8話.空白の空間
智里の両親は、
「じゃあ、帰ろうか、智里」
などと言って、俺や賢、彩、そして娘である智里を大型のファミリーワゴンに乗せて、送ってくれた。
しかし、俺には謎なのだが……。
人生に一度とは言わないものの、大事な一人娘の入学式だぞ。
しかも、智里の両親ほどではないとはいえ、こちらもかなりの親バカだ。
アメリカ並みに家族を溺愛する国ではないが、実の娘に一言でもあげればいいのに……。
まあ。
でもこの場合は、子離れが無事にできたということで、この場を収めてしまってもいいか。
「ねえ、陽」
3列シートの3列目、俺の隣に座っていた賢が話しかけてきた。
「僕、朝から気になってたんだけど……」
「どうした? トイレか?」
「あの、子供じゃあるまいし、それくらいいつでも済ませるよ……」
「あのさ、二人とも。そんな汚い会話を後ろでしないでくれる?」
智里の言うとおりだった。
「いや、真面目な話、どうしたんだよ、賢」
「うん。あのさ……僕、鍵をかけてない気がするんだけど、陽はかけた?」
「は? 今朝は遅れかけてたし、俺が、急げ!って早く出たんだぞ。お前より先に出た俺が、かけられるわけないだろ」
「じゃあ、鍵かけ忘れたよぉ……」
「んなんだってぇ!……と、言いたいところなのだが。だがしかしお兄ちゃん。それはまた『いらぬ心配はござらんよ』ってやつだぜ」
俺が珍しくことわざを披露したと思いきや、
「それは『捕らぬ狸の皮算用』でしょ。意味も違うし。ほんと、バカよね」
辛辣な言葉を放つ智里さんだった。
そこまで言わんでも。未来のことを勘定する意味でなら一緒だろ。
ってか、よく今の語調で訂正ができたな。
尊敬できる。
「まあ、大丈夫だよ。几帳面な賢のことだ。いつもは鍵をかけてるし、俺たちがかけていない時を狙って都合よく――なんて、そんな泥棒いねえよ。取られて困る金品なんかないしな」
「悲しいことだよね、それも……」
まったくだ。
「だけど、心配することもないだろ。そりゃ『見慣れた我が家に入ってみると、そこからは、家具の一切が消え去っていた』なんて結果もないだろ」
路頭に迷うわ。
第8話にして、それは嫌な展開だな。
そら恐ろしい……。
と、車内のそんな会話にもお構いなしに、車はどんどんとボロアパートへと向かっていく。
まあ、いつもがいつも歩いての登校なんだ。
車でそう時間がかかるわけもない。
――にしても……。
運転席&助手席の篠森夫婦は、互いの眼を見ながら談笑している(危険だ!)。
この人たちに限らず、この車内にいる子供たちの両親は、誰もかれもが、未だにラブラブモードなのだ。
まぁ智里の両親の場合、智里にも愛を注いでいるから、家族間で愛があふれる家庭なのだ。
智里は、あまりよくは思ってないらしいけど。
そうこうしている間に、車はボロアパート前に到着。
「ありがとうございましたっ!」
そう言って、俺と賢は急いだ。
盗られないだろ、なんて心配は微塵もないものの、まあ、一応早く見ておくに限る。安心したいためには。
俺たちの部屋は1階だ。
やはりもやはり、先に扉の前に着いたのは俺だった。
玄関の取っ手に手をかけ、ひねる――と。
「開いてる……やっぱ」
これは予測通り。
俺の予測だと、この先は、いつも帰った通りの光景が広がっている――はず!
扉を開けた。
「あ、あ……れ?」
俺は眼を疑った。
見慣れた我が家に入ってみると、そこからは、家具の一切が消え去っていた――。
まるで、最初から誰も住んでいないかのように、空っぽの空間だけしかない。
「こ、これは……」
気がつくと、隣には賢が来ていた。
賢は息を切らすのも忘れ、目を丸くしていた。口も外れんばかりに開けている。
この部屋、こんなに広かったんだ――。
なんて、呆けた感想しか浮かんでこない。
俺の知らない空間しか、そこにはない。
当たり前だ。
そこに、何もないそんな所に、俺は住んだことなんてないのだから。
俺がいた所は、家具があって、万年床のように布団が敷いてあって、賢と深夜番組を見ていて――。
「ふっふっふ……」
なんだかいやらしい笑い声が聞こえてくる。住居を失った俺にはどうでもいい話だが、そこはたぶんこの話でのイベント――仕方がなく、声のした背後を振り返ることにした。
「陽ちゃん、賢ちゃん――」
ザコキャラみたいな笑い声を出し、俺たち双子を仲良しなコメディアンのように例え、いかにも「私はボスキャラだ」的な空気を出しているのは、彩だった。
低い背。
新しい制服。
黒い髪。
相も変わらずツインテール。
そんなロリっ子彩ちゃんは、両手を腰に当てて、愉快そうに口元を歪めていた。
いくら目を細めても、大きな瞳からは、敵キャラのような邪悪さは感じられなかった。
むしろかわいい。
ちょっとおませないたずらっ子って感じ。
さておき――
「何を笑ってんだ? 彩」
俺は至極平坦に、抑揚のない声で呼びかける。
「やっぱり、なかったみたいだね、家具……」
「お前、何か知ってるのか?」
「ふふん。『これから一週間、彩ちゃんのお願いをなんでも聞いちゃいます』ってお願いするんなら、教えてあげなくもないけどぉ」
「ウザい」
「ひッ、ひど!?」
彩はビクついて身を縮めた。
「お前こそ、教えないなら、これから一週間、お前のことを全面的に無視することにするけど」
「あ、わ、わわわッ、そんなのやだよぉ~ッ!」
彩は、目にうるうると涙をためて俺にしがみついてきた。
「そんなのないよぅ、陽ちゃ~んッ」
「じゃあ、教えろ。さもないと――」
「う、うわわ! わかったよぉ、教えるよぉ~」
やっぱりザコな彩ちゃんだった。
ということで、1日2話更新です。
NOTEやってます。
さて、今回は、
前からだいぶ開いてしまってる! これからも開きそう! ああ! どうしよ~!
なんて思った次第で、2話目を更新させていただきました。
まあ、1日で何話もまとめ見をしている人からすれば、そんなんどうでもええやんけ、てな具合ですけれどもね。
ぐうたらの称号も、これで撤回したいと考えていますが……さてさて、いつまで持つのやら。
さて、そんな
市立彩桜学園の日常的な日々
ですが、楽しんでくれればありがたいです。
これからも、よろしくお願いいたします。
感想、意見、評価、コメントなどなど、じゃんじゃんジャンジャンくださいませ。