7話.入学式
千変万化する周囲の環境に対応する精神を、望み通りに構築すると言うのは、やはり難しいものなのだろうとは思う。
身の回りの環境は、常に変化し、変遷し、流動する。
諸行無常。
昔の人間なんかは、一人の人生、人類の世界を、そのたった四字でまとめきってしまっているわけなのだけど。
なるほど。
そんな言葉それだけで理解してしまうというのだから、人間って面白い。人生だって、負けないくらいに面白い。
人間ってのは、そもそもが、進化の過程を経て生まれてきた。
科学では、そう述べている。
人間ってのは、そもそもが、神より創造されし尊いものとして生まれてきた。
聖書では、そう述べている。
しかしながら。
言うまでもなく。
科学では、いや、人類の歴史では。
氷河期を乗り越え、巨大生物との戦闘を乗り越えて、それこそ、目まぐるしくめくるめく回っていく環境の変化の中で生存してきた。
聖書では。
失楽園を経験し、罪悪や幸福を経験し、団結し、四散し、時には神より与えられた試練を 乗り越え、託宣に則って、現在まで生存してきた。
環境の変化。
それはもう、人間の遺伝子に、運命の一つとして刻まれているものだと言えるだろう。
生まれ、出会い、暮らし、別れ、働き、苦しみ、楽しみ、死ぬ。
そんな人間としてのサイクルが、その血の、その肉の、その細胞のど真ん中に書き記されているのだと、俺は思う。
出会い、別れる。
人としてのサイクルが、そこにある。
人としてのベクトルが、回っている。
これから彼女が経験するのは――出会いなのである。
それだけだ。
入学式中。
俺の頭の中には、わけもわからない自分哲学が犇めいていた。
「…………」
だって……。
そんな事でも考えてないと、絶対寝ちゃうもん。
こんなさあ、昼間っからさあ、こんな麗らかな陽気の中で、起き続けろっていうのもさあ……眼に対して死力を尽くせ、と、そう言ってるようなもんだぞ。
眼だってね、あなたの体の一部なんですよ?
可哀想だとは思いませんか?
休ませてあげたいとは思いませんか?
こんな気持ちのいいパイプ椅子を提供してもらってなんですけれど、いや、むしろ――だ。
眼に力なんか入るわけないじゃん。
できれば、さっき使っちゃった頭も休ませたいんだけどね……。
「それでは、新入生、退場――」
…………。
新入生たちが列を成して体育館を去っていく。
やっと終わったかぁ――とも思い、背もたれに背を預けながら、前進(退場だから後退かな)していく新入生たちを見ると、そこには、彩の姿があった。
入場の時も見たけど、あいつ――
私立彩桜学園は、制服が特徴的なのも、人気の起因となっている一つだ。
緩やかな校風に、イベントも多く、進学や就職にも困らない上、女子の制服もかわいいときている…………。
こんな高校でスクールライフが送れるなんて、勉強に手がつかない……もとい、学生冥利に尽きるというものだ。
閑話休題。
ここは私立彩桜学園。
彩は新入学生。
そんなわけで、当然、彼女はこの学園の制服を着ているわけで――
高校生には見えない小柄な体躯。在校生席からでも見受けられる白い肌に、大きな瞳。綺麗に黒く輝く髪を二つ左右に結わえている。
そんな姿の彩は、いつにも増して可愛く見えた。
しかも……。
「…………」
こっち向いて、にこっと笑った。
その行為に、思わずどきっと、心臓が跳ね上がったような、胸が躍ったような気がした。
なんか……成長――したのかな、あいつも。などとらしくもない事を考え、自然と口元を緩めてしまう。
後頭部を小突かれた。
「痛えな……」
「なぁににやにやしてんの? お兄ちゃんっ」
後ろの席の幼馴染――智里だった。
俺が彩を見、彩が俺を見ていたのに気付いたのだろう。柄にも実際に呼ぶ機会もないくせに「お兄ちゃん」だなんて……。
照れるじゃねえか、このヤロウ。
いやいや。そうではなく。
とにかく、実際俺は弟である身なので、俺をそう呼ぶ奴は血族にも親族にもいないし。もしそんな奴がいるとしたら、今までに、彩しかいないわけだ。
嫌味のつもりなのだな、そうなのだな。
そして、彼女の一言のせいで、周囲のやつらもクスクス笑う始末……。
羞恥した。
この女……後で覚えとれよ……。
なんか、ウチの両親まで俺の方撮ってるし……。
「…………」
まったく。
変な人間しか集まんないよな、俺の周りも。
「俺がしっかりしているからかなぁ」
「類が友を呼んでるのよ」
なるほど。
放課――と言うのに値するのかはいささか疑問だが、入学式が終わり、放課後となった。
今現在、俺は校舎前へと赴いている。
なんという事はない。
ただ単に、HRが終わってこれからあのボロアパートへと帰ろうというだけの事だった。
「しかしまあ、騒がしいよな、こうなると」
呟いた。
今の今まで――正確に言うと三月の前半からの一ヶ月間程、ここには、俺たちを含める旧一年生たち、そして、一つ先輩である旧二年生たちしかいなかった。
無論、三年生たちが卒業してしまったため。
そして、新入生が入学してくるためだった。
