1話.兄弟
「お兄ちゃん! めーるだにょん☆」
う~ん~…………。
暗い瞼の裏を眺め続けながら、俺はまだまだ冴えない頭をかきむしる。目に力を入れ、未だ冷めない目を、いやいやながらもほんのり開いた。
キツネのような薄目で周囲を見回してみても、まだまだ暗いまんまだ。
「なんだよぉ……アラームなんか設定してないぞ……」
人肌(俺の)であったかい布団を、いやいやめくりながら、枕元にある携帯をいやいやとると、
「お兄ちゃん! めーるだにょん☆」
急に携帯がしゃべり出す。
あ、メールか……。
やっぱ俺、寝起き悪いな。ろくに思考回路が作動しないよ……。
自分の育ちの悪さ、どうしようもない寝癖に悪態をついてみても、もう今更直らないんだから仕方がないか……とうとう自分自身に見切りをつけ、お気に入りの声を出す携帯を開ける。
「ん? なんだ、彩からじゃないか……。あいつ、こんな遅くまで起きてやがるのかよ……」
言いながら、暗がりの奥にうっすらと見える壁掛け時計を見てみる。
ん~見づらい……。やっぱ蛍光式の方がいいかな。文字と針が光るやつ。
目をギュ~っと細くして……壁掛け式の丸い物体、微妙にカチコチと機械仕掛けの音を出す、数字が刻まれた、大きいのとちっちゃいのがくるくる回ってる……見えた! 7時だ! すげえ! なんか目が進化した気分!
…………まだ7時かよ。
そういえばそうだった。今日は、春休みの真っただ中。補習もないし部活動にも参加していない人間からすれば、暇を持て余すこと間違いなし。と、ゆーわけで、日も落ちない夕方から不貞寝することに……。
なんだろう、おかしな時間に寝たからか、微妙に頭痛いな……。
自分の行いに後悔を覚えつつ、携帯画面に目をやる――と、あることに気がついた。
……あれ!? この画面の左上にある表示!!
それは、先ほど俺が確認したはずの時刻が正確に点灯している。見てくれ、とでも言わんばかりに。
くそ……。
これ見りゃ一発だったのか……俺のさっきの苦労は一体……。
自分のあほさ加減がほとほと嫌になった瞬間だった。
まあ、いいか……。
と、再び携帯の画面に目を向け、彩から届いた文章を読むことにする。
『陽兄ちゃん、また寝てるでしょ? 何度電話しても出ないし、大体、2人して着信に気づかないなんておかしくない? もしかして、彩の事無視してる?」
まぁ俺は寝てたわけだけど、あいつの事までは知らないよ。
そう、俺は両親が借りてくれたアパートに2人暮らしをしている。同棲ではない。相手は男なのだから。
…………。
いや、だからと言って同性愛者でもないけどな。
俺の兄だ。
竜崎 賢。
それが、あいつの名前。それなりのアパートを借りて2人で住んでいる、同い年の、俺の兄。
そう、俺と賢の間に、大した時間の差なんかなかった。ただほんの少しだけ、賢の方が先に生まれただけ。
俺たちは、双子なんだ――。
「それにしても……」
俺は今まで自分が寝息を立てていた布団の隣を見る。隣接まではしていないが、近い位置にある賢の布団。敷いてはあるものの、そこにはまだ入った形跡がない。まだ寝てはいないということだろう。ということは……飯でも食ってんのかな?
しょぼしょぼした目で背後を見てみると、すりガラスの戸からは明るい光が漏れていた。奥の部屋は台所。やはり夕飯でも食べているのだろう。
俺は腹は減っていないが、あいつの性格だ、俺が起きていることを知ったら「ちゃんと三食食べないとだめだよ」とか言いながら、俺に夕飯をせがんでくるに違いない。
この家での夕飯作りは俺が担当(本当は当番制なんだが)している。賢はまったくと言っていいほど作れない。
前に作ってもらった卵焼き……何を入れたのか、焦げてもいなかったのに苦辛かった……。
そのため、あいつは腹が減ったら俺に「夕飯作って~」とねだってくる。同じ顔からねだられることほど気持ちの悪いシーンはない。
兄が苦労してカップ麺でも作っていることを思いつつ、俺の方は、面倒事に巻き込まれる前にさっさと寝たふりでもしてようか。
布団を被った。
「…………」
思ったとおり、台所の方からはジョボボォ~、とカップ麺にお湯を注いでる音がする。
「…………」
正直不安だな。
あいつはどこかぬけている。
たかがカップ麺なのに全身火傷でも負いそうなほどのドジっぷりだ。
「…………」
急に怖くなってきたな。ちょっと様子を見てみよう。
布団を軽くめくり、俺は台所との境にある戸口へと移動。そして、そぉっと戸を開く。
直接に蛍光灯の光を浴びてしまったせいか、急に目が痛くなったのだが、キッチンの方にはやはり見覚えのある後姿が。どうやら、カップ焼きそばでも作っているようで、今はお湯を捨てている最中、といったところだろうか。まぁ、湯切りで火傷するバカはいないだろうしな……大丈夫か。
兄の安否を確認した俺は、そぉっと戸を締め切り、俺の布団へととんぼ返りを決め込もうとする――が、やはりただではおさまってくれないようで……
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
台所の方から悲鳴が聞こえた。もはや断末魔の叫びとも思えるその声に驚き、慌てて戸をがばっと開き切り、台所エリアへと侵入した。
「どうした賢! 火傷でもしたのか!?」
賢は、キッチンの方へと体を預けてぶるぶると震えている。そして、うわごとのように何かをつぶやき続けていた。
「あ……あぅあわ…………ぼ、僕は……。僕は、だめなんだぁ……」
「け、賢……?」
やっと自力で立った賢が振り向く。その顔からはまるで噴水のように涙がだらだらと流れていた。
「よぅ~……僕は、僕はぁ……。僕は……僕は、どうせだめなんだぁ~……」
「だ、だからどうしたんだよ? どこだ? どこを火傷したんだよ……?」
賢は首を横に振る。
「うぅ……えぐっ、うっ……えうっ……」
「そんなに泣いてちゃわかんないだろ? どうしたんだよ賢?」
賢は、小学生みたいに泣き続けながら、力のこもらない手を懸命にあげ、控え目にシンクの方へと指をさしていた。
なんだ?
彼の示唆通り、俺はキッチンのシンク……排水口の辺りを見ることにした。
視線を送ると、そこには……まだ色もつけられていない麺が無残にも散らばっている。どうやら、湯切りに失敗したみたいだ。
……ん?
「賢、もしかして……それで泣いてんの?」
「…………」
涙を流しながらうなずく賢。
呆れてものも言えない俺。
「ここまで慌てさせといてなんじゃこのオチはぁっ!?」
くわっと目をひんむいて叱った…………。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ。
俺らの毎日って、こんな風に続いていくのかな…………。
「他の作品はどうしたぁ!?」
……などというつっこみを自分自身に投げかけながら、しばらくはこの話を進めていこうという作者です。
ついに壊れました。
最近まで忙しい日々を過ごしていたもので、やっと緊張状態から解放された気分で……。
ほんの軽い気持ちで、こんなばかばかしい作品を投稿してしまっている次第です。
さて、作者も本気でこの作品に取り組む気はありません。
皆さんが勝手に楽しんでいただければ幸いです。
感想や評価をくだされば、なお嬉しい限りですので、どうぞこれからよろしくお願いいたします。
P.S. 時計や焼きそばの話などは、私も本気で悲しんだ実体験のひとつです……。
共感などいただけたら……いいお友達になりましょう。




