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底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅰ章 ストランド村編
14/55

(14)スニフの家

 日が中天に来たところで昼食を取る。

 チョーさん特製の中華風サンドイッチだ。

 グース肉の唐揚げをチリソースで味付けしたものが、ナンのようなパンに挟んである。

美味(うめ)え!!」

 一口食べて、思わず俺は叫んだ。

「弁当はこれだけだからな。ありがたく食え」


 それからまた歩く。

 日はすぐに西に傾き、木々の下を歩く俺たちの足元は、暗くおぼつかなくなってきた。

「もう少しだ。今晩はそこに泊まる」


 ――すっかり辺りが暗くなった頃。

 俺たちはとある小屋に到着した。


 アニが猟に使ってる小屋かと思ったが、室内に明かりが灯っているところを見ると、誰かが住んでいるようだ。


 アニはドンドンと粗末な扉を叩いた。

「スニフ爺さん! また一晩厄介(やっかい)になるぜ」


 小屋の中は、たくさんのガラクタが積まれて雑然としていた。

 床のわずかに空いている隙間にテーブルが置かれ、傍らの椅子に老人が座っている。


 白い髭にモジャモジャと(おお)われた顔と、対照的なツルツル頭、ヨレヨレの黒いローブ姿は魔法使いのように見える。

 目の病気だろうか、左目が濁っている。もしかしたら、見えていないのかもしれない。


 アニは慣れた様子で室内を進み、腰に巻いた袋からパンを取り出した。

「あいよ、爺さんの好きなチョーさんのパンだ。麦も持ってきたから、(かめ)に足しとくな」

「ほう、それは助かる。じゃが、ついこの間来たばかりなのに、また狩りなのか? 今度は弟子を連れて」


 キッチンらしきところに向かったアニは、俺を振り返る。

「弟子? こんな鈍臭え奴を弟子になんてしねえよ」

「……もうちょっと、言い方に手心はないのかな?」


 トントントン、と包丁の音が聞こえた。アニが料理を始めたようだ。

 知らない家にいきなり連れて来られ手持ち無沙汰な俺は、アニを手伝う事にした。


 横に置いてある芋を洗いながら、俺はアニに聞いた。

「ここはどこ? あの爺さんは誰?」

「スニフ爺さん。転生者だ。能力は魔術師(ウィザード)。武器はそこに立て掛けてある杖。ここは爺さんの家だ」

「そこまでは聞かなくても分かる。アニとあの爺さんの関係を聞きたいんだよ」

「なら初めからそう言え。……狩りの途中で、たまたま知り合ってな。何度か村に誘ったんだけど、年寄りがいては迷惑だと聞かねえんだ」

「へえ……」

「だからこうして、たまに様子を見に来る。死んでねえかなと」


 アニは器用に包丁を使い、刻んだ野菜を水を沸かした鍋に入れていく。

「それと、爺さんの相棒が、オレに懐いててな……」


 アニがそう言った次の瞬間。

 俺は後頭部に衝撃を受けた。そして、髪を引っ張られる痛み。

「痛タタタ!!」


 それを見てアニが笑う。

「ファルコン、そいつは獲物じゃねえ。オレの仲間だ」

 そう言って、布巾を腕に巻いて差し出した。


 そこに、俺の頭からピョンと飛び移る翼――(たか)みたいな鳥だ。

 アニに似た鋭い目で、(いぶか)しげに俺を睨む。


「こいつはファルコン。狩りの時によく借りるんだ」


 アニはファルコンを肩当てに乗り移らせると、再び包丁を持った。

「何でかこの小屋に住み着いてて、爺さんが世話をしてる。頭が良くて、可愛いだろ?」

「可愛い、か……?」

 そう言うと、ファルコンに「キーッ」と威嚇(いかく)されたから、それ以上言うのをやめた。


 アニは手早くスープを作り、三つの器に注いでテーブルに運ぶ。

 そしてナイフでパンを三等分して、俺と爺さんに渡した。


 適当な木箱に腰を下ろす。

 サクサクの揚げパンを、シンプルな味付けの野菜スープに浸して食べる。

「美味い!」

 もちろんチョーさんには敵わないけど、優しい塩味は疲れた体に染みわたるようだ。

「おまえが料理できるって、意外だな」

 つい本音を言うと、

「うるせえ!」

 と、アニに頭を小突かれた。


 スニフ爺さんは、「歳を取らない」のルール通り、転生した時にはすでに爺さんだった。

「何を望んでこの世界に?」

「さあな。きっと、女神様の勘違いじゃろ」

 スニフは静かにスープをすくう。

「思い出せんのじゃ。なんで死んだのか。死ぬ時、何を願ったのかも」

 でも、それではこの世界に存在する意味がないとなって、「死」を迎えてしまうのではないか?


 そう思ってアニを見ると、彼女も静かにスープを飲んでいた。

 ……多分彼女も、スニフがいつ死んでもおかしくない状況にあると思っているのだろう。だから、頻繁(ひんぱん)に様子を見に来るのだ。


 部屋の隅で、ファルコンも食事中だ……散らかった部屋を走り回る、ネズミに似た小動物。

 彼がこの小屋に居着くのは、それが目的かもしれない。俺は思った。


 食事が終わると、部屋の隅のハシゴで屋根裏に上がる。

 そこはガランと何もなく、壊れた窓から月明かりが()していた。

 傾いた窓枠にピョンと乗ると、ファルコンは目を閉じる。


 俺はアニと並んで、床に敷かれたヤクの毛皮に寝転んだ。


「…………」


 アニと並んで寝る状況など、想像してなかった。

 チラッと彼女に目を向けると、アニは天井を眺めたまま呟いた。


「オレな、生きてる頃は山賊をしてたんだ」

「…………」

「捨て子だったのを、山賊団に拾われてな。体が小さいし、女だし、料理番をさせられる事が多かった。料理番は、食料の調達もしなきゃならねえ。だから、弓を覚えたんだ……当然、人も殺した」


 俺とは全く別の世界線で生きてきたのだろう。

 生死が紙一重な生活が、彼女の眼つきをあれだけ鋭いものにしたんだ。

 その目は今は、暗い天井に向けられていた。


「だからこの世界で、良い事をたくさんしないと、現世には戻れないと思ってる。そんな風だから、あんな偏屈(へんくつ)爺さんでも見捨てられなくてな」


 せめて最期は、ひとりぼっちじゃなくしてやりたい。

 それが彼女なりの「良い事」だと、信じているようだ。


「……もしも、だよ」

 アニは顔を動かし俺を見た。

「スニフ爺さんよりオレの方が先に死んだら、おめえが面倒を見てやってくれ」

「何で俺?」

「村で一番暇そうだから」


 アニはそう言って、くるりと俺に背中を向けた。


「明日は早く出る。屋根と床のあるところで眠れるのに感謝して、早く寝ろ」

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