(17)それぞれの戦い
ジリジリとエドが後退する。と同時に槍兵が前進してきた。
このままではまずい!
すると、屋根の上から声がした。
「おめえ、あるんだろ? 雨を降らせるようなすげー能力が」
アニだ。連携して前進する槍兵の足を弓一本で止める事は無理だから、彼女も焦っているようだ。
俺はジャージのポケットから、ボールペンと原稿用紙を取り出した……だが、こんな時に何を書けばいいのか分からない。
俺が動けずにいると、アニが声を飛ばす。
「オレがおめえを守る! だからおめえは、死ぬ気で村を守るんだ!」
アニは弓を略奪者に向けた。
――落ち着け、落ち着くんだ。
俺は無理矢理深呼吸をして、小屋の影から中庭を覗いた。
エドがゆっくりと後退し、槍兵が完全に門の中に入ったところで、光の弾が破裂した――ニーナの魔法だ。
建物に隠れ、エドの退路を計っていたのだろう。
目眩しを受けた槍兵に対し、だがエドは前進した。
……と同時に、鐘楼から飛び降りる白い影。
「アチョーーー!!」
分かりやすい奇声と共に、槍兵の頭上でカンフーが炸裂する。
「料理されたいは誰アルか!」
チョーさんの気合いの入った着地ポーズで砂煙が上がる。
その手にあるのは、麺棒。麺や中華まんの生地を伸ばす、あの棒だ。
だがこれは、ただの麺棒ではない。
「ハアーーッ!」
と一声上げてブンブンと振り回せば、たちまち槍より長くなる――如意棒なのだ!
「知ってる? アタシ、肉のミンチも得意なの」
満面の笑みを浮かべたエドの手に、再びハサミが光る。
エドとチョーさんの連携で挟み撃ちにされたら、槍兵たちはひとたまりもない。
一気に防衛線が門にまで引き退げられた。
「……すげー……」
俺はボールペンを握ったまま、呆然とその様子を眺めた。
もしかしてこれは、俺の出る幕もなく、撤退してくれるんじゃ……。
だが、そうはうまくいくはずはなかった。
門の外から、矢の一斉射撃が見舞われたのだ。
「――――!」
エドが腰に被矢し、よろめく。チョーさんが咄嗟に彼を支えて調理場に逃げ込んだ。
自室に身を潜めていたニーナが、建物に隠れるようにそちらに向かうのが見えた。治療に行くのだろう。
「チクショー! 何とかならねえのか!」
弓兵に狙い撃ちされ、屋根の傾斜に身を隠したアニが俺を睨んだ。
俺は跳ねるように、薪割り用の切り株に走った。そして原稿用紙を広げる。
とにかく、やれる事をやらなければ。
俺は思い付くままに文字を綴った。
〖略奪者は諦め、帰っていった。〗
だが、無情に赤ペンは告げる。
【現状に対し無理があります。】
原稿用紙がまっさらになるのと同時に、俺の頭の中も真っ白になった。
そこにアニが叫ぶ。
「――コスモおお!!」
俺は飛び上がり、建物の隙間に顔を出した。
ニーナと一緒に隠れていたのだろう。
星野コスモが中庭を進んでいく。
「ダメだ! 戻れ!」
アニの悲鳴も虚しく、第二射が彼女を襲う。
……と、中庭中央の円テーブルが立ち上がった。ファイのサイコキネシスに違いない。
テーブルは矢を防ぐとバタンと倒れ、次の瞬間、声が響いた。
「マジカル☆キラキラ・シャイニングスター♪」
ステッキの星から虹色の閃光が迸る。
第二射と同時に門内へ侵入しようとしていた盗賊たちが、それをまともに喰らった。
「キラキラマジックでキラリンラーン♪」
盗賊たちはくるくると回りながら踊り出す……俺には分かる。星の妖精の踊りだ。
俺もコスモのスキルを受けた時にああなったのか……と思うと、赤面を抑えられないような光景だ。
門の外で構えているはずの弓兵も、踊る男たちが盾になり、第三射が撃てないようだ。
――そこに飛び出したのはバルサだ。
盾になる盗賊を選り残し、無抵抗な盗賊たちを次々と斬っていく。
残酷なようだが、コスモのスキルの有効時間には限りがある。その間にできるだけ敵の数を減らすのは、理に適った行動だろう。
その隙に、アニは移動した。
素早く鐘楼に駆け上がり、塀の外の弓兵を狙い射ちする。
弓は、上からの攻撃の方が圧倒的に有利だ。視野が確保できるだけでなく、重力で勢いが相殺されないからだ。
案の定、反撃の矢がアニを狙うが、鐘楼にまでは届かない。
俺は胸を撫で下ろした。
これならば、何とかなる……。
――だがその希望は、激しい破壊音に打ち破られた。
ドーン!
それは、調理場の裏からだった。
慌ててそっちに向かい、俺は目を疑った。
――丸太の杭を打ち込まれた塀が、無残に破られている。
ドーン!
再度上がった土煙で、俺は事態を把握した。
――鎖で振り回された巨大なモーニングスターが、まるで割り箸を折るように、塀を形作る丸太を粉砕していく。
そして、何度目かの攻撃の後、その主が姿を現した。
転生初日に出会ったオークよりもふた回りは大きな男が、首輪から垂れた鎖をジャラジャラと引きずりながら、塀の内側に踏み込んだのだ。