22話.アイドル
なんだか知らないが、休日の午前中というのは、なんとも時間の流れが遅く感じる。
そういえば春休み中は俺、あまり彩と話すこともなかった。会うことそのものがほとんどなかったのだ。春休み中のあの邂逅も、だから割合珍しい事だったかもしれない。
まあ、おかげで昼食をおごらされたのは痛かったけど。
それでも妹分だと思っての事ならば、それも許せようというものだ。これが馴れ馴れしいだけのウザい幼馴染だったらおごらなかっただろう。
あ、別に智里の事じゃないけど。ウザくありませんもんね彼女は。
はい、まったくもってその通り、かわいらしい幼馴染に囲まれて幸せいっぱいでございます。
ともかく。
彩も俺も着替えが終わって(彩は他にも女の子としてのケアがあるとかなんとか)、またリビングに集まった頃。
益体もない会話が、そこで繰り広げられていた。
「そう言えば陽ちゃん。お昼は何にする?」
「今朝食を食ったばっかりだろうが……。なんでそんなに食い意地が張っていられるんだよ」
「人間の欲求に忠実に従ってるまでだよ。そんな事言ったら陽ちゃんだって、アイドルを見た時にはめちゃくちゃにコーフンしちゃうくせに。それとおんなじだよ。おんなじ」
「やめろ。まるで俺が欲求に従って興奮しているみたいな言い方じゃねえかよ、それじゃあ」
「違うの?」
「当たり前だ。っていうか、そんな誰も彼もが忘れ去ったような設定を掘り返すな」
「でも、そう言ってたじゃん。メールの着信音だって、陽ちゃんはその熱狂的なファンの結城萌花ちゃんなんでしょ?」
あーはいはい。その通りですよ……。
そんな会話、あんまり出てこなかった上に久々だから、まるで知らなかった人間だっているだろうさ。
あえて言おう。ズバリ、9話参照だ。
ちなみに。メール着信音は1話の冒頭参照。
あのメールの声が結城萌花であることは、今初めて明かしましたけど。
「でもおい、彩。そうなると、俺が性的対象として萌花ちゃんのことを見てるみたいじゃないかよ」
「違うの?」
「当たり前だ! 萌花ちゃんは俺の心のオアシスなんだぞ! 萌花ちゃんは甘い物が主食でしかなければトイレにも行かないの! アイドルとして生まれ、アイドルとして生きるの! それが結城萌花その人なの!」
「…………」
「あ、ごめん」
思わず怒鳴っちゃった。
恥ずかしい。
「じゃ、じゃあ……お前にはいないのかよ。ファンになってるアイドルの一人くらい、誰でもいるだろ」
賢はいるかどうか微妙だけど。疎いわけじゃないと思うんだけどな、そういうの……。恋愛関係にならない対象には惚れないとか、そんな現実主義っぽい。
「私は、まあ、いるけど……。例えば、リリーズ事務所の山風潤一くんとか」
「山風潤一? あの『桜より男児』の? へぇ~。お前って、ああいうカッコいい系の男子が好きなのか?」
「う、うん。あ、でも、もちろん理想のタイプと好きなタイプは微妙に違うし、潤一くんに告白されたら付き合うとか、そ、そういうことは言わないけど……」
「? なんでお前焦ってんだよ?」
「だって恥ずかしいじゃん。本気でファンになってるアイドルについて語るなんて……」
「ああ、まあ、そんなもんかな?」
むしろ話したいもんなんじゃないの? 自分の彼氏を紹介するようなノリで。楽しげに、いっそ自慢げに語れるもんじゃないのかな。
潤一くんってば○○が好きなんだよ~。ちょ~カワイイよね~。
みたいな。
どうでもいいけど。
人それぞれだろうし。
それはそうと……。
「賢と智里のやつ、遅いな……」
時計を見ると、もう昼に差し掛かっていた。何時間不毛な会話をしていたんだ、という疑問を除けば、脳裏に浮かぶのは二人の帰宅時間と安否である。
「少しは飯を作る方のことも考えろよな」
「そうだよねー。参考書を選ぶにしたって、昼までかかるわけないよね。あ! もしかしたら……」
「な、なんだよ……」
いきなり神妙な顔つきになる彩に、少し背中をゾクッとさせられる俺だった。
俺だって考えていなかったわけではない。
二人に――もしものことなんかあってみろ。想像するだに恐ろしい。
最悪のケースということだって、あるんだ。相手側が悪いかもしれないにしても、巻き込まれる方に罪はないにしても、それは仕方のないことなのだから。
でも……いくらなんでも、それを言っちゃいけないだろう?
こんなところで、そんな縁起でもないこと、考えるだけでも暗くなるのに……彩はそれを言ってしまうつもりなのだろうか……。
「やめろ、彩。それ以上言うな」
「だ、だって陽ちゃん。そんなのあんまりだよ。もしそうなら……私たちはどうなるの?」
「俺たちは、それでも前に進まなくちゃいけないんだ」
「やだよ……私、私そんなの耐えられないよ。いつだって……いつだって一緒だったのに」
俯く彩の顔には影が差していた。悲しそうな瞳が、次第に潤んでいくのがわかる。
よっぽど二人が大切なんだな、なんて穏やかになってしまっている自分がいるが、切り替えて、俺は彼女へと明るく言う。
「ま、そうだと決まったわけじゃないし、もっと明るくしてろって。そんな顔、お前には似合わないんだからな」
「え? う、うん。そうだね。そうだと決まったわけじゃないもんね。いつも一緒だったんだもん。二人して先に行っちゃうわけないもんね」
「当たり前だ」
「よかったぁ……」
胸に手をあて、彼女は安堵の表情を浮かべている。
「私、まだあの映画見てないから、先に見られちゃったらどうしようかと思っちゃった」
………………。
「……は?」
イマ、ナンツッタ?
「今度ね、潤一くんの『桜より男児』が映画化したんだ。いつもは一緒に行ってたのに、待ち切れなくて二人で行かれたら、私どうしたらいいか……」
「…………」
映画?
潤一くん?
それ、山風潤一のこと? そらそうだよね。俳優もやってるもんね。
「ん? どうしたの? 陽ちゃん……」
「え!? あ! いや、べ、別になんでも、ないよ? え、映画ね。映画だもんね。潤一くんだもんね。あは、あはははは」
思わずマイナス方向に考えが及んじゃった。
恥ずかしい。
………………。
「ってバカヤロウ」
ポカーンッと。
近くにあった、やけにかわいらしいスリッパ(彩の私物)で、軽く叩いてやった。
紛らわしいんだよ。
本当にご無沙汰をしてしまいましたNOTEです。
約半月も空けてしまって、申し訳なく思います。
サボっていたというわけでのないのですが、忘れかけていたのは事実です……。
さて、余談は短く(謝罪をたっぷりやれって感じ)、この更新していない間にもお気に入り登録してくれた方がいてくれて助かります。
書いている以上は、できるだけ多くの人に読んで欲しいというのは、書き手の願いですから。
今回のような生産性のない話でも、読んでくれれば幸いです。
難しくなく、だからと言ってくだらなくもない展開を、これからも繰り広げていただくよう、陽たちには頑張ってもらいたいものです。
昼夜の感覚が逆転しがちのNOTEでした(知ったことじゃないけど)。
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