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天使と夢の記憶

作者: 猫藤涼水

※小説ではなく台本です。

 『天使と夢の記憶』



○登場人物

●セレナータ・カリテス(16)

 アカデミーに通う熾天使級女神候補生。

●シンジ・タマハガネ(18)

 アカデミーに通う大公級騎士候補生。

●モーネ・ヴァルキュリア(16)

 アカデミーに通う熾天使級女神候補生。

●アマツヒ・ミハシラ(14)

 アカデミーに通う熾天使級女神候補生。

●ディエゴ・ナウィ・オリン(15)

 アカデミーに通う大公級騎士候補生。




セレナータ「(N)たまに不思議な夢を見る」


  人々の足音やクラクション、車の走行音。路面電車の走る音など。


セレナータ「(N)空港から地下鉄でやってきた観光客の一団がシンタグマの広場にいて、すれ違いざまに聞こえてくる英語やフランス語。アスファルトで舗装された道路に、そこを走る車やバス。ビルに、街路樹。家に帰ればエアコンの効いた部屋でソファーに寝っ転がってスマホをいじる。そんな風景を夢に見て私は──、」

シンジ「セレナ」

セレナータ「ん……シンジ?」

シンジ「起こしてすまない。だが移動しなくては。この教室で講義があるようだよ」

セレナータ「もうそんな時間?」

シンジ「ああ」

セレナータ「…………」

シンジ「またあの夢かい?」

セレナータ「ええ。不思議な夢だわ。地下に繋がる階段からたくさんの人が上ってきて、私の知らない言葉で喋るの。変わった色の石が敷き詰められた道に、そこを走る……あの乗り物は何なのかしら? 夢の中ではどれもこれも名前が分かるのに、起きると忘れてしまっているの」

シンジ「まるでここではない異世界のようだね」

セレナータ「そうね。知らない世界の、不思議な……だけどどこか懐かしい夢。そして、どうしてかしら? 私のいるこの現実よりも現実味を帯びているように感じるの」

シンジ「ほう、それは摩訶不思議だ。私もその世界を見てみたいよ」


  人々のガヤガヤとした話し声や足音。

  セレナータ、くすりと笑う。


セレナータ「次の講義を受ける子達が入ってきたわね。出ましょう」


  セレナータとシンジ、立ち上がる。歩く足音。教室から出る。


シンジ「戦略級魔法概論Iか。私は去年受けたよ」

セレナータ「え?」

シンジ「そこの教室の次の講義さ」

セレナータ「そうじゃないわ。騎士候補生のあなたがどうしてそんな大規模な魔法を?」

シンジ「単なる興味もあるけれど、なぜアカデミーでそんな講義をするのか知りたくてね」

セレナータ「女神は魔法にも長けているものよ」

シンジ「ああ、それはそうさ。けれど君達女神候補生が目指す女神というのは9つの星を束ねる統治者……言わば、このヴォイドという世界の女王だ。治世に当たって軍事の知識も必要だが、本人が戦略級魔法を覚える必要があるのだろうかと思ってね」

セレナータ「なるほど。それで実際に講義を受けてどう感じたの?」

シンジ「講義の内容そのものは充実したものだったよ。私の疑問の答えはその講義を受けている女神候補生達の雰囲気でわかった」

セレナータ「ふぅん?」

シンジ「何かあれば自ら問題を解決するんだろうな。気骨があるというか豪胆というか」

セレナータ「女神ですもの」

シンジ「ああ。ここ数年でどんな人が女神になるのか理解していたつもりだけれど、去年戦略級魔法概論Iを取って更に身に染みたよ。女神を守る騎士なんて必要ないのかも知れないとさえ思ってしまうね」

