18話.疾走
この話は元々、作者のなんの思慮もないアイディアから生まれたもので、実はというとこんなにも続くものだとは思っていなかった。
深く掘り下げようと頑張ったものでもなければ、長くやろうと勢い込んだものではなかったはずなのである。
だからと言ってどうする気もない。
こんなことをいきなり、しかも作者でなく主人公の俺の口から言い出したからと言ってこの物語を閉じようというものではない。そんな気は毛頭ない。到底浮かばない。
むしろ続けたいのが、現状だ。
結局のところ何が言いたいかというと、この話にそこまでのストーリーの深さを要求されても困る、ということだ。
ちょっとした箸休め。
少しばかりの小休止。
その程度の認識で見て欲しいだけなのだから、これから始まる武闘派な展開にどんな結末が待っていようと、それは作者のその場の思いつきなのだと、最初から何も考えていなかったのだと、理解していて欲しい。
電話の主は、わからなかった。
あの後、露原のやつに声をかけ、彩には「遅くなる」と言って校舎へと駆け出した。
走っている内に露原へ電話の流れを話し、心当たりを聞いてみるも空振り。
しかしそれは、単に「そんなやつは知らない」と言われたのではなく「恨みは山ほど買った」というものだった。
話して歩いていたこともあってか、俺たちは幸いにも校舎からそれほど離れてはいなかった。これならいくらもかかることなく到着できる。
「なあ」
走りながら、露原は話しかけてくる。
「ボクは、駄目な人間だよね」
彼女は、いつ何時でも俺に向けていた笑みもなしにそう言った。
「明らかにボクのせいなのに、君たちを巻き込んでしまって……」
「そんなことない。お前はただ恨まれているだけだ。お前のせいじゃない。誰のせいかと言えば、恨んでくるやつらが悪いに決まってる」
「そんなこともないだろう。恨む人間に非があるなんて思っちゃいけない。大概において、恨まれる人間にこそ原因があるから、恨む人間が現れるんじゃないか」
「それは、中学の時のことを言ってるのか?」
「…………」
沈黙。
彼女はそれきり、声も上げずに駆けていた。
ちなみに、俺は彼女に、待ち合わせ場所のことを教えてはいない。教えた瞬間、彼女は俺を置いて突っ走ってしまうことだろう。
自分の責任だから。
自分が原因だから。
相手が彼女に、何を要求してくるのかはわからないから。
だから、彼女を一人にしてしまうのは危ない。
それに。
相手の目論見がわからない以上は、俺も深く反論することはできなかった。
それは俺に、彼女を責める気持ちがあるわけではない。下手なことを言及してしまうと、下手なことを追求してしまうと、それこそ彼女を傷つけかねなかったからだ。
とにかく俺は、走った。
走って、走って、走った。
走って、走って、止まった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っはぁ……はぁ」
疲れた。
だからと言って、止まるわけにはいかない――はずなのに。
止まった。
「お、おい、どうした?」
それほど距離が開いていないとはいえ、ここまで全力疾走をすることなどあまりない。帰宅部であるということを念頭において考えてみろ。ほとんど皆無だ。
「止まってる場合じゃないぞ、陽」
息切れなど一つもすることなく、露原はこちらを見ている。俺が止まったことに少々タイムラグあって気付いたためか、俺とは数歩分離れて、振り返っている。
しかしその場でたったったと足踏みしていることからも鑑みるに、まだまだ余裕なのだろう。
さすがは女子バスケ部のエースだ。
「露原――」
「湊だ」
凡ミス。
こんな時でもそこにこだわるのかこいつ。
「それよりも陽、こんなとこで立ち止まっている場合ではないだろう。智里ちゃんがピンチだという時に、君は何をヘタレているんだ」
「そうだな……わかってる……」
「わかってるなら――!」
「なあ、湊」
彼女の言葉を無理矢理に遮って、俺は言う。
「場所を教える」
あいつら……許さねえ。
なんて、怒り心頭だったさっきとは違って、今は頭が冴えてきた頃だ。考える。
とりあえずはじゃあ、なんで『あいつら』なのか。
犯人は、確認しているだけでも、電話をしていたやつ一人。
いささか難しい発想ではあるが、智里一人を縛り上げるのは無理ではない。彼女に格闘スキルなんてないし、いきなり襲いかかられでもしたらそれだけで無力だ。
だが、襲いかかったとは考えられないのだ。
智里は俺と別れる際、
「遅くなる」
と言っていたのだから。
おそらくはあらかじめ彼女を呼び出しておいて、そこで自由を奪った。
その場合だと、校舎内というのは明らかにまずい。人目につくし、運が悪ければ教師連中に見つかっておしまいだ。
