とある街で
『こんばんは、ずいぶんと深い所で眠っていたのね。』
女が俺に話しかける。
わずかな月明かりしかないがどうやら若い・・・幼いように見える。
・・・。
何で俺が目を覚ましている?
『・・・? 声が出せないのかな?』
俺が死んだのは間違いがない、今もはっきりと覚えている。
当然と言えば当然だ。
心臓に短剣を突き刺したのは、他ならぬ自分だからだ。
『掘った穴を埋めなきゃいけないから起き上がってくれる?
あ、耳が聞こえていないのかな?』
この女は何も恐れず細い腕を伸ばしてくる。
状況を考えれば、この女が俺を起こした張本人か?
生き返ったことは信じがたいが、細かい事は後でいい。
何をどう考えるべきか?
『立ち上がったって事は聞こえてはいるのかな?』
まず、考えるべきは生き返らせた方法じゃない。
俺を生き返らせる目的だ。
なぜ俺を、どう利用するつもりだ?
人に利用されるのは御免だ、性分に合わん。
この女の目的が分かるまでは、不用意な発言はするべきじゃない。
『この穴を埋めるのを、迷惑じゃなければ手伝ってほしいのだけど。』
言われた通りの手伝いをして、様子を伺うべきか。
しかし、自分の墓は掘ったが、埋める事にもなるとは人生とは面白い。
この体は何の問題も無く動く。
心臓を貫く剣の痛みも無いどころか、むしろ生きていた時より調子がいい。
まるで俺の体という乗り物に乗っているかのようだ。
『これくらいで大丈夫だと思うわ。
あまり人が来るところでもないし。
さぁ、行きましょう。』
俺に当たり前のように背を向ける。
俺は強くない・・・それでも、俺が殺そうと思えば殺せる。
まずこの女は俺の手足の自由を奪わなければならないはずだ。
その考えに至らないほど愚かな女なのかというと、そうは見えない。
俺の不用意な行動を止めるような、何かがあるのか?
『はい、あなたへのお手紙を渡しに来たの。』
女の書いたような文字で俺の名前が雑に書いてある、この女が書いたのか?
いや、手紙の差出人には懐かしい名前だ。
それなら、あいつの嫁?
自分で書かずに嫁に書かせるとは、病で床にでも伏せているのか?
『心配しなくても大丈夫よ。
封はしてないけど、中身は読んでいないからね。』
文字が読みにくいのは何も月明かりを頼りにしているだけではなさそうだ。
おぼつかない文字で、言葉使いもめちゃくちゃ、所々インクがにじんでいる。
・・・。
まぁ、あいつからの手紙には間違いなさそうだ。
「お嬢ちゃん、この手紙はいつ書かれたんだい?」
『ふふ・・・驚いたわ、話せたのね。
そうねぇ、ふた月くらい前に書いてくれたわ。』
手紙の内容、死者を生き返らせるっていうのは信じられる。
俺が生き返ってんだからな。
だが、この女を助けてほしいと書いた事が信じられん。
この俺に、頼るのか。
よりにもよって、この俺に。
「そうか、あいつとは久しく話してなかった。
あいつは今も元気にしているのか?」
『歩き疲れたみたいで眠ってしまったわ。
お家の中で寝ればよかったのに、外で寝てしまったの。』
生き返った者にも終わりが来る、当然と言えば当然か。
それなら、何か条件はあるのか?
この女は死者の・・・俺の行動に何か関与ができるかもしれん。
だから簡単に俺に背を向けたんじゃないだろうか?
「まったく、静かにベットで眠ればいいものを。
あいつは昔から変わった奴だったからな。。」
もしかすると生き返らせた死者の心を読めているのか?
いや、それよりも、何の見返りも求めず奴を生き返らせる目的が分からない。
この女は頭がイカれているのか?
いったい何を考えている?