セレナータ「騎士候補生がそれを言うの?」

シンジ「良くなかったかな?」

セレナータ「ええ。私はあなたに守ってもらいたいのよ? 騎士候補生の中でも最高位である大公級のあなたに」

シンジ「守るさ。何があっても」

セレナータ「ふふ」

シンジ「セレナ?」

セレナータ「私が女神になる前提で話しているところに何も言わなかったわね」

シンジ「本当になると思っているからね。そうだろう? 女神候補生最高位、熾天使級のセレナータ・カリテス」

セレナータ「ええもちろん。……と言いたいところだけれど、熾天使級の中でもひとりだけ明らかに実力が抜きん出ている子がいるのよね」


  アマツヒ、ひょっこり現れる。


アマツヒ「あー、いるよね」

シンジ「アカデミー始まって以来の才女」

セレナータ「女神になるべくして生まれた魔法の使い手」

アマツヒ「その名はモーネ・ヴァルキュリア!」


  間。


セレナータ「アマツヒ、いつからいたの?」

アマツヒ「反応遅いよセレナータちゃん」

シンジ「騒がしいのに見付かったな」

アマツヒ「聞こえてるよ?」

シンジ「聞こえないように言ったつもりはないよ」

アマツヒ「幼馴染みじゃなかったらぼっこぼこにしてたよその発言」

シンジ「顔が腫れ上がるのは困るね」

セレナータ「アマツヒ、この時間は空きコマだったかしら?」

アマツヒ「休講になったの! だから皆誘って喫茶店行こうかなって!」

シンジ「誰を誘うんだ?」

アマツヒ「目の前にいるじゃん!」

セレナータ「ああ、私達」

アマツヒ「それとねー──、」


  モーネとディエゴ、後ろから現れる。


モーネ「私達ですよ、セレナータ」

セレナータ「あら、モーネ」

ディエゴ「全く、目を離した隙にどこかに行ってしまうのは困ったもんだぜ。僕の愛しのアマツヒ」

アマツヒ「こっちからシンジ達の気配がしたから飛んできたんだよぉ、私のディエゴ!」

シンジ「騒がしいのが増えたな」

ディエゴ「情熱的と言ってくれ、友よ」

シンジ「ん、あ、ああ。それもいいね。情熱か。しかしこの顔ぶれは目立つね。熾天使級女神候補生が3人全員勢揃いとは」

セレナータ「あなた達も大公級騎士候補生だしね」

アマツヒ「ねー聞いて聞いて。シンジとセレナータちゃんね、モーネちゃんの話してたよ!」

モーネ「私の話ですか?」

アマツヒ「うん! 褒めちぎってた!」

モーネ「そんな、光栄です」

セレナータ「もう、本人に言わないでよアマツヒ」

シンジ「モーネ、オーディンは一緒じゃないのかい?」

モーネ「彼は学長とお話があるそうです」

シンジ「それは残念だ。最近は彼と会う機会が少なくてね」

ディエゴ「シンジはモーネと会う度にそれだねえ。僕達じゃ役不足かい?」

シンジ「モーネがアカデミー始まって以来の才女なら、オーディンは有史以来最強の騎士候補生だ。侍として彼から学ぶべきことは無限にあるのさ」

ディエゴ「タカマガハラのサムライは気高いねえ。一応僕も大公級なんだけど」

アマツヒ「さーて皆揃ったからお店に行きましょーう! 出発しんこー! よーそろー!」

シンジ「うーん、騒がしいな」


  間。

  喫茶店。席に着いているセレナータ、シンジ、モーネ、アマツヒ、ディエゴ。

  アマツヒ、ドンとテーブルを叩く。ガシャンと食器の音。


シンジ「ぐあ」

アマツヒ「それでね! 先生その時魔法薬落としちゃって大変だったの!」

シンジ「私の顔がパイの味に……」

セレナータ「美味しそうになったわね」

アマツヒ「あっごめんシンジついちゃった!」

セレナータ「シンジのパイ一口もらっていいからしら」

シンジ「私の顔からか?」

セレナータ「ブルーベリーパイが好きなんだもの。もったいないでしょう?」

アマツヒ「あははは! セレナータちゃんもったいないってタカマガハラの人みたい!」

セレナータ「あなたとシンジがよく言うから」

シンジ「確かに他の星の人達はあまり使わない言葉だよね」

ディエゴ「他の星の文化を知るのは刺激的だぜ。このアカデミーに来た当初は心が躍ったもんさ」

アマツヒ「あーむっ。私はこのアスガルドのお菓子が好きー。ミュークパッペルカーカがお気に入りです! みゅーくぱっぺるかーか!」

ディエゴ「僕はいっぱい食べる君が好きさ、アマツヒ!」


  モーネ、くすりと笑う。


モーネ「アマツヒ、お口についていますよ?」

