21話.いばら姫
まどろみの中、斜めに差された朝日で目が覚めた。
昨日、疲れたからと早く寝てしまったのが原因らしい、早い時間だった。
「土曜日だっけね……」
入学式、新入生用の部活動紹介の日が続き、今度は土曜日。入学式があってすぐに休日に入るなんてことに、教師陣に対して怠慢を感じたが。
まあ、休日を与えられる側としてはありがたいけれど。
「…………」
上体を起こし、ベッドの上でしばしのぼんやりタイム。
こりゃもう日課だ。
しかしながらいつまでもそうしているわけにもいかないので、
「それに暇だし」
たまには早く起きることにする。
っつーか、考えてみればここに越してきて初めての休日だな。とかなんとか考えつつ、自室のドアを開けて洗面台へ移る。と、その途中、4人でシェアしているリビングでは、彩がソファの前の地べたにちょこんとだらしなく座り込み、眠たそうな目でテレビを見ていた。
「あ、陽ちゃん。おはよー」
「おはよ。お前、休日はいつもこんなに早かったっけ?」
「ううん。いつもはねー、昼までおねむだよ……」
間延びした声で答える彩。
さすがに顔は洗ったのだろうが、まだまだ眠いのか髪はいつものツインテールではなく、ストレートのままだった。
ふうん。
いつもはくくってるからわかんないけど、こうして見ると彩の髪も長いんだな。まあ、くくれるくらいなのだから長くて当然か。
いやまあ、こうして見ると……。
「かわい」
「え? 陽ちゃんなんか言った?」
うっかり呟いては見たものの、面と向かって言うのはさすがに気恥かしいので「なんでも」と捨てて洗面台へ行き、張った冷たい水をバシャバシャと打ちつけた。
リビングへと戻ると、彩はさっきの状態から、くてんと寝っ転がってしまっていた。
おいおい……。
「眠たいなら寝てりゃいいじゃん」
俺はソファに(もちろん、ソファの上に、だ)腰かけて、下に転がってるちっちゃい身体を揺さぶる。
彩は横向きに寝て、まっすぐ前へ突き出した両手を地面にパタパタ叩く。
「えー。だってぇ、おなか減ったしー」
「朝メシ食ってなかったのかよ」
「だってだってぇ、めんどいんだもん」
「だってだってを連発するな。小学生かお前は」
「へんだ。もう高校生ですよーだ」
こいつ……。高校生になったからっていい気になりやがって。
「大体なぁ、彩桜学園なんて平均ラインをひた走る偏差値のところに、どうやったら落ちるんだよ」
「うーん。裏口入学交渉に失敗したとか?」
「そんな言葉を覚えるな」
これからもっと覚えるべきことがあるだろう。
それに、その発言からしたらお前が裏口入学交渉に成功したみてえじゃん。
「やだなー。墓穴掘るようなこと言わないでよー」
「この場合、墓穴掘ってんのはお前だよ」
揚げ足を取る、だろうが。っつか認めやがったか? 今こいつ不正に学歴を獲得したことを認めたのか?
そんなわけないか。
抜けてるとはいえ、そんでその上ボケてるとはいえ、彩桜学園に入るのに苦はしないだろう。間抜けでもボケでも天然でも入れる高校。
楽園だな。
「陽ちゃーん。おなか減ったよー」
「わーかったから騒ぐな。そうだな……フレンチトーストでも作ってやるから。ちょっと待ってろ」
「ほんとぉ!? わーい、フレンチだぁー!」
はいはい、と言って俺はキッチンに入る。
今のところ――ここに引っ越しての話だが、このキッチンに入ったのもポットの中のお湯目当てとか冷蔵庫の中のジュース目当てではない限り、料理目的では俺だけのように思う。
誰も作らないのかよ、ここんちは。
「ぼやかないぼやかない~。余に尽くすのじゃ。余はおなかがすいたぞよ」
「へいへい」
うるさいから早く作ろうか。
しかしまあ手間のかかる料理というわけでもないし、ちゃちゃっと作ってしまったのだけれど。
と、ここで気づく。
「おい彩。そういや、賢や智里は? まだ部屋か?」
規則正しい習慣をよしとし、生活に根づかせている少年少女たちが、今日に限ってまだ夢の中というわけでもあるまい。
気を利かせて残り二人の分も作ってやろうかという都合上、起床情報を確認しておくことは重要だ。
「うゃ? ああ、あの二人はねえ、お揃いでどっか行っちゃったよ」
は? お揃いですと?
あの内気な賢と?
あの勝気な智里が?
