら前進、って感じ。
二足歩行するには、背の高い森の木が邪魔だし、ずっと飛行するだけの体力は続かないからだろう。
案の定、もう何百メートルも進むと、同じような足跡があった。
それを見ながら、俺はゾッとした。
――体力がないから、今は移動だけで苦労している。
しかし、実際に移動できるまでの性能を有した巨大ロボットとして、確実に存在しているのだ。
……これがもし、エインヘリアルの手に渡り、無限の動力を手に入れたら……。
他のみんなも、同じ事を考えたに違いない。
「急ぐぞ」
とバルサが言うと、みんな黙々と足を進めた。
――そして間もなく、「それ」が目に入った。
背の高い針葉樹に隠れるように、膝を折り佇んでいる。
俺には分かった。待機状態の安定姿勢だ。
正面から陽光を浴びて眩く輝く、白鱗色の機体。
劇中で「白金の鬼神」と称される、主人公専用機だ。
「甲鉄機兵フォートリオン」の「フォー」は、うお座の恒星・フォーマルハウトから。「トリオン」とは、無限を意味する、宇宙空間に存在する謎のエネルギー体の総称だ。
うお座から、フォートリオンのデザインはトビウオをイメージしたものになっている。表層に鱗のような模様があるのもその一部。
背中のブースターから翼が展開されると、トビウオの羽のように開く――それが半透明でめちゃくちゃカッコいいのだ。
額には、うお座のシンボルマークを模した、Hを潰したような形の角がある。それで宇宙からトリオンを吸収するのだ。
何年か前に、お台場に実寸大フォートリオンが造られたが、見に行ってみると、発射台に据え付けられたバカデカい人形で、あまり感動はしなかった。
けれど、これはヤバい。質感がヤバい。圧倒的存在感、圧倒的輝き。
革命軍に利用されそうになる心優しい皇女を救出し、追っ手を逃れ森に隠れる劇中の有名なシーンの、佇む姿勢や光の当たり方まで完璧。語彙力喪失。
マヤには悪いが、村人たちに迷惑を掛けて嫌われても、この機体に全てを費やしたハヤテの気持ちが、俺には理解できてしまう……。
「カッケぇ……」
見とれていると、アニに尻を蹴り上げられた。
「バカか! こんなモンを放置しといたら、大変な事になるぞ!」
――確かに。
アニメでは正義感が強いゆえに、やや暴走気味な主人公が乗る機体。
ハヤテのような歪んだ欲望のままに突っ走ったら、マジでシャレにならない。
かと言って、これだけのものを壊してしまうのは、あまりに惜しい。
それにそれは、ハヤテの死を意味する。
ならば、選択肢はひとつ。
「説得には俺が行く」
俺は、フォートリオンに向かって歩きだした。
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正面から見上げるフォートリオンは、マジでヤバかった。
森の静寂の中にひざまずく白金の鬼神。
これで鳥肌が立たなかったらオタクじゃない。
またしばらく見とれていたら、背中にアニの殺気を感じて、俺は慌てて声を上げた。
「すいませーん!」
……返事はない。
俺はもう一度息を吸った。
「このフォートリオン、ガチヤバなんですが! 凄すぎて語彙力死んで申し訳ないんですが!」
――すると、コクピットの扉が開いた。
操縦席に座るのは、フォートリオンパイロット専用アーマースーツを身に付けた男の子。
俺と同い年くらいだろう。
彼は身を起こして俺を見下ろした。
「フォートリオンの良さを知ってる人に、この世界で出会えるとはー!!」
「初代は、去年リメイクした映画を五回見たっス! やっぱ初代が最高っス! 次に最高なのが、七作目のラスボス専用トリオンアーマーっス! 異論は認める!」
「異論なし! 語ろうぜ!」
フォートリオンの腕が動く。
地面に置かれた手のひらによじ乗ると、コクピットまで引き上げられた。
アーマースーツ姿の彼は、コクピットの扉に出てきて俺を迎える。
そして、ヘルメットを外して握手を求めた。
「俺は、この世界での名は、カイ・タケダ。向こうの世界ではハヤテって名前だった。よろしくな!」