アマツヒ「モーネちゃん取ってー」

モーネ「はいはい。まるで妹がもうひとりできたみたいです」

セレナータ「そのスティアーナは今日は来ないの?」

モーネ「はい。妹は今日も新しい友達を作るとかであっちこっちに出かけてます。もちろん彼も連れて。昨日はカムイコタンの人達と仲良くなってましたよ」

セレナータ「あの子講義のない時間はいつもそうね」

ディエゴ「友人を増やすのは情熱的だからねえ。アカデミーの異文化交流を最も楽しんでいるのはスティアーナで決まりだぜ」

モーネ「それはきっと間違いないですね。私も妹もこのアスガルドを出る機会はあまりありませんから。他の星の話を聞くのが楽しいみたいです」

シンジ「こんなに魔法が発達した現代でも惑星間転移魔法は下手をすると数ヶ月に一度しか発動できないし、行き先も限られるからね」

モーネ「そうですね。歴史を紐解くとそのおかげで惑星独自の文化が築かれたわけですから、むしろ良かったのかも?」

ディエゴ「それは情熱的だね、友よ。僕らは皆女神の星からの光を享受して生きる兄弟だ。けれど全てが同じではつまらないね。だからこそ9つの星はそれぞれ違う顔をしている。皆にはいつか僕の故郷、オメヨカンを案内したいぜ」

アマツヒ「行きたい行きたい! タカマガハラにも来て-!」

モーネ「うふふ、ぜひ遊びに行きたいですね……でも、不思議ですね」

アマツヒ「何が-?」

モーネ「交通の便という意味で実質的に隔絶されていた9つの惑星でそれぞれ異なる文化が生まれました。それなのに私達の使う言葉は同じなんですよ」

アマツヒ「……ほえ? 言われてみれば不思議! ……かも?」

モーネ「例えばタカマガハラとアスガルドを比べるだけでも建物が木造と石造という違いがありますし、食事に使う道具を見てもタカマガハラは箸でアスガルドはナイフとフォークです。死者の弔い方だって星によって火葬や土葬があります。住んでいる人達の顔立ちや体格も違えば着ているものも食べているものも違う」

ディエゴ「確かに。僕らオメヨカンの戦士が使うマクアウィトルは木の板に黒曜石をはめ込んだ諸刃の剣だけど、タカマガハラのサムライが使うカタナは複数の鋼を鍛造した片刃の剣だ。かなり様式が違うぜ」

モーネ「その通りです。ここまで違えば言葉が違ってもおかしくはないですよね」

シンジ「私もそう思うよ。面白い観点だね」

アマツヒ「うーん。でもやっぱり言葉が違うって想像つかないかも?」

モーネ「そうですよね。でも星が違えば人名や地名の雰囲気もまた変わります。もしかしたら元々は惑星単位や更に細かい地域で言語が違っていて、いつしか統合されたのかも知れませんね」

シンジ「そうだったら心躍るね。けれどそんな歴史は聞いたことがないな」

モーネ「私もそう思って少し調べてみたんですよ。歴史書を読んでみると言語に関する記述はあまり多くなかったので星の名前や各文化圏の固有名詞のルーツを辿ってみたんです」

シンジ「どうだったんだい?」

モーネ「どれもこれもルーツがあやふやなんです。何かわかれば面白かったのに」

シンジ「それはまた残念だ。しかしモーネは本当にユニークな着眼点を持っているね。そう思わないかい、セレナ?」

セレナ「…………」

シンジ「セレナ?」

セレナ「……えっ」

シンジ「うわの空でどうしたんだい?」

セレナータ「その……言葉の話を聞いて、ちょっとあの夢を思い出したのよ」

シンジ「ああ」

ディエゴ「夢?」

セレナータ「ええ、私がたまに見る不思議な夢よ。その中には私の知らない言葉で話す人達が出てくるのよ。すれ違う程度だけど」

モーネ「確かにそれは興味をそそられますね」

アマツヒ「でも夢でしょ?」

セレナータ「そうなの。でも、なんだか妙に現実感があるのよ。私の知らない世界の夢なのに」

ディエゴ「どんな夢なんだい? どんな世界を見ているのか僕達にも聞かせてほしいぜ」

セレナータ「ええ、もちろんよ。参考になるか不安だけれど」

アマツヒ「夢のお話わくわくだー!」

セレナータ「とにかく人の多い広場を通り過ぎて、家に帰る夢よ。黒い石の敷かれた道を、音を立てて走る光沢のある乗り物が印象的なの。たくさんの乗り物が行き交う中を、人々も歩いているの。彼らの格好は様々で色とりどりだけれど、目立つのが何か小さな板を触りながら歩いている人達よ。夢の中の私もその板を持っていたはず。トランプのカードより少し大きいわ」