「あーやしーな……」
「でしょでしょ~? 私もそう思って訊いちゃったわけなんだよねえ」
「で、その結果は?」
二枚目を焼き始めようとした手を止める俺。
結構気になる話題だ、当然、火も止める。
テレビの音をわざわざミュートにするあたり、そこに気になる展開を期待してもいいのだろうな。
彩はソファの上に立った。そして智里の立ち振る舞いをまねでもしているのか、手を腰に当て上体を前に倒し、もう片方の手でこちらをビシッと指さす。
智里の口調で、彩は言う。
「ちょ、ちょっとやめなさいよ彩。これは本当に、そ、そんなんじゃないんだから!」
無意味に似てる。
すげえ。
ちょいビビった。本物が来たのかと思っちゃった。
台詞が終わるや否や彩はふう、とソファにへたり込んだ。
疲れたらしい。
疲れるほどやるかぁ? 普通。
お笑い芸人でもあるまいし本腰を入れるなよ。
「てなわけで、なんだか賢ちゃんの参考書選びの手伝いらしいよ。マダム智里は」
ソファに仰向けになったままの彩は、言葉を宙に投げた。
マダムて。内心つっこみながら二枚目のトーストを調理にかかる。結局、あいつらの分は取り越し苦労に終わったようだ。
「でもまあよくあることだろ、学生にとっちゃあ、参考書なんて。誰しもが通る道だよ」
「でも私、まだ買ったことないけど……、はぁ。私も買わなきゃいけないハメになるのかなあ」
「賢でさえ買うんだからな。いや、違うか。賢は『真面目に勉強くん』だから買うんだろうな」
「なに? その商品名みたいなあだ名。陽ちゃんはテキトーなんだから。どうせ陽ちゃんの場合は、参考書を買ったことなんかないんでしょ?」
「あったりめーだ。参考書なんか買わなくてもな、生きていけるんよ。世の中は」
参考書を買った賢に教えてもらえばいいんだからな。
「陽ちゃん頭いいね」
「クレヴァー陽、とでも呼んでくれ」
「あだ名からしてダサさがにじみ出てるけど」
マジでほっとけ。
まぁいいや。
フライパンから焼いたトーストを皿に移す。これでも食って爽やかな朝を彩ろうではないか。
「できたぞー」
と、俺は両手に皿を持って彩の待つソファへと向かう。
近づきつつも見ると、さっきまでソファに沈んでいたちっこい体躯が完全にぐったりしていた。
「すぴー」なんて寝息を立てて。彩は寝入っていた。
このガキ。人にメシ作らせといて自分はだらけるとは、いい身分だな。
こちとらその立ち位置がぜひとも欲しいよ。
いつもならツインテールの片方を引っ張るところだが、今回はそうもいかない。ストレートだから。
っつか、眠かったら部屋でもっと寝てるよな、こいつの場合。俺が家に遊びに行ったときだって(賢や智里と共に)、こいつは眠いからという理由で着替えもせずに眠っていた。
俺らは何のためにここに来たのだろう、なんて疑問を誰しもが抱いた日のことだ。
でもリビングに来てまでこんな状態というのは……。
ははん。
「お前、寝てないだろ?」
しゃがんで言う俺の言葉に、彩の眉はピクリと反応した。わかりやすいやつ。
なるほど。要は、お前も暇なんだな。
『陽お兄ちゃん』に構って欲しくてそんな事してんだな?
「さっさと起きろよ。冷めるとおいしくなくなるぞ」
起床を促して自分も席に着こうとすると、
「お姫様は眠ってしまいました」
彩はむにゃむにゃ、を交えながらゆっくり語り出す。
「お姫様は一生ここで眠り続けてしまうのでしょうか? と、その時、王子様がその近くを通り、お姫様の美しい寝顔を横で見ながら言いました。『おお。なんと美しい姫だ』と」
ご丁寧に、少し声を低くして王子様の台詞を言う彩。
なんだよこの展開。
このままいくと最後には……。
俺は再度、眠る(振り)の彩の顔を間近で見られる位置に陣取った。
なんだろう。
胸が高鳴る。
「王子様は、『私のキスで、永遠の眠りから覚ましてあげよう』と言い、徐々にその唇を、眠るお姫様の顔に近づけました」
俺は彩の語りの中、王子と同様に自分の顔を、彩の顔に覗き込む形で近づけた。
「そして王子様は、お姫様へと目覚めのキスを――」
「――しねーよ。バーカ」
耳元でそう言ってやった。
「もうっ! 陽ちゃんのバカ! なんでこのロマンティシズムがわからないかなー」
「バカやってないで食えよ」
俺はさっさと朝食を並べ、その前へと座る。
「陽ちゃんのバカー。甲斐性なし。意気地なしー」
ハイハイ、なんて受け流す。
それにしても、あのまま続けていたら、キス……しちゃってた、よな?
そのつもりだったのか……?
久しぶりの日常パートを描きました、NOTEです。
随分とご無沙汰な更新となってしまいましたが、そこそこ、そりゃーもう本当にbottom(底)ではありますが、読んでくださっている方、また、お気に入り登録して下さっている方、本当にありがとうございます。励みになります。
ほんの軽い気持ち、一円玉よりも軽微な気持ちで書き始めたこの作品を、これからもよろしくお願いします。NOTEでした。