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底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅱ章 甲鉄機兵編
30/55

(29)ダーダル村の女の子

 翌日は雨だった。


 少しでも体が濡れないよう、森に入り雨宿りする場所を探すが、木の根と落ち葉に足を取られて、荷車を押し進めるだけで大変だった。

 人の行き来がほとんどないから、そもそも整備された道がない。森を抜けようとすれば、獣道に分け行るしかないのだ。


 ――しかも、ファイが熱を出した。

 旅続きで疲労が溜まったところに、昨日、スキルで体力を無駄に使わせてしまったのが原因だろう。


 荷物を手分けして担ぎ、台車にファイを寝かせる。

 俺のマントを体に掛けるが、ファイは苦しそうに震えていた。

 ニーナの回復魔法は外傷には有効だけど、病気には効かないらしい。

 申し訳なさそうな顔をしながら、ニーナはファイに寄り添っている。


 俺は原稿用紙を開いた……タブレット状態にすれば、防水機能も付いているのだ。

 そして、

 〖すぐに雨が止んだ。〗

 と書いたのだが、

 【降水確率は百%です。無理です。】

 赤ペンはそう返してきた。


「晴れてる時に雨を降らせられただろ!」


 【ストランド村に於いては、裏山という地形が上昇気流を生み出し、気温が下がります。湖や樹木により湿度も高いため、水蒸気が凝固し雨雲を発生させる条件が揃っており、そのため急激な天候の変化が起こる事は、自然現象として不自然ではありません。一方、「急に雨が止む」気象条件としては……(意訳:降らせるより止ませる方が大変なんだよボケ!)】


「……すいませんでした……」


 アニがファルコンを飛ばして、雨宿りできそうな場所を探すが、翼が濡れて遠くには飛べないようで、すぐにアニの肩に戻ってきた。


「……参ったな」

 アニはそう言うと、俺にファルコンを預けた。そして、

「ちょっと様子を見てくる」

 と、駆け出して行った。


 ……そして、少しして戻ってきた。

 息を弾ませ、アニは森の向こうを指す。

「森を抜けたところに村がある! 何とか頼んで、休ませてもらおう」


 ――その村は、ダーダル村という名前だった。

 立地的には、ストランド村とあまり変わらない。村の正面が原っぱで、裏が森になっている。

 それに、厳重な塀で覆われているところも同じだ。

 ただしここは、森の中に岩山が見えるところから、石材が手に入るとみえて、石積みの塀だ。

 そこに、頑丈な門が取り付けられている。


 門の近くに鐘楼があるのも、ストランド村と同じだ。

 そしてやはり、大きな旗が掲げられているのだが、鎌の模様が描いてある。これはどういう意味だろう?


 バルサはそこを見上げて、見張りの兵士に声を張り上げる。

「我々は、ストランド村から来た者だ! 取り次ぎをお願いしたい!」

 しばらくして門が細く開いた――そこから顔を覗かせたのは、完全武装の兵士たちだ。


「何の用だ?」

「旅の途中で病人が出た。物置小屋で構わない。少し休ませてもらえないか?」


 だが、兵士たちはきっぱりと言い切った。

「ダメだ。帰ってくれ」

「せめて病人だけでも!」

 俺も一緒に頭を下げる。だが兵士たちは首を横に振るばかりだ。

「よそ者は村に入れない。これはどこの村でも共通の掟だ。分かるだろう」


 ……門は閉ざされた。

 しばらく門を見上げていたが、バルサは大きく息を吐いた。

「仕方ない。行こう」


 ――俺たちも、略奪者集団・エリンへリアルから逃れるために、村を捨ててきたのだ。

 見ず知らずの者を村に入れるという事がどういう事か、身に染みて分かっている。


 雨は止む気配を見せない。

 髪の芯まで濡れそぼってトボトボと歩く。

 皆無言だ。雨を吸って重くなった荷物とぬかるんだ足元が、否応なく体力を奪っていく。

 このままでは、ファイどころか、みんな病に倒れてしまうだろう。

 何とかならないものか……。


 ――すると、声がした。

「あの!」


 振り向くと、女の子が立っていた。年はファイと同じくらいだろう。


 彼女は(わら)の頭巾を被り、大きな麻袋を抱えていた。

 そして、俺たちにペコリと頭を下げるとこう言った。

「近くに洞窟があります。もし良かったら、そこまでご案内します」


 ……森の中の岩山。

 そこに張り付く坂道を上がるのは大変だったけど、洞窟は思ったよりも大きく、七人とヤクと台車を入れ、荷物を干しても十分な広さがあった。

 それに、風の吹きだまりのようで、乾いた落ち葉や枯れ枝が奥の方に山になっていて、焚き火の燃料に困らなかった。


 それだけではない。

 女の子の持ってきた麻袋には、乾いた手拭いがたくさん入っていたのだ。

「良かったら使ってください」


 これ以上ない申し出に、ニーナは女の子に深く頭を下げた。

「本当に助かったわ。何とお礼を言ったらいいのかしら」

「いいえ……こちらこそ、あんな断り方をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「事情は十分に分かってるわ。私たちを信用してくれて、本当にありがとう」


 エインヘリアルの存在さえなければ、村々の交流が盛んになり、この世界の人々はもっと豊かに生活できるだろうに。

 俺は憤りを覚えた。


 体を拭き、乾いた敷物に寝かされたファイは、少し気分が落ち着いたようで眠りについた。

 俺たちはできるだけ装備を外し、焚き火の周囲に並べて乾かす。

 ファルコンも、寝そべったヤクの角にとまって羽を干していた。


「これ、滋養強壮(じようきょうそう)に効く薬草です。彼が目を覚ましたら、スープにして飲んでください」

 女の子が差し出した乾涸びた木の根っこみたいなのを見て、チョーさんが声を上げた。

「アイヤー! こりゃあオタネニンジンね! 凄く珍しいアルよ」

 気の早いチョーさんが、さっそくスープ作りに取りかかる。


 女の子の名前は、マヤ。

 黒々とした髪を三つ編みにし、花の刺繍(ししゅう)のされたワンピースを着ている。北欧の民族衣装みたいな雰囲気だ。

 けれど服装からは、彼女の武器や能力(スキル)を推察できない。


 するとマヤは、肩に提げた毛糸編みのポシェットから、小さな植木鉢を取り出した。

 両手に納まるくらいの素焼きのもので、中がモヤモヤと光っている。

「私、植物使いなんです。と言っても、思ったような植物を生やせなくて。何度も試していると、オタネニンジンとか、珍しいのもたまに出ます」

 ……なるほど。


 お世話になったお礼にと、アニが昨日採った梨やウサギの毛皮を渡す。

 彼女は頭を下げて受け取ったのだが、なぜだか帰ろうとしない。


 それにバルサが眉をひそめた。

「どうしたんだ? 俺たちに何か用があるのか?」

 ……たしかにそう考えなければ、赤の他人にここまで親切にしてくれた理由が分からない。


 マヤはしばらくモジモジとしていたが、やがて意を決したように顔を上げた。


「あの……」

「何だ?」

 マヤは、不安げな目をバルサに向けた。


「旅の途中で、お兄ちゃんを見ませんでしたか?」

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