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閑話.実家


 春休みも中期に差し掛かってきた頃。

 厳しい冬を乗り越え、さなぎは蝶になり、種は芽吹き、命がようやっと活動の幅を広げるこの季節。

 春らしいうららかな陽気がやっとやってきたのだった。

 俺と賢は、活動の場を広げ、この春期休業を利用して実家に帰っていた。

 さすがにご存知だとは思うが、俺と賢は現在アパート住まいだ。

 2人暮らしというか、2人で1人暮らしみたいなところ。

 アパートにもなかなかに年季が入っており、部屋の側面の隅っこでは壁紙が剥がれかけてたり、気持ちよく寝ている横を平気でネズミが闊歩していたり、しまいには風呂の壁からはキノコが自生を始めていたり……。

 ほんと、改めて考えるとすごいな、あそこ。

 1年前から住んでいるのだが……。

 よく1年も我慢できていたものだ。

 俺たちも十分凄いのかもしれない。

 夏はやばかったな。

 普通の住宅街にあるというのに、あの異様な……妖気でも放っている感じ。

 お化け屋敷とか言われて。

 夜な夜などこかの中学生が『肝試し』と称しては周囲を徘徊してたな。

 俺も俺で。

 俺たちの部屋の前を通りかかった中学生どもを驚かそうと、いきなり玄関の扉を開けて出て行ってやった。

 あの逃げ足は最高だった。

 脱兎のごとく、蜘蛛の子を散らすように走り去っていったからな。

 ウサギなんだかクモなんだか……。

 でも、あの悲痛な叫び声は心に残りました。

 確か翌日の新聞の端っこに載ってた気がする。

『中学生絶叫「お化けに襲われた」』

 とかなんとか……。

 適当なこと言ってくれるよな、あのガキども。

 とにかく、そんなアパートだ。

 そこで漫画家でも目指すなら、きっと将来は有望だろうな。

 話を戻す。

 実家(実家という響きがお気に入り)に帰ってきた俺たちは、とにかくぐうたらな生活をしていた。

 ごろ寝したり、寝転がったり、寝そべったり……寝てはいない、ただひたすら床とお友達なだけだ。

 双子の兄の生活スペースは心配はしなくてもいい。

 まぁ、2人兄弟ということで、部屋は別々なのだ。

 俺としても、本当は一緒の部屋なんて嫌なのだ。実家でもアパートでも。

 そりゃだって、自分の自由なスペースがないとさぁ……嫌じゃん? 束縛とかではないにしても、やっぱ窮屈というか。

 でも、金銭的な面でもきついということで、ボロアパートの部屋には妥協することにした。

 ということで、春休みの勉強中。

 どこがどう「ということで」なのかと言うと、別に関係ない。

 俺の話に脈絡があるとか考えちゃいけないぜ。

 あくまで俺の視点での物事なんだから。

 見落としてる点があれば、勘違いしている点だってある。

 推理ものでよくある手法だな。

 だからって、俺が推理とか面倒なことをするなどと思われても挨拶に困る。

 頭は良くない。

 だから勉強中なのだ。

 春休みに課題を出すとかあり得ねえ、あの教師ども。

 そんなことを言っている場合ではない。

 確かに、俺のようなバカタイプの主人公は課題なんてものは最終日に徹夜、みたいなのが定石だろう。

 しかし、俺は期待を裏切るバカだ。

 最終日まで課題が残っている方があり得ねえ。そんなものは中学生で卒業だ。

 賢なんて、小学1年生の時だって初めの3日ででかしたものだ。そして、そのおりこうさん伝説は健在だ。今回も、もう終わっているらしい。そのためか、毎日毎日「暇だ暇だぁ~」とうめいている。賢いのかバカなのか分からない。

