5話.入学式の朝
俺は走っていた。
自宅のアパートから学校へと繋がる坂道。
それほどの勾配でもないが、なにせ高い位置から下りなくてはいけないもんだから、大股で走るとバランスを失う。気を抜けばずっこけてしまいそうなのだ。
「なんで新学期初日から遅刻せにゃならんのだ~!」
俺はゼエハア言いながら下層を目指す。
そんなことを叫んでいると、後ろからは俺のとは違う足音がもう一つ、忙しなく地面にぶつかっている。
振り返らんでもわかる。
賢だ。
俺の双子の兄。勉強面では頼りになる俺の分身だ。
身を分けた片割れである。
坂道の傾斜を利用して俺に追いつこうという魂胆だったのだろうが、いかんせん、運動の場合は賢に
劣りが生じる。
勉強ができて運動もできるとか、神様は人間に二物も与えないんだよ。
神様を超えちゃったら困るから。
神様は競走なんてしないだろうし、遅刻など以ての外だ。大体、何に遅刻する。神様にも学校があるのだろうか。それとも重要な会議が……。
「待ってよぉ、陽ー」
背中に響く賢の情けない声で、無駄話へと脱線していた俺の思考回路が道を戻す。
「おい賢。お前、誰のせいでこんな目に合ってるのか分かってるのか?」
「分かってるけどぉ……」
走りながらだというのに、賢はあまり息を乱していない。
そこは血というやつだろうか。俺もそうだが、基本的に体力はある方だ。運動は運動でも、筋持久力と全身持久力は、二人とも、生まれつき優れている。
何でも、両親の学生時代、ともに長距離の陸上選手だったとか。
そして全国区でお互いを知った。
数年後、再会。
あれよあれよと結婚へ――
だったらいいね。そうだね。……と両親。
嘘かよ。
まぁそれはいい。
所詮は無駄話だし。与太話だし。
戯言で。戯れ言で。徒言だ。
「俺はちゃんと起きたからな」
走っている方向とは逆の方向にいる人物、俺の背中についてくる賢に向けて指さした。
ううう~、なんて呻く声が聞こえた。賢の場合、これが口癖かもしれない。
それはそれとして、今日は本当に散々な朝だった――
本日は我が私立彩桜学園の始業式&入学式の当日である。
こんなに大事なイベントがある日であろうとなかろうと、俺は遅刻に遅刻を重ねてしまうようなタイプだ。正確に言うと、朝、普通に起きれないでバスに乗ることにし、乗り過ごしたというオチ。
今日こそは……今年こそはと気合を入れ、朝でも気持ちよく目覚め、カーテンを開いて陽光を室内に取り入れ、久しぶりに昼食の弁当を作り、俺は学校に持っていく道具を整理していた。
と、そうそう。
賢を起こすことも忘れない。
あいつは俺と違って体内時計はしっかりしている。
一旦寝てしまったがその後、きっかり7時間後には起きられる人間なのだ。
人間じゃねえ。
まぁ、どちらが便利かと言えば、「お兄ちゃん、朝だにょん」のアラームで起きられる俺の方が得な気がする。
あくまで俺の意見だけど。
俺は歯を磨きに移行しながら、横たわる賢を足蹴にする。
軽くげしげしと蹴っても起きない。
こういうときの賢は頑固だ。以前に渾身の力で頬を張ったことがあるが、むしろ笑っていたくらいだったな。
このM兄貴め。
昨日はなんだかんだで遅寝しちゃったしなあ。
責任の一端は俺にもあるし、本当は寝かせときたいんだけどな……。
……というわけで、竜崎賢起床計画。
その一。
騒音。
俺はどこからともなく手に取った(ってか普通にそこら辺に落ちてた)風船を膨らませ、寝ている賢の耳元へと持っていく。
そして裁縫箱から取り出した裁縫針を一気に突き刺す。
瞬間、耳をつんざくような破裂音が部屋に反響した。本当に賢の耳をつんざいたかもしれない。
だって反応ないもん。
俺はそっと賢の様子を見てみると、
「うにゅむぁ……焼きそば~……」
朝から重てえな!
とりあえず、このぐらいでは起きないのか。
竜崎賢起床計画、その二。
熱湯。
は可哀想だからやめるとして、俺はキッチンへと向かった。そこで手に取ったのはマグカップだ。
俺はマグカップへと熱いお茶を注ぎ(あとで美味しく戴きました)、カップの側面を賢の頬にあててみる。その熱を感じたのか否か、彼は反応を見せ始めた。
彼の眉間に皺が寄る。さすがにこれは厳しいか?
「お釈迦様、熱いです~……」
お前はどんな夢を見とんじゃボケェ!
地獄か!? 地獄で火炙りにでもされてんのか?
いや、地獄なら閻魔様だよな?
じゃあ何?
閻魔様どころかお釈迦様にダメ出しされることをしたのか!?
だからあれほど落ちたもの食べるなって言ったのに!
関係ないか。
それにしても起きない。
どうしたものか……。
竜崎賢起床計画。
その三は……やっちゃおうかな……。
やらないかな……。
仕方ない、奥の手を使うか。
「おい賢、起きろよ。起きないと、もうバゴーン買ってあげないぞ?」
誘惑作戦。
結局のところ、人間は欲に弱いのだ。
俺の言葉が届いたのか届かずか、いや届いたのだろう、彼は答えた。
「うう、僕はUFOが好きなんだよ……」
「おお、やっと起きたか!」
「すぴー、すぴー……」
「寝言かよ!」
おい。
マジかよ?
マジで起きてくんねえのかよ? このままじゃ遅刻だぞ!?
ああ、これじゃあ俺が早起きしようと弁当作ろうと関係ないじゃねえかよ!!
「おい! 起きろよ、賢! 頼みます! 起きてくださいませ!! 賢さま~!!」
拝啓、両親様。
まったく、今学期も朝から元気です。
入学式入ってないじゃん!
そんな感想もあるでしょう。むしろそれしかないでしょう。
その上で言いましょうか。安心されても困ります。前回予告しておいて今回学校内へさえ入っていない。だから次回も入るとは限りませんからねえ。
というか、すいません。
謝罪が一番ではなかったことを謝罪した上で、改めてごめんなさい。
昔ある雑誌で、作者が「もう書けません」と言って休載、果てには打ち切りにまでなったと言います。打ち切りがないだけ、これも安心ものですがね……。
皆さんの期待を裏切ってしまって申し訳ありません。
正直言いますと、この作品はほとんど番外編中心に考えている短編だったので、こんなことになるとは夢にしか思ってませんでしたので。
こんなマイペース作者に惑わされても構わないという寛容な読者の皆さん、満足いただけたら幸いです。
感想や評価なんかあったらもっと嬉しいので(と言うより送れるくらいに話を進めろよ)、どしどしください。