(29)ダーダル村の女の子
翌日は雨だった。
少しでも体が濡れないよう、森に入り雨宿りする場所を探すが、木の根と落ち葉に足を取られて、荷車を押し進めるだけで大変だった。
人の行き来がほとんどないから、そもそも整備された道がない。森を抜けようとすれば、獣道に分け行るしかないのだ。
――しかも、ファイが熱を出した。
旅続きで疲労が溜まったところに、昨日、スキルで体力を無駄に使わせてしまったのが原因だろう。
荷物を手分けして担ぎ、台車にファイを寝かせる。
俺のマントを体に掛けるが、ファイは苦しそうに震えていた。
ニーナの回復魔法は外傷には有効だけど、病気には効かないらしい。
申し訳なさそうな顔をしながら、ニーナはファイに寄り添っている。
俺は原稿用紙を開いた……タブレット状態にすれば、防水機能も付いているのだ。
そして、
〖すぐに雨が止んだ。〗
と書いたのだが、
【降水確率は百%です。無理です。】
赤ペンはそう返してきた。
「晴れてる時に雨を降らせられただろ!」
【ストランド村に於いては、裏山という地形が上昇気流を生み出し、気温が下がります。湖や樹木により湿度も高いため、水蒸気が凝固し雨雲を発生させる条件が揃っており、そのため急激な天候の変化が起こる事は、自然現象として不自然ではありません。一方、「急に雨が止む」気象条件としては……(意訳:降らせるより止ませる方が大変なんだよボケ!)】
「……すいませんでした……」
アニがファルコンを飛ばして、雨宿りできそうな場所を探すが、翼が濡れて遠くには飛べないようで、すぐにアニの肩に戻ってきた。
「……参ったな」
アニはそう言うと、俺にファルコンを預けた。そして、
「ちょっと様子を見てくる」
と、駆け出して行った。
……そして、少しして戻ってきた。
息を弾ませ、アニは森の向こうを指す。
「森を抜けたところに村がある! 何とか頼んで、休ませてもらおう」
――その村は、ダーダル村という名前だった。
立地的には、ストランド村とあまり変わらない。村の正面が原っぱで、裏が森になっている。
それに、厳重な塀で覆われているところも同じだ。
ただしここは、森の中に岩山が見えるところから、石材が手に入るとみえて、石積みの塀だ。
そこに、頑丈な門が取り付けられている。
門の近くに鐘楼があるのも、ストランド村と同じだ。
そしてやはり、大きな旗が掲げられているのだが、鎌の模様が描いてある。これはどういう意味だろう?
バルサはそこを見上げて、見張りの兵士に声を張り上げる。
「我々は、ストランド村から来た者だ! 取り次ぎをお願いしたい!」
しばらくして門が細く開いた――そこから顔を覗かせたのは、完全武装の兵士たちだ。
「何の用だ?」
「旅の途中で病人が出た。物置小屋で構わない。少し休ませてもらえないか?」
だが、兵士たちはきっぱりと言い切った。
「ダメだ。帰ってくれ」
「せめて病人だけでも!」
俺も一緒に頭を下げる。だが兵士たちは首を横に振るばかりだ。
「よそ者は村に入れない。これはどこの村でも共通の掟だ。分かるだろう」
……門は閉ざされた。
しばらく門を見上げていたが、バルサは大きく息を吐いた。
「仕方ない。行こう」
――俺たちも、略奪者集団・エリンへリアルから逃れるために、村を捨ててきたのだ。
見ず知らずの者を村に入れるという事がどういう事か、身に染みて分かっている。
雨は止む気配を見せない。
髪の芯まで濡れそぼってトボトボと歩く。
皆無言だ。雨を吸って重くなった荷物とぬかるんだ足元が、否応なく体力を奪っていく。
このままでは、ファイどころか、みんな病に倒れてしまうだろう。
何とかならないものか……。
――すると、声がした。
「あの!」
振り向くと、女の子が立っていた。年はファイと同じくらいだろう。
彼女は藁の頭巾を被り、大きな麻袋を抱えていた。
そして、俺たちにペコリと頭を下げるとこう言った。
「近くに洞窟があります。もし良かったら、そこまでご案内します」
……森の中の岩山。
そこに張り付く坂道を上がるのは大変だったけど、洞窟は思ったよりも大きく、七人とヤクと台車を入れ、荷物を干しても十分な広さがあった。
それに、風の吹きだまりのようで、乾いた落ち葉や枯れ枝が奥の方に山になっていて、焚き火の燃料に困らなかった。
それだけではない。
女の子の持ってきた麻袋には、乾いた手拭いがたくさん入っていたのだ。
「良かったら使ってください」
これ以上ない申し出に、ニーナは女の子に深く頭を下げた。
「本当に助かったわ。何とお礼を言ったらいいのかしら」
「いいえ……こちらこそ、あんな断り方をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「事情は十分に分かってるわ。私たちを信用してくれて、本当にありがとう」
エインヘリアルの存在さえなければ、村々の交流が盛んになり、この世界の人々はもっと豊かに生活できるだろうに。
俺は憤りを覚えた。
体を拭き、乾いた敷物に寝かされたファイは、少し気分が落ち着いたようで眠りについた。
俺たちはできるだけ装備を外し、焚き火の周囲に並べて乾かす。
ファルコンも、寝そべったヤクの角にとまって羽を干していた。
「これ、滋養強壮に効く薬草です。彼が目を覚ましたら、スープにして飲んでください」
女の子が差し出した乾涸びた木の根っこみたいなのを見て、チョーさんが声を上げた。
「アイヤー! こりゃあオタネニンジンね! 凄く珍しいアルよ」
気の早いチョーさんが、さっそくスープ作りに取りかかる。
女の子の名前は、マヤ。
黒々とした髪を三つ編みにし、花の刺繍のされたワンピースを着ている。北欧の民族衣装みたいな雰囲気だ。
けれど服装からは、彼女の武器や能力を推察できない。
するとマヤは、肩に提げた毛糸編みのポシェットから、小さな植木鉢を取り出した。
両手に納まるくらいの素焼きのもので、中がモヤモヤと光っている。
「私、植物使いなんです。と言っても、思ったような植物を生やせなくて。何度も試していると、オタネニンジンとか、珍しいのもたまに出ます」
……なるほど。
お世話になったお礼にと、アニが昨日採った梨やウサギの毛皮を渡す。
彼女は頭を下げて受け取ったのだが、なぜだか帰ろうとしない。
それにバルサが眉をひそめた。
「どうしたんだ? 俺たちに何か用があるのか?」
……たしかにそう考えなければ、赤の他人にここまで親切にしてくれた理由が分からない。
マヤはしばらくモジモジとしていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「あの……」
「何だ?」
マヤは、不安げな目をバルサに向けた。
「旅の途中で、お兄ちゃんを見ませんでしたか?」