 だからだろうか。

 部屋が分かれているのにもかかわらず、賢は俺の部屋に来ている。

 俺のベッドに座って小説を読んでいた。

「なあ、賢」

「ん。なに?」

「お前さ、それ、なに読んでんの?」

「ああ、これ? 『人間失格』」

「あれ? 前に読んでなかったっけ? それ」

「あれは集英社のだよ。こっちのは角川文庫」

「…………。なにが違うんだ?」

「集英社のは小畑健さんが表紙を書き下ろした新装版だよ」

「あの『DEATH NOTE』で有名な?」

「そう」

「ふぅん。で、それは?」

「ああ、角川文庫のも新装版なんだけど、表紙は絵じゃなくて写真だよ」

 そう言って、賢は手にしている小説の表紙を俺の方に向けた。

「こっちの方は、松山ケンイチさんが表紙に出ているんだよ」

「そうだな。ってか、何故に『DEATH NOTE』の漫画対映画みたいになってんの……?」

「実写映画版のL役こと松山ケンイチさんは、著者の太宰治と出身が同じなんだってさ」

「なんたる偶然なんだろうな」

「角川文庫の場合、人間失格は映画にもなるよ」

「繋がりが多いな」

「映画版の主人公は生田斗真さんだよ」

「まったく関係ねえ……」

「まぁ、人気があるからいいんじゃないかな?」

「忙しそうだもんな、生田斗真。学生役から……今度は廃人か」

「イケメンはつらいよ」

「そんな映画は一切放映されない。させない」

 悲しくなるわ、そんなタイトル。

 日本中の男性に謝れ、製作者。

 ひとしきりの会話を終えたところで、俺は課題から目を離す。

 そして、手を組んで大きく伸びをする。背もたれに背中をもたれかけた。

 この椅子は俺のお気に入りだ。

 座る部分はふかふかだし、背もたれもふかふかで、スプリングがついていて俺の体を頼もしく支えてくれる。回転できて、車輪がついているからすいすい移動できる。

 それになによりも、高さを調整できるのがいいのだ。

 座る部分の裏にあるレバーをくいっと傾けると、自動で上に上がっていくやつ。だが、自分の体重をかけることで目線を下げられる。

 タワーハッカー!

 とか言って遊べるやつ。

 …………。

 ああやってますよ。きゃっきゃ言いながらやってますよ。バカだからね、俺。

 これをアパートに持って行けたらどれほどいいか……。

 アパートへの引っ越しの件、一番悔やまれたところだ。

 このタワーハッカーができないんだぞ! 耐えられねえよ!

 とか、本気で思ってたからな。

 いや、今も思ってるけど……。

 やりたくてやりたくてうずうずしてるんだぞ。

 でもなー。賢がいるしなー。

 さすがに身内の前でこんな幼稚なことはできねえよ。確実に引かれるじゃねえか。

 距離置いて一歩引かれるどころか、一線を引かれるかもしれない。

 でもなー。衝動は抑えられねーよなー。

 はぁ~……。

 そうしてより一層リクライニングしたその瞬間――

 バキッ!

 不吉な音が部屋中に鳴り響き、俺は宙へと投げ出された。

 それは気持ちのいいようなフライト。

 それは夢心地のような空の旅だった。

 しかしその浮遊感もそれまで。

 空気の中を泳いだ俺の体は、床にしたたかぶつけられる結果に至った。背中を強く打ち、天変地異を起こした視界の中でゆっくりと、むっくりと起き上がってみる。

「ってて……。あぁ! 俺の相棒!」

 立ち上がって見てみると、そこには座る部分が見事に失われた俺の遊び相手――お気に入りの椅子の姿があった。

 椅子の脚の部分には、座る部分がなくなった椅子の支柱パイプが無残にもその形をさらしていた。まるで頭を失ったC-3POのようにおたおたしているようにも見える。

 それにしても、

「やっちまったぁぁ! ああ、どうしよう! これじゃあもうタワーハッカーができねえよ!」

「陽、さすがにその歳でやってるのはまずいと思うよ、あれは……」

 見られてた!?

 恥ずかしすぎて他人になんて一切漏らせない俺の秘密の遊びを、よりにもよって身内に!?

「そ、そんな……賢、根も葉も根拠もない事実を突き付けるなんて、いけねえなぁ……」

「だってさっき、『タワーハッカーができない』って自分で言ってたじゃないか」

 そうだった!

 くそぅ。もう……バカ!

 俺のバカ!

