30話.侵入
「結局、そこに落ち着くわけか」
歩きながら、利家さんは言う。
俺は着替えなかった。家から来た格好そのままでいる。
なんで今まで俺の服装を描写しなかったかって?
簡単だ。描写するほどの価値がないから。普通の服だもん、仕方ない。
黒のTシャツに腕まくりをしたパーカー。下にはジーンズを穿いている。
な? 普通だろ?
俺と利家さんは車から降り、廃ビルへと向かった。
何やら不穏な雰囲気漂う男たちのいる入口は避け、裏口を探した。
「今回の依頼は隠密性を重んじたいんだよな。だからこそこそしちまうけど我慢してくれ」
それに関しては俺も望むところだ。
派手に暴れて顔が晒されるのも嫌だからな。
廃ビルの中は、意外に荒れている様子はなかった。
ガラスは割れ、ところどころコンクリートがむき出しになっているところもあるが、どうにも掃除したように見受けられる。廊下の端に集めらているのだ。歩道の空き缶や吸い殻なんかも、掃き掃除をされていればこんなものなのかもしれない。 1階の廊下を歩く2人だったが、どこかに向かうような明確な目的地があるようではなく、俺は相変わらず利家さんについていくのみで、肝心の利家さんは何かを探すようにいろんな部屋を覗いて回っていた。
ドアを開け放ち、その反対側のドアも開け、どんどん部屋の中身を見て回る。
「何か探すことが、今回の依頼なんですか? 利家さん」
「ああ。まあ、物じゃないけどな。人だ。この廃ビルの中に人間が捕らわれているんだよ。それを助け出すのが俺の仕事ってわけ」
「そうですか。っていうか、そんな人質が、こんな1階みたいなずさんなところに閉じ込められてるんですか? もっと階を重ねたところとか、あるいはボスの近くとかじゃ……」
「大事なのはその捕らわれのお姫様に逃げ出されないことと、俺みたいに助け出しに来た人間に見つからないことだから、階数は関係ないんだけどな。しかし、その通り。ボスの近くとはいかないが、監視しやすい場所に閉じ込めておくのがベストだな」
お姫様と言ったか?
ならば依頼主はその女性なのだろうか。いや、人質の身で、敵地から連絡をとれるとは考えがたい。やはりその女性の関係者といったところだろうか。
まあ、そんなことはどうでもいいんだろうけど。
「じゃあ、こんなところでうろちょろしてる場合じゃあ……」
「まあそうなんだけど……あ、おい陽、入ってみろよ」
話を逸らされ、言われるまま呼ばれるままに入ってみると、そこには豪奢な作りの調度品が並べられていた。 これまで見てきた部屋には調度品すらない悲惨なものばかりだったためか、ここだけがなんだか異様な空間のように思える。
「テーブルに椅子、花はないが花瓶や書棚まで……結構な御趣味だことで、これは。このビルの持ち主の趣味なのかな」
高そうなテーブルをバンバンと乱暴に叩きながら嘆息する利家さん。
この人は他人の物を大切にするとか、高いものには気をつけようという気遣いがないのか。はなはだ疑問である。
しかし、入った瞬間からおかしな部屋だと思った。なんだか異様な雰囲気がまとわりついている。
今までの部屋は、捨てられてから誰も立ち入っていないような、忘れ去られたような感覚があったが……。
「ほら、見てみろよ」
そういうと、利家さんはテーブルの上に指を置き、スーッと這わせて、その指の腹をこちらに向ける。
「いくら高そうだとはいえ、ホコリ1つないってのはどうなんだろうな」
そうか。
この部屋の異様さはそこか。
他の部屋は、人間が使った気配すら認めることができなかった。どこもずさんで、悲惨で、凄惨なものだった。
人間がほったらかしにしたものだった。
しかし――
「ここは、最近に人間が使った形跡がある」
この廃ビルには珍しいことだ。
ということは、この部屋には、この廃ビルに溜まっている連中の内、誰かが普段使っているということになるのだろう(下っ端か、幹部か、ボスかはわからないが)。
「まあ、それはまたこれから調べていけばわかることだけどな」
言いながら、利家さんは部屋から出ていこうとする。
だが俺は、立ち止まったままだ。
ザコキャラや幹部連中が、こんな物を使うだろうか。偉そうにふんぞり返っているやつにこそ、この家具は合うのではないか。
ボスか……。
しかし、人が使った形跡があるとはいえ、さほど頻繁に出入りしているわけでもなさそうだし。
と、そこで……
「お前! そこで何やってる!」
扉の外から荒々しい声が聞こえた。
これは、利家さんのものじゃない!
「利家さん!」
俺は室内から出入り口へと駆け出す。
利家さんは見つかったのだろう。だとしたら彼は、隠密性を期すために相手を制しにかかるはずだ。
その拳をもってして。
本意ではないが、俺も加勢しなければ!
俺は出入り口まで駆け寄る。
が。
瞬間、この部屋からの脱出路を絶たれた。外側からバタンッと、扉を閉じられてしまったのだ。
「と、とし――!」
叫ぼうとすると、扉のすりガラスに影がぶつかった。利家さんだ。
俺は扉を思い切り押して開放を試みるが、それは、利家さんの声によって遮断された。
「陽――お前、このまま別ルートを行け」
「え?」
普段よりも抑えられた利家さんの声。
そのトーンが、俺を落ち着かせる。
「二手に別れるぞ。そこにはもう一つ、扉があるはずだ。そこから出ろ」
「でも、利家さん――」
「あいつのこと、頼んだぞ……」
それっきり、利家さんの声は俺へと向けられなかった。
ご無沙汰しています、NOTEです。
個人的に忙しい日が続いてしまって、あまり更新できずにいました(知らねーよって感じですが)。
さて、今回になってやっと動き出した2人ですが、いきなり別れてしまいました。
漢字としては「分かれた」が適切なんでしょうけど。
同じと言えば同じですよね。
言葉遊びが好きな本人ですが、そこは割とズボラです。
さて、次回予告というかこれからの予定なのですが……
あの人が出ます。