モーネ「賑やかな場所なのですね」

ディエゴ「僕はきっとその雰囲気好きだぜ。でも板って何だ?」

アマツヒ「えっあっ、皆想像できてるの? 私もう早速ついていけてないよ?」

セレナータ「そして地下に繋がる階段から大きな荷物を持った人達が上がってくるの。小さな車輪がついたトランクくらいの大きさの箱を皆持っているから、きっと旅行者だと思うのだけれど、彼らが私の知らない言葉を使って話すのよ。何を言っているかわからないから再現はできないけど……待って」

モーネ「どうしたんですか?」

セレナータ「夢の中の私も、知らない言葉を喋っていたかも知れないわ」

モーネ「本当?」

シンジ「それは私も初耳だね」

セレナータ「私も気付かなかったのよ。まるで今私が喋っているように自然にその言葉を使っていたから」

シンジ「ふむ、これはいよいよただの夢ではなさそうだ」

モーネ「もしかして、発音を再現できるのですか?」

セレナータ「……Παρόλο που κάνω δίαιτα, είναι δύσκολο να τρώω τίποτα άλλο εκτός από μπανάνες και γιαούρτι κάθε πρωί(パロロ ポウ カノ ディエタ、イェニ ディスコロ ナ トロ ティポタ アーロ エクトス アポ バナーネス ケイ ギアーテ カツェ プロイ)」

シンジ「パロ……何だって?」

モーネ「ずいぶん長いのが来ましたね」

アマツヒ「新種の呪文?」

シンジ「アマツヒ、本当にそうかも知れないよ。きっと何か儀式に使うような高等な呪文だ」

セレナータ「えっ」

ディエゴ「ああ、こんなに厳かで神聖な響きなんだ。間違いないぜ」

セレナータ「あの、何を言って──、」

アマツヒ「なるほど、確かに! セレナータちゃん! 教えて! 今の言葉はどんな意味なの!?」

セレナータ「ええっ!?」

シンジ「答えてくれ、セレナ」

ディエゴ「焦らすことはないぜ!」

アマツヒ「そうだよ教えてよ!」

セレナータ「……その」

シンジ「うん」

セレナータ「……『ダイエットのためとはいえ、毎朝バナナとヨーグルトしか食べれないのはつらいわね』」

シンジ「ダイ……」

アマツヒ「ダイエット」

セレナータ「……ええ、夢の中の私はダイエットについての独り言を……」

シンジ「ああ……なるほど」

ディエゴ「それは……情熱的だな」

シンジ「君はたまに何でも情熱的と言って流すクセがあるね」

ディエゴ「否定はできないぜ」

アマツヒ「で、でもほら。ダイエットはある意味儀式に匹敵するくらい重要な──、」

セレナータ「大丈夫よアマツヒ。これ以上傷を広げないで」

アマツヒ「あう」

モーネ「うふふっ」

セレナータ「ちょっと、モーネ……」

モーネ「ごめんなさいセレナータ。でもこれはお手柄ですよ」

セレナータ「お手柄?」

モーネ「ええ、セレナータの喋った言葉は私達の使うものとは全くの別物でした。きっと夢の中で聞いたという他の言葉もそうでしょう。これは間違いなく別の言語への手かがりです。そして、手かがりが夢ならばあれを使えばいいのです」

アマツヒ「ほえ?」

セレナータ「何のこと?」

モーネ「ふふっ。夢とは記憶の整理だとも聞きます。記憶に関する魔法に心当たりはありませんか?」

アマツヒ「記憶のオーブだ!」

ディエゴ「そうきたか」

モーネ「そう。人の記憶を転写して他人と共有できる記憶のオーブを応用すれば夢から更に多くの手かがりを掴めるはずです」

シンジ「これは考えたね。手がかりが手に入るばかりか、皆でセレナの夢の世界も見物できる」

アマツヒ「あ! それ楽しみ! 私だけセレナータちゃんの夢の話よくわかってないもん。見たい見たい!」

セレナータ「でもあれは実際の記憶ではなくてただの夢よ? うまくオーブを作れるかしら?」

モーネ「記憶のオーブは単純に頭の中の記憶を読み取る魔法ではありません。魂そのものにアクセスしているので、夢の記憶も転写できると思います。元が記念や記録の用途で使われる魔法なので、わざわざ夢をオーブ化することが少ないだけですよ」