ということは、外だ。
校外は校外でも、高校の敷地内――例えば、そう。裏庭の、人目につかない木の陰だとか。
いや、智里からしてみたところで、そんなところの呼びだすなんて怪しい、とか思ったとは思う。
しかしもし、相手が相当の役者だとしたら……例えば、変にもじもじして赤くなっていたりしたら、しかもそれが男子だとしたら――女の子からすれば、それは愛の告白なのだろう、と予想することは難しくない。
むしろそのように思わせたのだ、と推測する。
たく。
頭脳労働は俺の分野じゃねえってのに、賢のやつ、あとでなんかおごらせてやる。
ハタ迷惑な逆恨みだろう。あいつからしたら。
早くも、露原湊は辿り着いた。
私立彩桜学園の本校舎が建つ裏庭のさらに奥――そこには、木造の建物があった。
彩桜学園の校舎は、見てくれは新しい。が、歴史は浅くはないのだ。
数年前。
ここの敷地にあった木造の高校、その校舎は取り壊され、新しいものとされた。その際、校舎の構造や素材と共に、場所も少し移転することにしたのだった。
そのおかげで、校舎を建て替えるどころか土地そのものを大幅に改造することとなったのだ。
建築基準法に準ずるためだ。
単に金が有り余ったからだ。
そのような噂が、着工当時はあったのだが、今となってはわからずじまい。住民連中としてもどうでもよくなったらしい。
ここで強いて明らかにしておくとしたら、どちらも――
建築基準法に準ずるため。しかし金が有り余っているのだから、どうせなら土地ごと。のようなものだろう。
だからというべきなのか、旧校舎の設備の一つ――屋外の体育倉庫も、本校舎とは離れた位置にある。
木造の、ここ最近はまったく手入れもされていない倉庫。
なぜ残してあるのかは未だ不明のままなのだが、そこは本校舎からしてみればいらないもの。ゆえに誰も関知するところではなかった。そんなところで何が起きても、誰も何も知るところではない。
「待たせた」
露原湊は、そんな体育倉庫に来た。
一人で。
「おいおい、露原さん。カレシの方はどうした?」
体育倉庫を背に立つ少年が、生意気な風に尋ねる。
「そんなことはどうでもいいだろう。それより――」
と、露原はざっと見まわした。体育倉庫を取り囲むように、体育倉庫の頑丈な鉄扉に縛り付けた少女――篠森智里を、取り囲んでいるようにいた数名を。
男女混ざって六人程度。
男が三人。
女が三人。
見てみる限り、智里は特に乱暴を受けた形跡もないようだった。彼女は口に布をあてがわれて、制服のまま鉄扉の取っ手部分に縄を通されているらしい。
体育倉庫周辺の六人へ向け、露原は静かに声を荒げた。
「お前ら……何者だ!」
「ふっふっふ……何者だ、ねぇ……そいつはちと酷過ぎるんじゃねえかい? 露原さん」
声をかけた内の一人の少年が答えた。
変声期も迎えたてと言ったところの、未だ幼さが抜けきらない少年だった。
「俺ら全員……あんたとは初対面じゃないってのにさあ」
「なんだと……!」
驚愕に顔を引き攣らせる露原。
「むしろよお、俺たちはショックだぜ。こんなにもあっさりと忘れられているもんだとは知らなかったからさあ……。ほんと、はるか上空から庶民を見下ろす、見下す人間ってのは、そういうものなのかねえ」
嘲るように、少年はそう言ってみせた。
すると、今度はその少年の横にいた少女が割り込んできた。
先程まで喋っていた少年よりは、少し大人びた少女だった。
「あたしら顔、忘れたとは言わせない……!」
知らない人間、そのような人間は大多数いる。
顔を見たことがあるとして。
それは、一つ前の晩に何気なく見ていたテレビや新聞で報じられた顔なのかもしれないし、いつかどこかですれ違った時の顔だったかもしれない。
そんな顔を、人は覚えていられない。
そこまで、人は認識する能力がない。
だが――
「はっ……!!」
露原は、覚えていた。
彼女は、少女の顔を忘れてはいなかった。少年はともかく、そこにいた三人の少女たち……。
かつてのチームメイト――
中学校時代。
共に汗を流し、共に苦しみ、共に全国に行った。
そんな、仲間たちのことを。
いよいよ終息していきますNOTEです。
冒頭でもあったように、別にこのパートがひと段落したら終わるとか、打ち切るとか、そんなことではありません。
本当は後書きに入れるような、そうでなくとも前書きに入れるようなものを話の中に入れてしまってすいません。
この話、そこまでシビアに作ってませんよ、という精一杯のアピールだったのですが、そこ辺りは、実際に読んで下さった皆様の感想にお任せ(丸投げ)します。
感想、評価、レビュー、指摘や意見などが戴けたら感激至極にございます。
第一回とはまったく違うことを言いますが、是非これからも読んでください。
NOTEでした。