『そうだ、あなたが助けてくれるって言うから探したのよ。』
俺に関しては利用する価値があると思って生き返した。
そっちの方が分かり易くていい・・・が、面白くはない。
しかし、断れば即、意識が途切れるかもしれない。
いや、奴隷のように生き続けるより、そっちの方がマシかもしれない。
「何に困っているんだい、お嬢ちゃん。」
さすがに俺の頭を整理しなくちゃならない。
今はただ、時間が欲しい。
・・・日和見と行こう。
俺が決めるんじゃなく、流れに身を任せる。
『私は困っていないんだけど、友達が困っているの。
近くの村なんだけど助けてくれないかしら。』
今、多くの質問をしたところで得られるものは何もない。
どんな答えを聞いたところで真実かどうか判断する材料がないからだ。
この得体の知れない女を信用するなど論外だ。
「小さなレディの願いを叶えるのが紳士の務めでございます。
何なりとご用命下さい。」
俺に用を頼むのなら、この体はじばらく朽ちる事もない。
それなら、ゆっくりと事を進める。
生き急ぐと碌なことにならない・・・いや、ならなかったからな。
『ふふ、あなたって冗談くらい言えるのね。
もっと怖い人かと思っていたわ。』
・・・。
確かにその通りだ。
こんな道化のごとき言葉を使ったことなど無い。
なぜだ?
「知らないのですか? 一度死ぬと心に余裕ができるのです。
ちょうど刺さっているこの剣の隙間くらい。」
「おい、寝ていたら起きろ。
起きたら扉を開けろ。」
フードをかぶった顔色の悪い男が夜中に扉を叩いている。
遠慮なく、力を入れて叩いていると静かに扉が開いた。
そこには眼鏡をかけた大男の司祭が立っていた。
「・・・生きていたのか。」
司祭は無表情で静かに話しかける。
「俺がただで死ぬと思うか?
地下に潜っていただけだ。」
フードをかぶった男は得意げに話し続ける。
「金が要る。貸してくれ。」
何も言わず大男は部屋の闇に消えていった。
しばらくして音もなくゆっくりと現れ、何かが入った袋を持ってくる。
その袋の大きさを見てフードをかぶった男が戸惑う。
「おい、そんな大金だと嫁さんに怒られるだろ。
もっと減らしてくれ。」
大男はしばらく何も答えず立ち尽くすと、口を開く。
「心配はない。
神の元へ旅立った。」
男は驚きの表情を見せると、小さな声で「そうか・・・」と答える。
月明かりが辺りを優しく照らすと、虫の音がそれに優しく答えていた。
・・・
ばつが悪そうに男は口を開く。
「金を返す当ては一切ない。
いいのか?」
大男は少しだけ口元を緩めると何も言わず金の入っているであろう袋を渡す。
一言だけ言葉を足して。
「それなら、人を探してほしい。
死人を生き返らせる女の子だ。」
男は小さく笑うと大男に背を見せ、胸元から何かを取り出している。
「神を冒涜するその女を捕まえて見せよう。
約束として、この短剣を渡す。
言っておくが、俺にとって価値があるだけで売っても大した価値はないぞ。」
大男は少し笑いながら頷いている。
「やっと胸のつかえもとれた。
いい報告を期待しておけ。」
男は背を向け歩いて行くと、小さな声で呟いた。
「しかし、神の下僕は面白い事を言う。
お前らは死者を生き返らせる奴をこう呼んでいたはずだ、神と。」
『もう用事はすんだの?』
「ああ、金が手に入ったからな。」
『ふふ、何を買うのかしら?』
「お嬢ちゃん、大人は金をあらかじめ用意しておく。
時には情報になり、時には時間になるからだ。」
『でも、返すのは大変そうね。』
「借りた金を返そうとする奴なんざ一生成功しない。
利子だけ払って黙らせる。」
『ふーん、そうなのね。
でも、その利子は払わなくではダメなんでしょう?』
「安いもんさ。
死者を生き返らせる女を探せばいい。」
『あら、そんな人がすぐに見つかるといいわね。』
「なかなかに難しそうだ。
なにせ俺はまだ一度も見たことが無い、人が生き返った所をな。」
『きっとすぐに見れるような気がするわ。』
「嬉しい事を言ってくれる。
それなら逃げないように手足を縛る紐でも用意しておこう。」
『ふふ、きっと必要ないわ。』
「そうか。
どちらにしろ、先の約束が終わってからの話になる。
まずは、どこぞの村の者を手伝うとするか。」
『よろしくお願いします。
場所は知っているのよね?』
「ああ、よく顔を出していた村だからな。」
『そうしたら、この道でお別れね。
また会える時を楽しみにしているわ。』
「ええ、ご期待に添えるように努力いたします、小さなレディ。」