「とにかく。俺はこれから、何を楽しみに生きていけばいいんだ……」

「あれが最上の遊びだと思ってるのなら、陽、悲しすぎるよそれは」

「いや! お前にあのロマンがわかってたまるか!」

「ロマンも何も、子供の頃からやってるじゃないか。子供のロマンなんか忘れちゃったよ……」

「受け継がれる意志……時代のうねり、人の夢、これらは決して変わることのないものだ……」

海賊王ゴールド・ロジャーみたいなことを言ってもダメだよ。しかもそれ、アニメ版のオープニングの一節だから。覚えてる人間なんてごく少数だよ」

 くそ。

 同じような生活してると知ってることまで共有しちまってるな……。

 改めて知った。

 その時、俺の部屋の扉からノックが聞こえた。

「どうしたの二人とも、そんなに大きな声出して……」

 扉を開けて入ってきたのは、俺の母さんだった。

 俺の母さんでもあり、賢の母さんでもある。

 息子の俺が言うのもなんだが、結構図太い神経の持ち主。肝っ玉母ちゃん、みたいな感じだ。

 母さんは部屋の異変を察知し、その異変の中心へと真っ先に気がついた。

 その一点を見つめたと思うと、呆れたように溜息を吐く。

「まぁた壊したの? 本当にこの子はなんでもすぐに壊しちゃうんだから」

「ちょっと待て母さん。俺が頻繁に物を壊すようなわんぱく少年に仕立て上げるな」

「こないだシュウジくんのおもちゃ壊したばっかりじゃない」

「いつの話だ!? もう幼稚園の同級生の話なんて忘れちまえ!」

 なんて記憶力だ!

「でも確かに、シュウジくんも言ってたわね。『陽君に安易な気持ちで貸した僕が悪いんですから、陽君を叱責しないでください』って……」

「自分だけ大人ぶってんじゃねえよあいつ!」

 しかも叱責どころか安易なんて言葉も知らないだろ、普通。なんて秀才なんだ。

「『秀才』って書いて『シュウジ』って読ませるくらいなんだから」

「親と役所は際限なくバカだった!」

 親で将来の自分に危機感を覚えたかシュウジ……。

 ともかく。

 椅子が壊れたことは謝ったとして、これからどうしようこれ……。

「そうよねえ。このままじゃ、タワーハッカーができないものねえ」

「母さんも見てたのか!? やばい恥ずかしい! お婿に行けない!」

「私としては、こんな息子には、早いとこどこかに貰われてほしいところだけど」

「責任放棄するな!」

「ウチは放任主義でしょ?」

 それは認めるけど……。

 大事な高校生の息子にアパート生活させることが、何よりの証拠だ。

「でも、仕方ないわね……。勉強をしていたようだし。明日ちょうどホームセンターに行く予定があったから、その時にでも陽にあった物を買ってくるようにするわ」

「助かるよ、母さん……」

 やっぱ根本は優しいんだよな、ウチの親は。

「良かったね、陽」

「ああ。賢!」 

「ただし、この分はお小遣いから引いておくからね……?」

「…………」

 前言撤回。

 やっぱ意地悪……。


 そして、次の日。

 外に出て夕方ごろに帰ってくると、そこには真新しい椅子が買ってあった。

 嬉しくてしばらくは俯瞰から眺め、あまり座ろうとはしなかった。

 寝る前。賢に触発された俺は、小説でも読もうと新しい椅子に座ったところ――

「…………」

 高さ調節の範囲が異常に狭いことに気づいた俺は、ショックのあまりベッドに入ってしまった。次の朝、俺の枕が一夜漬けにでもされたかのようにぐっしょりと濡れていたことは、言うまでもない。




 どうも。

 話の本筋を全く書いていない作者・NOTEです。


 今回も閑話ということで、番外編のようなものをお送りしたわけですが……。

 そもそも、ほとんど話を進めていないのに番外編も何もあるかボケェ! と、自分で自分にビンタを放っている今日この頃……。私はどこまでのんびりで気軽な人間なのでしょうか。

 そんな風に上の空になりながら、今日もこうしてタワーハッカーをしている始末。


 それにしても、話を進める上で、この話は関係ないと言うとそうでもないですよ(飛ばして読んでもらってもなんにも影響ないのですがね)。

 こうして彼らの母親も紹介することができたわけですし、結果的には主人公の変人ぶりをよく知っていただくいい機会になったのではないかと感じます(結果論)。さて、彩桜高校の話も徐々に出していきたいと思います。

 皆さん、感想や評価などありましたらお待ちしています。

 こんな無責任作者に、これからも末長いお付き合いをよろしくです。

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