セレナータ「そういうことなら。私もあの夢について何か知れるなら知りたいもの。……本当に不思議で心惹かれる夢なの」

シンジ「よし、こうしちゃいられないな。お茶会はこの辺にして──、」

アマツヒ「あっ、ハッロングロットルひとつお願いしまーす! 紅茶もお願いしまーす!」

シンジ「まだ食べるのか……」

ディエゴ「僕はいっぱい食べる君が好きさ、アマツヒ!」

アマツヒ「あーむっ」


  間。

  薄暗い部屋。立っているシンジ、ディエゴ、モーネ、アマツヒ。座っているセレナータ。

  モーネ、魔法を発動する。キィンと魔法の音。


シンジ「オーブの保管庫には初めて入ったよ。オーブを作るにはこんな設備がいるのか」

ディエゴ「友よ、この部屋の名前は思い出の回廊だぜ」

シンジ「そうなのか? ちゃんと覚えてないんだ」

ディエゴ「他人の記憶を見たりは?」

シンジ「いやあ、興味が湧かなくてね」

アマツヒ「ちょっと男子ぃ。うるさーい」

シンジ「君がそれを言うか」

セレナータ「……モーネ、どう?」

モーネ「だめです。上手くいきません」

セレナータ「やっぱり夢をオーブにするのは無理なのかしら?」

モーネ「いえ、理論上は可能なはずです。でも……何でしょう? この夢に触れようとするとするりと抜け出してしまうような……」

ディエゴ「そりゃまた珍しい話だぜ」

シンジ「珍しい?」

ディエゴ「ああ、魂に干渉するとはいえ必要なのは無機質な情報だからな。するりと抜け出す? そんな感覚をオーブ作製で感じるわけがないぜ」

モーネ「読み取りや書き出しの魔法は慣れているのですが……こんなことは初めてです」

セレナータ「モーネが魔法のことで困るなんて、明日は槍が降りそうね」

モーネ「私にだってわからないことくらいあります。この手の魔法ならアマツヒの方が詳しいのでは?」

シンジ「何だって? アマツヒが? 数字にめっぽう弱いアマツヒが魔法式を要する理論の緻密な魔法に詳しいわけが──、」

アマツヒ「魔法の構造上、読み取り対象の選定が済んだら後は記号化と固定化できるから生体的な挙動は失われると思うよ。何かが動く感触を感じるとしたら魔法側に何かあるんじゃないかな? 魔法式は覚えちゃえば誰でも使えるから全ての項の意味を把握してないことなんてザラだし、例えば式の一部に特定の情報を避ける暗号が仕込まれてるとか普通にあると思うよ。特に記憶の読み取りに使ってる魔法式は魂に触れるからある程度の安全措置として一部の情報への接触が不能になってたりするんじゃないかな?」

シンジ「嘘だろう? 君は誰だ?」

モーネ「とすると魔法式の前半部分に何かありそうですよね。魂海についての記述は専門家でないとわかりませんけれど、私が以前編集した強化魔法と似た列があるんですよね。弦の震動に関する記述なので違和感があったのですが、もしこれが安全装置だとしたら該当情報に触れる場合に限り読み取り位置をずらす仕組みを導入しているとしたら納得です。式の書き換えはすぐにできるので試してみましょうか」

シンジ「……モーネなら納得なんだ。アカデミー始まって以来の才女ならこのくらい詳しくても納得なんだ。なぜアマツヒにこのレベルの会話ができるんだ……?」

アマツヒ「底なしに失礼だからそろそろぼっこぼこにするよ?」

セレナータ「それよりモーネ、魔法式の書き換えなんて即席でできるものなの?」

モーネ「ある程度は。安全に配慮する必要があるので今回は少し手間ですが……。調整ができたので試してみましょうか」

セレナータ「どう考えてもそんなにさらっとできるようなものではないのだけれど……」

ディエゴ「とはいえモーネなら不思議はないってもんだぜ」

モーネ「いきますよ」


  モーネ、魔法を発動する。キィンと魔法の音。


モーネ「よかった。上手く動いているようです」

セレナータ「読み取りをされている私は何も感じないのね」

モーネ「そういうものですよ。どうやら失敗の原因は特定の夢からの情報の読み取りだけを禁じる魔法式の記述だったようです。見たところ危険が生じることはないのでこのまま読み取りを継続しますね」

