16話.受難
ダンッ!と、ステージの上に(おそらくは天井から)飛び降り着地するという荒技かつ妙技を繰り広げた露原湊の買って出た役目とは、いわゆる司会進行だった。
なんのことはない。
ただ出て来て、
「これからこんなようなことをします」と宣言し、
他の部が紹介をしているときは、黙って舞台袖に待機しているのみだった。
「あいつ、なんの為にあんなことしてんだろう」
心の中に湧いて出た疑問を、口に出してみると、隣に座っていた賢も眉をひそめる。
「う~ん。露原さんの場合、元が『お祭り好き』な印象があるからね。ここまでの進行に問題点もないし。ただ、やりたかっただけなんじゃないのかな?」
「そんなちっぽけな願望だけで動くタマか? あいつが」
絶対に何かを企んでいるに違いない。
校内をきぐるみで徘徊していたやつだぞ?
あんなハスキーなパンダがどこにいる、なんて誰にともなく聞いてしまいたい程に目立っていた。校則を一部とはいえ改変させた人間が、不良とは言えないが決して善良でもない人間が、ただ舞台袖で黙っているわけが……。
そう思って、もう一度、舞台上の彼女を見てみると、彼女――露原湊は眠っていた。
マイクを持った両手を下ろし、小さな身体を支える脚を揃え、立ったまま、寝ていた。
「ありえねえ」
つい口に出たが、これが精一杯の本心。
人間の最終点を見た気さえした。
ここまで衝撃的で破壊的なショックは初めてだ。どんなに疲れていても、いやむしろ身体が疲れているからこそ、立ったままの状態で眠るなんてありえねえだろ。
あんなに、泥みたいに深々と……。
「くぴー……」なんて寝息を立てているのがかすかにわかるし。それにわずかだが、薄い色合いの艶やかな唇から、なにやら光るものが流れている。一見綺麗に見えるが、どう言ったところでマヌケ面にしたたるヨダレでしかない。
美少年のように均整のとれた小顔で、スポーティな体つき。
そんな風体で眠る彼女は、とてもこの学校のスターだとは思えない。顔そのものは可愛いものの、飾らない性格は、だらしない女の子としか思えない。
あんなんじゃあ、ファンクラブの子たちだって――
「か~わ~い~い~ッ」
「ねッ、ねッ。写メ撮ろうよ写メ!」
「写メよりよだれ採ろうよ!」
ま、んなわけねえか。
あの程度で砕け散る程の好評を買っているわけではない。
さすが。
他校にもファンが絶えないっていう賢の話は本当なわけだな。
あれじゃ熱中というよりも狂信に近い。軽く宗教でも開けそうだ。
露原教。
語呂が悪いな。
湊教?
いっそ英語にしてポート教、みたいな。
なんだろ……くだらねえ。
「そうか。なるほど」
バカみたいな考えに浸っていると、隣の賢は合点がいったような顔で頷いた。わざとらしいその姿に関わるのは、空気的に少し憚られたが、このままストーリーに関与させてあげないのも可哀想なので、仕方がなく返す。
「どうしたんだ?」
「露原さんを壇上に置いた理由だよ」
「置いた? 彼女が自分から志願したんじゃないのか?」
「本当のところはどうだか僕にはわからないけど、でも、最終的には、それが一番の最善策であり、安全策だったんだよ」
「安全? あの火の玉女に変な暴走を起こさせないためのか?」
「それもあるよ。ああして舞台に置いておけば、当然、教師側からも見えて、管理しておけるしね。言い方は酷いけど」
管理……ね。
まるで物みたいだな。
それも、決して失くしてはならないような宝物。後者の言い方だと、響きはいいのかもしれないが。大事に扱われていても、所詮は所有物……。
「それに、生徒と一緒に並ばせた場合の危険もあるしね」
「ファンが寄ってくるってか?」
確かに、大事な集会の最中だ。新入生もいるというのに、彼女のファンが集まって混乱が起きるなんてことになったら、後輩や校外に面目が立たないからな。いや、面子の問題か。
だからって、あんなに目立つ所で寝入る生徒に対してなんの教育的指導もしないこの学校も、おかしいとは思うけどな。
「あれ? そのユルさがいいんだって、陽、いつも言ってたじゃないか」
