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底辺作家の異世界取材記  作者: 山岸マロニィ
Ⅰ章 ストランド村編
12/55

(12)穏やかな日常

 雨が降ると、中庭の円テーブルは使えない。

 だから天気が悪い時は、チョーさんのところに食事を取りに行き、自分の部屋で食べるのだ。


 門から見て、一番右がチョーさんとエドの住まいを兼ねた調理場。

 その左側は、風呂やトイレ、洗面所がある建物。

 その横が、ニーナとバルサ、コスモが使う小屋。

 その隣のファイの小屋に俺が転がり込み、その左にある鐘楼の下の空間をアニが使っている。


 昼食をファイの部屋に運び、小さなテーブルに並べてファイと向き合う。

 落ち込んでいる俺を励ますように、ファイは笑った。

「仕方ないよ。悪気があった訳じゃないんだから」


 少し濡れた原稿用紙は、ジャージと並べて窓辺に干してある。何度でも書けるとはいえ、濡れていては書けない。


 昼食のメニューは、麻婆豆腐とキュウリ炒め、それと蒸しパンだ。

「麻婆豆腐ならご飯が良かったな……」

「まあそう言わずに。パンをちぎって麻婆豆腐を挟んで食べると美味しいよ」

 ファイを真似してみると、なるほど合う。けれどやっぱり、麻婆丼が食べたかった。


 そうして、自分が今まで、どれだけ恵まれていたかを痛感する。

 当たり前は、誰かの労働によって成り立っている。この村に来てから、よく分かった。


 昼食を済ませた頃には雨は止み、日が出てきた。

 食器を返しに行くと、案の定エドに捕まった。

「片付けが済んだら髪の毛をカットしてあげるから、付き合いなさい」


 ……屋外美容室という公開処刑である。

 一応、ヘアスタイルにはこだわりがあり、目が隠れる程度に前髪を長めにしていたのだが(校則的にセンター分けにしてはいたが)、エドのハサミに容赦なく切られた。


 完成後、鏡の代わりに水たまりを覗き込む。そこにいたのは、ツーブロックに決めたイケメン。

 正直驚いた。髪型だけでこんなに印象が変わるのか……それに、校則で禁止されている髪型というのはドキドキする。


「ね? 素敵でしょ。アナタ、なかなかイケてるわよ」

 さすが究極の美容師パーフェクトドレッサーである。


 雨のおかげで畑仕事も一段落し、午後はそれぞれ、思い思いに過ごしていた。

 俺が暇を持て余していると、バルサに呼ばれた。

(まき)割りを手伝え」


 この世界で、薪はエネルギーの主力だ。

 大きな切り株に、三十センチほどに切った丸太を置き、バルサは(おの)で器用に割っていく。

 俺は割れた薪を薪棚に運ぶ役だ。


 薪割り場になっている、バルサたちの小屋の裏に、ニーナとコスモの姿はない。

「昼寝中だ。添い寝してやらないといけないからな」

「なるほど……」


 小屋を振り返ると、開いた窓から室内が見えた。

 ……床の敷物で、ニーナとコスモが並んで寝ている。

 ニーナの手がトントンとコスモをあやしている様子は、見ている方も微笑ましくさせる。


 それからしばらく、黙々と作業をしていたのだが、ふとバルサが手を止めた。

「……何か、悪かったな。おまえの武器を役立たずみたいに言って」

「あ……」

「さっきの雨、おまえが降らせたんだってな。正直、驚いた」

 バルサは額の汗を拭って俺を見た。


「もしかしたら、おまえの能力(スキル)は、この世界で最強クラスかもしれない」


 今度は俺が驚く番だ。

「マジすか!」

「ノリが軽いから凄そうに見えないんだよな、おまえは」

 そう言って、バルサは切り株に腰を下ろした。

「おまえも、この世界で恐らく何年かは生きていく事になる。ならば、知っておいた方がいい奴がいる――」


 ――バルサとニーナは、一緒に死んだ彼らの赤ん坊を探し、この世界のあちこちを旅している。

 赤ん坊の転生者の噂を聞いたらすぐに駆け付けるのだが、車も飛行機もないから、場所によっては、何日も、何週間もかかる事がある。


 その間に、目的地である村が襲われて、村人たちが皆殺しになっていた事が何度かあった。


「……エインヘリアル。奴らはそう名乗っている」


 この世界に生きる上で必須の「武器」を、他の転生者から奪って生き永らえる略奪者。その集団である。


「軍隊みたいな組織で村を襲い、武器を根こそぎ奪っていく。奴らの襲撃を受けたら、まず助からない」

「…………」

 背筋に悪寒が走る。バルサのような筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の勇者が言うのだから、その言葉は大袈裟ではないのだろう。


「その盗賊団(エインヘリアル)の首領というのが、とんでもない奴なんだ」


 ――アルファズ。

 全知全能の神を名乗り、転生者の中でも飛び抜けて強力な能力を持つ。


「俺は直接見た事はないが、噂によると、自然現象を自由自在に操るらしい」

「えっ……!」

「おまえのさっきの能力を見て、これはアルファズに匹敵するんじゃないかと、俺は感じた」


 ……いや。原稿用紙に制約があるから、俺の場合、自由自在という訳にはいかない。

 しかし……と、俺は(あご)に手を当てる。使い道によっては、対抗手段にはなるかもしれない。


「とにかくだ」

 バルサは立ち上がり、再び斧を手に取った。

「――転生者の中には、生き返る事を望まず、この世界で生き永らえるのを目的に生きてる奴らも存在するという事は、知っておいた方がいいかと思ってな」


 まあ、頑張れよ、と、バルサは丸太に斧を振り下ろした。

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