アマツヒ「うんうん。やっぱり私の見立て通りだったねえ! さすが私。えっへん!」

ディエゴ「さすが僕のアマツヒ! 情熱的な考察だったぜ」

シンジ「そんなまさか……なぜアマツヒが……」

セレナータ「あなたアマツヒのこと何だと思ってたの?」

モーネ「読み取れたのでこのままオーブに書き出しますね」

アマツヒ「これでセレナータちゃんの夢の世界が見られる!」

ディエゴ「僕も楽しみだぜ。情熱的な世界だといいな」


  キュウと魔法の音。


シンジ「ほう。オーブが光り出した。綺麗なものだな」

セレナータ「本当ね。青い光は静かな印象で落ち着くわ」

シンジ「君は本当に静寂が好きだね」

セレナータ「そうよ。静寂の熾天使ですもの」

シンジ「私も静寂が好きだよ」

モーネ「さて、これで書き出し終了。オーブへの記憶の転写ができましたよ」

セレナータ「ありがとう、モーネ」

ディエゴ「おお、早速夢の記憶を見てみようぜ」

アマツヒ「セレナータちゃんの夢の世界のお菓子食べたい」

ディエゴ「いっぱい食べる君が好きさ、アマツヒ!」

セレナータ「夢の中で何かを食べた記憶はないから、たぶん無理だと思うわよ」

アマツヒ「ええっ!? そんなことある!? って、あれ……?」

セレナータ「どうしたの?」

アマツヒ「オーブの色が……」

ディエゴ「あれ? どうして真っ黒になったんだ?」

モーネ「えっ? こんな風になることはないはずなんですけれど……」

シンジ「周りの棚を見てみると確かに黒いオーブはないね。何が起きたんだ?」

モーネ「調べてみます……。あっ? これ、変ですよ。オーブの中にきちんと記憶が入ってるのに触れることができません」

ディエゴ「不具合が起きたとしてもこんな風になるのは見たことないぜ」

モーネ「私が何かミスをしてしまった可能性もあると思います。ごめんなさい」

セレナータ「いえ、謝らないで」

アマツヒ「というか読み取りの記述をどう間違えてもこんな風になるなんて聞いたことないよ」

モーネ「とにかく空のオーブをもう一つ用意して……あれ?」

セレナータ「モーネ?」

モーネ「セレナータから読み取った夢の記憶なんですが、読み取った私本人も干渉できなくなってます。これじゃ新しいオーブへの転写もできません」

アマツヒ「えっ、そんなの理論上ありえないよ!?」

セレナータ「どうなってるの……?」


  間。


セレナータ「ねえ皆。ちょっとこの夢に触れるのはやめておかない?」

シンジ「そうだね。嫌な予感がする」

アマツヒ「読み取りを禁じられているのには私達が思うより大きな意味があったのかな。2重3重に防護されてるなんて異常だよ」

ディエゴ「これは不用意にどうこうしちゃいけないと思うぜ」

モーネ「皆さんの言う通りですね。……別の言語が存在する別の世界。実在するからこそ辿ることが許されていないのでしょうけれど……」

セレナータ「どうして辿っていけないのかさえも、きっと知ってはいけないことなのね。……今日は私は帰るわね。なんだか疲れたわ」

モーネ「はい。お疲れ様でした。今日のところは解散ですね」

シンジ「そうしよう。……皆、言うまでもないことだけれど、今日のことは……」

ディエゴ「ああ、他言無用だぜ」

セレナータ「それじゃあ皆、また明日。行くわよシンジ」

シンジ「ああ、今行くよ、セレナ」


  セレナータとシンジの足音。

  短い間。


セレナータ「……私の見ている夢って何なのかしら?」

シンジ「考えないわけにはいかないよね」

セレナータ「地下に繋がる階段からたくさんの人が上ってきて、私の知らない言葉で喋るの。変わった色の石が敷き詰められた道に……あの場所は一体どこなのかしら? どこか懐かしいあの場所のこと、いつか知ることができるのかしらね」

シンジ「知ってはいけないことかも知れない。それでも知りたいのか?」

セレナータ「……ええ。今日のことで、知るべきだと思ったわ」

シンジ「そうか。なら、私も一緒に調べるよ」

セレナータ「着いてきてくれるのね」

シンジ「騎士は女神を補佐し護る者だ」

セレナータ「女神になるのはモーネよ」

シンジ「だとしても、私が補佐し護るのは君だ。君は私の女神だよ」

セレナータ「ふふっ。キザなことを言うのね、私の騎士は」


〜fin〜

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