「それでも節度は守らなきゃいかんだろ。あれじゃどの道、後輩に面目が立たないじゃないか」
「そうかな。この学校のユーモアさが表れていていいと思うけどね」
「お前は本当に楽観的だよな」
「双子の君が批判できる遺伝情報じゃないと思うよ」
確かに一理ある。
舞台上の露原が眠りこけていて、それについて在校生(主に女子連中)がガヤガヤ騒いでいるのを、ここまで楽観視している俺は十分に、楽天家なのだろう。
「それに、中には露原さん目当てにこの学校を受けた、なんて生徒も、結構大人数にわたっているようだよ」
そうなのか。
そりゃまたまったく……
世も末だな。
女子バスケ部の部活動紹介は、まあ、当然のごとくというかなんというか、露原を抜かして行われた。大会も迫っているという話もあったためか、彼女は睡眠の続行を許可されたのである。
本当に甘いな、この学園。
まあそうは言っても、露原だってまだ2年生だ。3年生にはキャプテンがいる。エースの露原とは違う、キャプテンが。部内の統率も取れていたわけだ。
考えれば、疑問だった。
なぜここまで女子バスケットボール部の中で、露原だけがあそこまで自由にされているのか、それがわからない。
俺たちが体育館に訪れたあの夏の日、露原は、瞬間的で一時的にしろ、練習を抜け、俺たちと話していたのだ。そうは言っても、話すことはなかったのだが。話をする素振りだけでも構わないといった彼女の態度からは、練習を放棄している感はなくても、どこか不思議な気持ちが汲み取れたように思う。
自由気まま――過ぎた。
果たして、練習を抜けても言及されないということがあり得るのだろうか。スターだからいいとか、試合でできればいいとか、そんなんじゃあ、ないと思う。そんな事じゃ、ないだろう。
わからないけど、放課になってから、智里に訊いてみることにした。
「露原さんの立ち位置はね、難しいところなんだよね」
「難しいって、どういう事だ? それ」
「中学校の頃の話をしたでしょ? 彼女がワルキューレと呼ばれた時代の話を」
「ああ。聞いたけど」
「中学校で初期からいたメンバーを使わなかった露原さんのことを、事情を知らない周りの人間たちはもてはやしたんだけど、肝心の、部内での評価は最悪の状態だったのよ」
「ああ、そんなこと言ってたな。プレーヤーとしてでなく、コーチングやマネージング能力も抜群だったとか、なんとか。それでスカウトした人にだけ指導……とか」
これは、賢から言われた事だったか。
「高校ではね、スカウトなんてせずに、ちゃんとバスケ部にいたメンバーをマネージングなりトレーニングなりしていたんだけど……中学校の時のメンバーとの確執が、未だに引きずられたままなんだって」
「女の怒りは恐いもんなぁ。前にお前のショートケーキ1個食べたくらいで、ワンホールのケーキを無理矢理買わされたっけ。しかも複数個も。おかげで向こう3ヶ月、お小遣いが出なかったんだからな」
「そんなの、あんたの自業自得でしょうが」
「いや、あれは万引きで終身刑を言い渡されたもんだったぞ」
「それでね――」
話題を簡単に元に戻しやがった。戻し方は強引かつ下手くそだけど。
「その中学時代のメンバーが、結構な過激派で……。露原さんあての脅迫文も届いたことがるとか」
「そりゃ、穏やかじゃないな……」
こんなに平和な学園を荒らそうとするなんて。気持ちはわかるが、いくらなんでもいきすぎた制裁だろう。
そんな状況を、中学が終わってもずっとやってるなんて。
それこそ終身刑だ。
「それにここ最近になって、ファンクラブのメンバーにまで暴行事件があるみたいで……」
幸い、学園の生徒ではないらしいけど、と顔を伏せる智里。
関係――ないだろうよ。
自分たちのチームを優勝まで導いた恩人を、暴力のような形で痛めつけるのは、あんまりだろ。
「しかも証言者の話では、男も混じっているらしいのよね。だからファンクラブのメンバーも、露原さんに接触する男の人には、厳重な警戒がされてあるらしいわ」
「男……?」
なんでだ?
