(3)治癒者《ヒーラー》と勇者《ブレイブ》
――死ぬ。
そんな物騒な事を、こんなにあっけらかんと言うのはやめて欲しい。しかも笑顔で。
俺はキョドった。
「ししし死ぬって、さっき言ったじゃないスか、俺ら、もう一回死んでるっスよね。なのにまた死ぬんスか? おかしくないスか?」
「この世界での死は、魂の消滅。生き返る望みが断たれる、って事だ」
バルサが呆れたように言った。
「さっき言っただろ。『試練』なんだから、それなりのリスクはある」
それからバルサは、俺の姿をまじまじと見た。
「ところで、おまえの武器は何だ?」
……武器?
そういえば、バルサは聖剣みたいなゴツい剣、ニーナは変わった形の杖を持っている。
しかし、俺は何も持っていない。
どこかでもらえるんだろうか?
すると、ニーナが首を傾げた。
「転生した時に持ってなかった?」
「……へ?」
「私、この世界で気付いたら、もうこの格好だったわよ」
と、ニーナはローブの裾を持って見せた。
「俺も」
バルサが肉の袋と一緒に担いだ聖剣の鞘を示す。
「エクスカリバーを持ってこの世界に来たから、俺は勇者と名乗ってる」
「エクスカリバー、ね……」
ニーナが苦笑する。
「その剣に名前なんてあるの?」
「あるさ。俺が決めたんだ。聖剣エクスカリバー。それっぽいだろ」
「どうだかねー」
言われたバルサがムッとする。
「そう言うニーナだって、その杖をカドゥケウスと呼んでるだろ」
「ええ、そうよ。螺旋の蛇は平和と医術の象徴。ピッタリよ」
と、ニーナは杖を顔の前に掲げた。
二匹の蛇が絡み合った先に、天使みたいな翼が付いている。
その間に、白い石。
「光の魔法を使えるの。直接の攻撃はできないけど、敵を攪乱したり、仲間の能力を高めたり、傷を治したり。いわゆる治癒者ね」
そこでニーナは立ち止まった。
「君、本当に武器、持ってないの?」
……その真意を理解して、俺は青ざめた。
オークから逃げ回っているうちに、落としたかもしれない。
ニーナとバルサも顔を見合わせた。
だいぶ歩いたし、道も目印もない草っ原。
どこをどう逃げたかなんて、全く分からない。
ニーナはまじまじと俺の格好を眺めた。
「服装から武器を推測しようと思ったけど、君の、何?」
そこで俺は、改めて自分の着ているを確認した。
……いつも履いているヨレヨレのジーパンに、スポーツメーカーのロゴ入りのジャージ。足元は白のスニーカー……だいぶ土で汚れてはいるが。
とにかく、転生前――トラックに轢かれる前の格好と、全く同じなのだ。
「…………」
なんで俺だけ、勇者や魔法使いみたいな、いかにもファンタジーな格好じゃないんだ?
それに、武器とは?
ニーナは顎に手を置いた。
「もしかしたら、ファイみたいな超能力者?」
「ファイ?」
「村で一緒に暮らしてる仲間。彼みたいに、武器を使わない能力持ちって可能性もあるけど……」
バルサもニーナと並んで俺を見る。そして、
「それはないな」
と言い切った。
「ファイみたいな、何というか、頭の良さを感じない」
「何でだよ!」
憤慨する俺を見て、ニーナが何かに気付いたようだ。
「……何、これは?」
と、ジャージのポケットから何かを取り出す。
――と、それと一緒に、細長いものが転がり落ちた。
それを拾い上げ、まじまじと眺めた俺は声を上げた。
「……ボールペン……?」
百円ショップなんかでも売ってる、ごくありふれたノック式のやつだ。
……ただこれは、俺が普段使っているものではない。見覚えのないもの。
「これは紙切れね。四角いマスが描いてあるわ」
ニーナの手にあるのは、しわくちゃに折り畳まれた原稿用紙だ。ニーナは(多分)外国人だから、原稿用紙を知らないのだろう。不思議そうに眺めている。
だが、原稿用紙なんて夏休みの宿題にしか使わない。
俺が(素人)作家だと言っても、今どきはスマホ執筆だから、原稿用紙なんて家にない。
見覚えのないボールペンと、原稿用紙。
これは一体……?
「…………」
言葉がなくても、ニーナとバルサの表情で理解した。
――俺の武器が、これなのだ。
「嘘だろ……」
もう少し、何というか、実用的なものはなかったのか。
ボールペンと原稿用紙で、どうやってオークから身を守れと?
ニーナもバルサも、俺と同じ気持ちだったのだろう。
「ま、まあ、武器は人それぞれだから、ハズレもあるわ……」
同情を込めた視線が、俺に降り注がれた。