だが今になって、新入生がやってくると、新しい環境にそわそわとした雰囲気の新入生に、新参者の到来を待っていた在校生さえもそわそわして、校内全体としては騒がしい空気になる。
まあ、当然の帰結になるわけだな。
「陽ちゃーんっ」
俺が兄貴である賢と智里と校舎の外に出ると、そこでは彩が待っていた。
まあ、なぜ俺の名前だけをそうポンポンと呼びまくるのには疑問だけど、呼ばれていかないというのは、あまりにも可哀想だったので、三人で近寄って行った。
「ん? あれ? 彩。お前、これから新入生の部活案内があるんじゃないのか?」
確かあれは、毎年恒例行事のはず。
各部活動に所属する生徒が、こぞって新入生を多く獲得しようという動きが盛んになる時期なのだ。
「ああ。あれは明日だよ、陽ちゃん」
「なるほど。それで今日は、あの……火の玉女がいないわけか」
納得。
露原湊。
俺たちと同じ、2年生(無事進級できていれば、そのはず)。
女子バスケットボール部に所属するツンツン少女だ。
……デレの要素がねえ。
いつも、というよりかは一年を通して女子バスケットボール部の宣伝を欠かさないあの火の玉女は、今日は騒いでいなかったからな。
同学年である身ながら、一生関わり合いたくない熱血女子高生だ。
確か去年は、パンダのきぐるみを着て校舎内を練り歩いてたっけ。
「和気あいあいとした雰囲気の、楽しい部活動だよー」
とか、そのパンダの中から、ハスキー気味な声を出して。
なんでパンダなのかは未だに謎だけど。
しかし、『和気あいあい』のキーワードにつられた女子生徒たちが多数入部していたものの、練習メニューのハードさと、宣伝していた当の本人によるスパルタとで、入部した数日後には、ほとんどの者たちがやめていったという。
その上、平日での校舎内のきぐるみも、後で禁止になったのだとか。
馬鹿だな、あいつ。
筋肉バカとか、体育バカとか、そんなものでは、あいつはない。
体育会系の上で、馬鹿なのだ。
俺が、その火の玉女の行動を思い出していると、賢が横から入ってきた。
「その子――露原湊ちゃんのたっての要望で、明日になったそうだよ」
「は? 二年生のくせに、そこまで出しゃばれる立ち位置なのか?」
「陽、忘れたの? あの子、中学生の頃には『ワルキューレ』の呼び名で通ってたんだよ? 天空を駆ける戦乙女。彼女が自分の目で引き抜いた選手たちは、みんながみんな、最強のバスケットプレイヤーにまで成長したんだよ」
「ああ。そんな事もあったって言ってたっけな」
「ワルキューレっていうのはね、陽。元々――」
「ねえねえ陽ちゃん。あっちでお母さんたちが待ってるからさ、早く行こうよー」
「そうだな。いくか、彩。智里も」
「そうね」
いつまでも校舎の前で立ち話もなんだから、俺たちは校門前へと行く事にした。
校門前では、確かに、「お母さんたち」がいたのだが……。
「やあ、みんな久しぶりだね」
「本当に、いつ振りになるのかしらねえ」
校門の前で待っていたのは、篠森智里の両親だった。
いや――篠森智里の両親だけ、だった。
「あれ? 母さん、陽たちの両親と、なによりも、彩の両親がいないんだけど……どこ行ったの?」
智里も疑問に思ったのか、自分の母親に近寄って問うた。
「ああ、あの人たちはね、ちょっとやる事があるみたいだったから……」
やる事?
実の娘が入学式を終えて、その記念写真でも撮ろうっていうのが、親のやるべき事なんじゃないのか?
「いいのいいの。ちゃあんと、色々考えてくれてるんだから」
考えてくれてる……?
パーティでも開いてくれるのかな。
まあ、そうだというのならいいけどね。
「そんな事よりも、ほらほら、みんな並んで。 記念撮影しましょうよ」
智里の母親に促され、俺たちは、『入学式』と、恥ずかしげもなく掲げられた看板(当然だけど)の前に、恥ずかしながら整列した。
なんで俺は、並んでいるんだろう……?
新入生でもないのに。
と、そこで賢が隣に立った。なんだか、いつもより俯き気味で、なぜか陰鬱だった。
「どうした? 賢」
そう声をかけてみると、
「どうせいいんだ、僕なんか。僕の話なんて、誰も聞いてくれないんだから……」
意味不明に呟いていた。
変なの。
と、いう経路もあったが、とりあえずは、記念撮影も無事終了したのだった。
だが、俺はまだ知らなかった。
俺たちが一年間過ごした、愛着のあるボロアパートで……何があったかなんて……。
どうも。最近全く音沙汰なしのぐうたら作者、NOTEです。
序盤に言っていた休日更新というのも、なかなか難しいもので、最近はなかなか進めることができていません。
なんかすいません。
別に言い訳する気も釈明する気もありませんけど(単に何もなかっただけですし)、これからは……まあ……がんばります。
こんなぐうたら作者ですが、読んでくれている読者の皆様(いてくだされば、の話)、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
感想、評価、コメントや指摘などがありましたら、どんどんください。
ぜひ。
いや、是が非でも下さい。