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底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅰ章 ストランド村編
20/55

(20)策略

 これほどの絶望を、バルサは味わった事がなかった。

 何なら、自分が死んだ時――妻子もろとも、通り魔に殺された時よりも深い絶望が体の隅々まで支配して、少し気を抜けば、エクスカリバーを取り落として地面に崩れ落ちそうだった。


 ……メフィストフェレスが、この場にいる敵、全員の魂を支配している。


 この世界での体は、世界(ヘルヘイム)――つまりは、女神ヘルに与えられた借り物。それが著しく損傷し使えなくなれば、魂は消滅し、体は世界に返される。

 だが、魂が消えないよう、人形師(パペッティア)が取り上げているから、どんなに傷付こうとも体は消えないのだ。


 バルサたちは、不死者の軍団を相手に、無駄な抵抗をしていたに過ぎない。

 そして意気揚々と、敵を自陣の内に放置していたのだ。


 これが絶望でなければ、何なのだ。


 とはいえ、唯一の救いは、一人だけでも逃げられた、という事だろう。

 そう思わなければ、己の無力さに打ちひしがれてしまう。


「ワタクシのオモチャとしては、あんたたち、まあまあだったわ。でも、ワタクシの可愛いファウストちゃんに傷を付けたのは許せないの」

 赤いシルクハットの下で、メフィストフェレスの目が光った。


「全員、ミンチになってもらうわ」


   ____________

    【        ||

    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 ――その頃、状況も分からないまま、俺はひたすら、原稿用紙と格闘していた。


 〖突然大地震が起きて、侵入者たちは驚き逃げ出した。〗


 【この世界に地震という概念はありません。】


 〖空から隕石が落ちてきて、化け物の頭に当たって死んだ。〗


 【物語として無理があります。】


 〖敵が全員心臓発作を起こす。〗


 【無理がありますぎます。】


「あー! もうどうすりゃいいんだよ!」

 現れては消える赤ペンの文字に、俺は頭を抱えた。


 ただでさえPVが一桁以上いった事がなくて、感想が来たと喜べば『展開に無理がありすぎ、クソつまらん』だった俺に、この状況を打破する()()を書けって方に無理がある。


 ……でも、俺が何とかしなければ、ファイやバルサだけでなく、全員の命がない。

 唯一の救いは、俺の存在が敵に知られていない事。

 モタモタしていて、みんながやられてしまったら、そのうち俺も見付かるだろう。

 その前に何とかしなければ。早く……!


「クッソ! 焦れば焦るほど何も浮かばねえ!!」


 こんな時はどうする?

 執筆に行き詰まった時、どうすればアイデアが浮かぶ?


 気分転換の散歩? いや、それはまずい。

 諦めてゲーム……やってる暇なんかない。

 何か食う。ポケットの中には……何もねえ!


 クシャクシャと頭を搔きむしり、俺はふと思い出した。


 自分の過去作を読んでると、これ以上面白い話ある? っていう、謎の自信が湧いてくる時がある。

 それで、いいアイデアが浮かぶ事も。


 現状の場合、「過去作」とは、()()()()の動きを見直す事ではないか。

 登場人物がどう動いてきたかが分かれば、次の動きが見えてくるかもしれない。


 そう思い、俺は小屋の陰に走った。

 そっと壁から顔を覗かせ、だが俺は絶望した。


 ――全員、なんか知らんけど、敵に捕まってる。


 いや、アニだけは、一応自由の身ではあるようだ。でも仲間たちを人質にされているから、手も足も出ない様子だ。

 それに、さっきエドやチョーさんやバルサが倒したはずの奴らまで、なんか知らんけど生き返ってる。


 ……落ち着け、俺。この状況を動かす物語を考えるんだ。


 それには、敵の数と位置、能力を把握する必要がある。

 例えば、ファンタジーバトルものの定番パターンだとどうなるか。


 まずボスは、あの化け物――の隣にいる、赤い服の痩せた男、あいつだ。

 確か、化け物の名前はファウスト。赤服男がそう呼んでた。

 なら、あの風貌から、赤服男の名はメフィストフェレスとしておこう。

 とすると、メフィストフェレスがファウストを操っている。言わば、人形使いだ。

 ――そう考えれば、死んだはずの兵士たちが生き返っているのにも説明がつく。

 こいつら全員を、メフィストフェレスが操っているんだ。


 ならば簡単。

 メフィストフェレスさえ倒せば、この場面は終わる。

 ……と思わせておいて、多分奴は、何か仕込んでいるに違いない。


 ――ならば、俺がやるべき事は、()()使()()()()()()()()()()()()()()


 それには、どんな『物語』を展開させればいいのか?


 俺は村の様子を見渡した。

 それに使えそうな物は……。


 ――ふと思い浮かんだアイデアを、だが……と一旦白紙に戻そうとする。

 あまりに無理がありすぎる。絶対に『ご都合主義』と批判されるやつ。

 だが、可能か不可能かと言えば、不可能ではない気がする……ミステリー漫画のトリック程度には。


「…………」


 何度も脳内をリセットしようとするが、その度に同じアイデアが浮かんでくる。

「あーもう!」

 俺は心を決めた。こうなったら、書いてしまわないと頭から離れないのだ。

 一度原稿用紙に書いて、赤ペンにボツにされれば諦めがつくだろう。


 俺は切り株に戻り、とりあえず浮かんだアイデアを書き綴る。何度か書式間違いや誤字脱字でハネられたが、最後まで書き切ると――文字が光ってスッと消えた。


「…………え?」


 マジか!?

 俺は焦った。

 ――アレを実行するには、俺の役割が重要だからだ。

 そして空を見上げる。


 地平線に消えようとする陽光を受けて、山に湧き出した分厚い雲が不気味に光っていた。

 ――もう、物語は始まっている。やるしかない!


 俺は、ボールペンと原稿用紙をポケットに収め駆け出した。

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