中学時代とはいえ、露原が所属しているのなら女子バスケットのはずだろう? なんで男子がそこに混じるというんだ……。
わからないけど、そうらしい。
ふと、そこで気がついた。あの、体育館で露原と会った時、額に飛んで来た小さな石つぶて。あれは、もしかして、露原とコンタクトをとった俺に対しての警戒であり警告だったのではないだろうか。
こんな時、賢ならばなにかいい推理が展開できるのではないかとも思って教室内を見回したが、既に生活委員へと行った後だった。
今年も生活委員かよ、あいつ。
真面目なやつだなあ……。
俺あそこ苦手なんだけど。
智里はというとなにか用事があるらしく、今日は遅く帰る、とだけ言って別れた。
「俺も帰るか」
なにかやりきれない思いも持ちつつも、下足棚へと向かうと、
「陽ちゃ~ん!」
近づいてきたのは、ゴミ袋を持った彩だった。
「おう、彩か。進学早々掃除当番かよ。運ねえな」
「同情してくれるんだったら、一緒に帰ってくれてもいいんじゃないかな。これ猛ダッシュで捨ててくるから、ちょっと待っててくれる?」
「んーまあいいか。じゃ、一緒に帰ろうぜ」
「うん! 行って来ます!」
あっているのか外れているのかわからない挨拶もそこそこに、彼女はゴミ置き場へとダッシュしていった。
猛ダッシュだった。
屋内だというのに彼女が蹴った床からは砂埃が舞う程、あるいはどこかのギャグマンガみたいに脚がグルグルの線で表せるんじゃないかというくらいの快速だった。
「あれはギャグ要因だな」
1人ごちて、俺は靴を履き、玄関を出た。
曇り空の下に出たところで「竜崎陽!」とフルネームを言われた気がして、その方向を振り返る。
「やあ、偶然だな、竜崎陽」
そこにいたのは、私立彩桜学園の制服に身を包んだ露原湊だった。そういえば、この姿は初めて見たかもしれない。
ユニフォーム姿で見た感じは、それはそのままバスケ少年、といった感じのスポーツ少女だったが。こうして女子の制服を見ていると、同じショートヘアの同一人物でも、なかなかに印象が違って見えるものだった。ボーイッシュというのは変わらないが、こっちの方が、なんというか、真っ当に女の子しているという印象を受ける。
いささか失礼に値する感覚だとは思うけれど、な。
「いちいちフルネームで呼ぶな」
「他に呼びようがないじゃないか」
「ファーストネームという選択肢はないのか」
意外に視野の狭いスターだった。
「じゃあ、竜崎」
「それはファミリーネームだ」
お前って帰国子女だっけ?
「普通に『陽』とでも呼んでくれよ、露原」
「わかった。それならボクのことも『湊』でいいよ、陽」
ありがちな言い方で、あるいはあまりにも語彙が希薄だと言われるかもしれないが、こうして見れば、こうしていれば普通の女の子だった。
スターとかゴッドとかそんな噂も関係なく、ただ単に周囲から特別視されているだけの、普通の女の子。
彼女は、ここの校風なんか目じゃないとでも言いたげな、ゆるくて明るい笑顔を、俺へと向けていた。
ちょっと間が延びましたNOTEです。
今回はちょっと毛色が違う話になっているような、でも別にそうとは感じられないような、曖昧な仕上がりでしょう。
ええ、別にそんな意識ありませんもん。
しかし誰もが、王道ならばこれからなにやら波乱の展開が幕を開ける不穏な空気を感じずにはいられなかったのではないでしょうか。
いつもいつでもなぜか事件に巻き込まれるというのは、主人公としての宿命みたいなものですからね。陽には頑張ってほしいものです。
寝言のようなバカらしい話を休み休み書いているNOTEでした。
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