23話.中華が一番!
もうそろそろ昼が近付いてきた。
昼には賢や智里も帰って来るだろうとの予測は変わらず、それまでに食事の材料でも買い出しに行こうかと言ったら、
「私、豪華なものが食べたいなー」
らしいので、いつものツインテールに結んだ彩と一緒に近くのスーパーへと来ていた。
「あ! ねえねえ陽ちゃん。卵が安くなってるよー」
「そうだな。朝使った時、もう少なくなっちゃってたし……買い足しておくか」
「やったー」
「いや、なんで卵で喜ぶんだよ」
「え? あ、ううん。私に陽ちゃんが同意してくれたから、なんか、嬉しくなっちゃって……」
あ……そう。
でも、安かったら買いたくなるのは消費者として当然の至りだとは思うけどな。
「お前も、経済の授業を受けたらわかるって」
「私、経済とか、政治とか、そーゆーのは嫌だなぁ……。なんかまどろっこしそうだし、難しそうだし、よくわからないよ」
「大丈夫だって。俺だってよくわからねえし。まどろっこしいし、難しい。けど、こうして役に立ってるだろ? 役に立たないこともあるし、活かしきれないものもある」
俺は……まあ、活かしきれてない人間なんだけど。
どの道社会で何年か生きる内に、自然に染みついていくもんだとは思うけどな。まさかずっと知らないままってわけにもいかないし。知らないは知らないなりに、浅く感じてる程度で構わないだろう。
「ねえねえ、それよりもさ」
彩がこんな会話に興味を持つはずもなく。
予想通りに話題を変えてきた。
「お昼は何を作るの?」
「ん? ああ……どうしような」
「まだ考えてなかったの!?」
「そうだなー。食材を見て考えようかと思ってたんだけどな。いざ来てみると、決まりかねるものだなぁ」
「なにを感慨深そうに言ってるんですか。ようは何も考えてないってことじゃ~ん」
「そう言うなって。できることなら、お前だって何か食べたいものでも言ってみろよ」
そう振ると、彩は「う~ん」と首をひねる。
「改めてそう言われると、浮かばないよ……」
「ほらな。やっぱ同じじゃん」
「むっくぅ~。陽ちゃんに言われたくないよっ」
言って、頬を膨らませる彩だった。
あからさまに子供っぽいなこいつ。背も見た目もあいまって。
しかしどうだろう。
なぜかツインテールって、女の子を幼く見せてしまう感があるよな。昔からやってたから気にしなかったけれど(何かポリシーでもあるのだろうか今までと訊かなかったな)、今の年齢で彩を見てもちっこい(年齢的に)と考えるのはそんな髪型も関係してるのかな、なんてどうでもいいことを思った。
話を戻す。
その後も何分か、食材のコーナーをぶらぶらしてみたけれど、思いつくことができずにいた。
「例えばさ、具体的にこれが食べたい、とかじゃなくて、こう……何系とか何料理とか、なんかないのかよ」
「そー言われてもぉ……」
「浮かばなかったらカップ麺な」
「あ、あぅ……!?」
ここまできてついに面倒になってきた俺が妥協案を提示すると、彩はそんな風に頓狂な声をあげた。
犬かこいつ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。えっとぉ~…………朝はフレンチだったし……陽ちゃんのことだから、和風なんて言ったらカップのそばとかにされかねないし」
カチン。
「今なんつったぁ?」
「わわわっ、なんにも言ってないよっ」
「はいごーぉ! よーん! さーん!」
「わわわっ、そんなの聞いてないよっ」
「ほらほらっ。そんなこと言ってる内に、時間はどーんどん過ぎちゃうぜぇ。はいにーぃ! いーち!」
「中華!」
俺が最後まで数え終わるその前に、彩は答えを出した。それ程大きな声を出したとも思えなかったが、答えを出した彩はなんだか顔に疲れの色を見せていた。
肩で息するほど思考したのか。
「中華、ねえ」
「い、いいでしょ? 中華。餃子とか、ラーメンとか、青椒肉絲とか」
大衆料理かよ。
「ってか、選択肢の中にラーメンが入っちゃってるじゃん」
「もうこうなったら、カップ麺も覚悟の上だよ」
「捨て身だと!?」
その上で、焦ったせいで、今まで思考した意味がなくなることにさえ気づいていない。
切羽詰まり過ぎだろ。
「もういいよ、この際もうわがまま言わないから。何か作ってくれるだけで我慢するから!」
「なんでそんな必死!? ああもうやめろっ! その姿がもう痛い!」
とはいえ。
彩が言うように、中華にもいろいろ、それこそよりどりみどりに様々あるからな。
結局のところ、迷うけど……
「あ」
と。
俺の脳内に一つの案が浮かび上がった。
必要な材料とこれからの食事に使いそうなものをあらかた買い、自宅へと戻った。
着くや否や、俺は自分の部屋にあるまだ紐解いていない荷物……その中でも、一番押し入れの奥に突っ込んでおいたダンボールを取り出す。
「何探してるの?」
後ろからは彩の不思議そうな声が飛んできた。俺はダンボールの中身に手を伸ばし、目当てのものを誇らしげに彼女の目前に曝す。
「じゃーん」
しかし彼女の反応は、
「何それ」
あっさりしてんなあ。
「石釜だよ、石釜。ちょうど四人分ある。しばらくは使わないだろうとしまっておいたけど、ここでご登場とはな。これで石焼きビビンバでも食おうぜ」
「ほ、ほんとぉー? わーい。ビビンバだぁ」
「はっはっは! さあ、食うぞー」
「おー」
そんなノリで、昼食はビビンバとあいなった。
「ねえねえところで陽ちゃん」
「なんだ? 彩」
「ビビンバって、韓国料理じゃなかった?」
「…………………………あ……」