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底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅰ章 ストランド村編
2/55

(2)試練の地・ヘルヘイム

 ――た、と思った瞬間、俺の体は(まばゆ)い光に包まれた。

 あぁ、これが本物の「死」なのか……。

 そう悟ったところ。


「グヒッ!」

 変な叫び声。オークのものだ。


 そして、すぐ後ろに迫っていたはずの足音がピタリと止まる。


 ……いや、もしかしたら、天国へ転送される最中なのかもしれない。

 その割に、草のチクチクが生々しいが。


 そう思いながら、恐る恐る顔を上げると、俺のすぐ頭上を何かが飛び越えた。


「…………!?」


 それは、西洋甲冑(かっちゅう)みたいな装備に赤いマントを着た男だった。


「オラアアアアア!!」

 と叫ぶと、両手に構えた聖剣――よく知らないが、そう呼ぶのが一番相応(ふさわ)しいようなゴツい剣――を、オークの頭上めがけて振り下ろす。


「…………!」


 形容し難い音に続き、血飛沫。

 オークの巨体がゆらりと揺れて、草の上に倒れた。


 ……まじか。

 ドクドクと流れる血を眺めて呆然としていると、甲冑男が振り返る。

 そして、大きく手を振って声を上げた。


「ニーナ、村への土産を確保したぞ」


 俺は戸惑った。

 俺はニーナなんて名前じゃないし、そんな大声で言うほどの距離じゃない。

 ……それに、誰だ、こいつ?


 すると男も、(いぶか)しそうに眉をひそめた。

「誰だ? おまえ」


 それは俺が聞きたい。

 とはいうものの、返り血を浴びて血まみれの剣を持った大男に、舐めた口を利くような度胸は俺にはない。

 できるだけ丁寧な態度(ビビりながら)で俺は答えた。


「あー、多分、転生者っス」

 

 転生者と名乗れば、この世界に詳しくなくてもおかしくないし、特別扱いしてくれるだろう。

 「転生者さま」と奉られて、可愛い女の子たちに頼りにされて……。


 しかし男は驚きもせず、

「ふーん」

 と言って、オークの解体を始めた。


 ……解体である。

 文章にするのを躊躇(ちゅうちょ)するような工程で、オークが肉になっていく。


「…………」

 言葉も出せずに呆然とそれを見ていると、突然頭の上から声がした。


「あら、見かけない子ね」


 情けなくも、俺は「うわっ!」と飛び上がった。

 そして声の方に顔を向ける。


 ――そこで、俺は心の中でガッツポーズをした。


 ヒロイン登場!

 まさに、そう形容したくなる美女が、俺を覗き込んでいたのだ。


「転生者だとよ。新入りだろ」

 作業をしながら男が言った。すると美女はニコリとして俺の顔を見た。


()()新入りさん? でも、良かったわね、オークに食べられなくて」


 ……随分と物騒な話だ。

 だがそれよりも、俺には気になる事があった。


「……()()?」

「あー、来たばかりじゃ分からないわよね」


 美女は手を伸ばして草っ原を示す。

 そして、こう言った。


「ここはね、()()()()()()()()()()()()なのよ」



   ____________

    【        ||

    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



 美女はニーナと名乗った。

 甲冑男と一緒に、この世界で旅をしてるらしい。


 年齢は二十代前半くらい。

 緩やかにウェーブするブロンドの長髪に、翼を象った髪飾りを付けている。

 襟元の詰まったローブの胸元に十字のペンダントが揺れるところは、聖職者のようだ。

 スリットの入った裾からはスレンダーな脚が覗いて、クシュッとしたブーツを履いているところが何とも可愛い。


 ……だが、ニーナが甲冑男を「夫」と紹介したものだから、百年の恋は一瞬で醒めた。


 甲冑男の名はバルサ。


 歳はニーナより少し上か。

 西洋甲冑と言っても、プレートアーマーみたいにゴツいやつではなく、体にフィットした、言うならば、RPGの勇者が装備してそうなやつだ。

 シックスパックの腹筋が甲冑の隙間から見えていて、日焼けした肌と合わせて(たくま)しさが半端ない。

 それが、逆立った黒髪と赤いマントをなびかせて草原を闊歩(かっぽ)する様は、悔しいがカッコいい。


「君の名前は?」


 ニーナに聞かれ、俺は少し迷った後、こう答えた。


神代(かみしろ)、ヘヴン――ッ!」


 右手で顔を覆い、足を軽く広げる。そして身を捻りながら左手を頭上に掲げる。


 ――自作小説の主人公の決めポーズである。

 本名のダサさに自覚があるから、せっかくの異世界、好きな名前でいこうと思ったのだが……。


 二人は振り返りキョトンとした。そして、

「名前が長いな。ヘヴンでいいだろ」

 とバルサが言うと、再び歩きだす。

「……はい」

 俺は大人しくついて行くしかなかった。


 彼らは、とある村を起点に、あちこち旅をしているようだ。

 一人でこの世界の攻略はかなり危険だから、とりあえずその村に案内してくれるらしい。


 ――ニーナの話では、ここは、「ヘルヘイム」。

 「現世に強い執着を持って死んだ者が、再び生き返るための試練を受けるための世界」という。


 だから、この世界の人間は、全員転生者、という訳だ。

 ……俺は、何の特別感もない存在だった。


「この世界にポンと放り出されて、いきなりオークに襲われて試練終了、って人も多いから、君は運が良かったよ」


 オークの肉を入れた皮袋を、三人で手分けして担ぐ。

 もちろん、あの巨体を全部持ち帰るわけではない。モモやロース、ヒレなんかの、肉として食べやすい部分を切り分けたものだ。

 ……この世界でオークは、豚の扱いのようだ。


 それにしても、この二人がたまたま通りかからなかったら。

 ニーナが光の玉を飛ばしてオークの目眩(めくらま)しをしてなかったら。

 バルサが一撃でオークを仕留めるほどの剛腕じゃなかったら。

 今頃、俺は……。


 と思い至り、俺はニーナに聞いた。

「……試練終了、って?」


 ニーナはニコリと答えた。


「死ぬ、って事ね」

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