(10)円卓の八人②
食事を済ませ、調理場となっている小屋に食器を運ぶ。
流しに置いてシレッと出て来ようとすると、ポンと肩を叩かれた。
――振り返ると、エドが見下ろしている。
「ねえ、まだアタシの自己紹介が済んでないわ。お皿を洗いながら、ゆっくりお話しない?」
エドの本当の名前はエドワード。けれど、いかにもな男名が嫌で、エドと名乗っているらしい。
そして性別だが、職業上、女性っぽく振舞った方が仕事がやりやすいから、というだけで、特に女性と自認している訳ではないようだ。
彼の職業。それは……。
エドが両手を俺に見せる。
――すると、指が変形して、刃物が現れたから俺はぶったまげた。
「シザーハンド。憧れてたの」
そう、彼は美容師。究極の美容師と名乗っているそうだ。
生前は世界大会で優勝するほどの腕前だったと、エドは語った。
「でもね、ハサミと手って別物じゃない? それが煩わしくって。手がハサミになればいいのにって、ずっと思ってたの」
……俺にはちょっと理解できない感覚だ。
確かにエドは、美容師だけあって、イカついけれど清潔感のある美形だ。
緑色の髪を左側だけ編み込みにして、右側はサラリと流している。そして、耳だけでなく、鼻と唇にもピアスがぶら下がる。
細身のジャケットに細身のスラックス。そのあちこちにチェーンがぶら下がったパンク風だが、絶妙にスタイリッシュに見えるのは、イケメンだからだろう。
「アナタ、素材は悪くないから、もう少し脇をスッキリさせれば小顔に見えるわよ。後でカットしてあげるわ」
と、彼はハサミを指に収納し、何事もなかったかのように皿洗いを始めた……手の仕組みが全く理解できない。
俺はエドが洗った皿を拭いて、棚に戻していく。
作業中も、エドはとにかくよく喋る。バシャバシャと水桶で汚れを落としながら、自分の話をずっとしている。
「チョーさんったら酷いのよ。ハサミでネギを刻むのを手伝えって言うの。ネギなんて切ったら錆びちゃうじゃない」
すると、部屋の奥から返事があった。
「ネギ、体にいいネ。中華四千年の歴史、薬草アルよ」
……名乗らなくても分かる。
料理人のチョーさんだ。
静かだから、存在に気付かなかった。
声の方に目を遣ると、調理台の前で黙々と豆のさやを剥いている。
クシュッとした特徴的な帽子に、詰襟の服。長く整えた口髭が漫画のキャラみたいだ。前掛けのシミが、料理人の勲章という感じに風格がある。
エドは俺に耳打ちした。
「料理人は座って食べるモンじゃないって、ずっと調理場から出て来ないのよ。だから、席だけは用意してあるけど、みんなとは食べないの。ちょっと偏屈だけど、悪い人じゃないわ」
チョーさんは目にも止まらぬ早さで、さやから豆を出していく。
「豆腐作るネ。皿洗い終わたら手伝うアル」
「はいはい、分かったわよ……チョーさんの手伝いは、慣れないと大変だから、アナタはもういいわ。多分みんな、裏の畑でお仕事してると思うから、そっちを手伝って」
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畑は、門から見て建物を挟んだ奥、山の麓に広がっているようだ。
そこへ向かう途中、建物の脇でアニが何かをしていた。
……それが、首の長い水鳥の羽根をむしり取る作業だと気付いて、俺はギョッとして立ち止まった。
俺に気付いて、アニが振り向く。
「何だよ?」
「……あ、いや、何してんのかな、って……」
「昨日狩ってきたグースの羽根をむしってんだよ。羽毛は上等な布団になるから、いい物と交換できるんだ。肉も美味いし、無駄がない」
案外普通に喋れるんだな。そう思った次の瞬間、アニはキッと目を吊り上げた。
「突っ立って見てるんなら、おめえも手伝え!」
アニの目の前に、グースと呼ばれたガチョウみたいな鳥が四羽、投げ出されている。
……鳥の羽根をむしるなんて初体験だ。もっと言うなら、死んだ鳥を触るのだって、これまでの人生で初めてだ。
恐る恐る首を掴んで「ヒイッ」と思ってる間にも、アニはどんどん作業を進めていく。
「むしった羽根は、こうして布の袋に詰めていく。風が吹いたら飛んでいってしまうし、よく乾かしてから片付けないと臭いからな」
羽毛を詰め終わったら、紐で縛って日当たりの良い場所に干す。布団一枚にするには、百羽ものグースが必要らしい。それだけ貴重なのだ。
羽根を剥いだグースはチョーさんに預ける。日持ちするように燻製にしたり、うまくやってくれるらしい……逆に、下手に手を出すと怒られるので、食事に関する一切は、チョーさんに任せてあるようだ。
再び調理場を出た俺は、今度こそ畑に向かった。
そして、目を見張る。
建物の裏には、緑の山々を背景に、金色の穂を垂れる麦畑が一面に広がっていた。