第39幕 離反
「虎織！女の方を頼んだ！」
「りょーかい！」
女の方の戦闘スタイルは蓮からある程度聞いている。熱い液状のプラスチックみたいな物が入った試験管が爆発的な速さで飛んでくるらしい。
これに関しては虎織の風の魔術式でどうにかできるだろう。
考えながら男目掛けて突っ込んで行くと黒いモヤに包まれた武器が虎織の方向へと向けられていた
「させるかっての！」
短刀で黒いモヤを切り裂くが手応えが無い。ブラフのようだ。気づいた時にはもう遅い
なんてことは無い。こっちもそういう手は使うしそれぐらいなら予想できている。勢いそのままに振り返りながら短刀を振い後ろから来る攻撃を弾く
「なるほど。やはり貴方は一筋縄では行かないと・・・しかしまぁこれは如何ですかね！」
影が地面から伸びる。多分影の口が開くのだろう。予想通り影は大きく口を開き我輩を飲み込もうとする
「2度も同じ手を食らうとでも？」
我輩は地面を強く蹴り跳び上がり、魔術式を足場にして影を避ける。
魔術式の足場も長くは持たない。というか足をつけたら消えるくらいには顕現時間が短いから次々と魔術式を展開して足場を作っていく。影の口が出てきていない今、降りればいいのだが降りる瞬間を狙われるのは厄介だ
「魔力の無駄遣いとは随分と余裕のようで」
男は少々不機嫌にそう言った
「余裕はないさ！」
堂々と我輩は答える。そして何も起動しない魔術式を足場にしながら走り男との距離を詰める。
短刀での戦いはそんなに経験がある訳じゃないが走り回って撹乱して細かく削る。そんな感じでいいなら得意だ。虎織との模擬戦でやったあの技に魔術を絡めればかなり戦略の幅が増えるだろう
「行くぞ！」
思いつきの技を実戦で試すなど言語道断とか言われるかもしれないけどやる他ない。真横に魔術式を展開してそれを思いっきり蹴り風を切りながら加速する。目が乾くのがこれの難点だな
黒いモヤが横目に見える。防ぐべきかどうか。悩む必要なんかない。目の前に魔術式を置き、手でそれを弾き減速する。
近づいてくる黒いモヤを魔術式を足場にしながら避け袖から回転式拳銃を取り出して男の眉間目掛けて撃つ
「全く、容赦がありませんね・・・そうやって何人殺めて来たんですか？」
頭に弾丸を受け仰け反りながらも男は我輩に問う。答える義務も義理もないが我輩は殺した人数を答える
「2人」
久野宮竜吉、和煎仄。この2人は我輩が殺した様なものだ
「ではワタシで3人目ですか」
男はくっくっくと気味悪く笑い仰け反った身体を起こす。頭に空いているであろう風穴は既に消えているようだ
「悪いけど人間以外は数えない主義でね」
2回引き金を引く。1発は頭、2発目は心臓を。動きながら撃つとちょっとブレるから当たれば御の字だ。
予想よりズレはしているが2発とも当たりはした。だがこんなので倒れてくれる程敵も甘くない
「本当に、人を殺すのがお上手で。普通の人間なら3回は死んでますよ」
「そうかい。ならそのまま死んでくれないかな！」
魔術式を斜め上に顕現させそれを壁に見立て蹴り地面へと急降下する。
今回は我輩の方が速い。男が手を動かす前に男の元へと近づき短刀で右腕、首、左腕の順に落とす。男はどさりと地面に倒れ込む。再生が今回は遅い。さっき撃ち込んだ弾が効いてきたか。あの場で弾に相手の回復を遅らせる魔術式を込めておいた。最初からこうすれば良かったのだが残念ながらその時に思いつかなかったのだ。まぁついでと言ってはなんだが短刀にも同じ魔術式を込めて斬った為効果は多少強くなっているだろう
「骨の無いやつだな」
二重の意味で。なんてボケてはみるが最悪な状態はあまり変わらない。
再生が遅れているとはいえ確実に再生はしている。
我輩は鎖を取り出して回復している男をぐるぐると鎖で巻く
「貴様・・・！」
おや、どうやら口と喉だけは再生させたらしい。こいつは余裕が無くなると口が悪くなるらしい
「悪いけど吊らせてもらう」
魔術式を展開し鎖を木に絡め、そして鎖を繋ぎ吊り上げる。しばらくはあのまま大人しくしてくれたらいいんだけどな
短刀を袖に隠し虎織と戦っている女の方に目を向ける。
虎織が防戦一方とは随分厄介な相手みたいだ・・・飛んでくる試験管を暴風の壁で叩き割りながら何処かへと飛ばしていく
「よっと！」
掛け声と共に短刀を女目掛けて飛ばす。
それに気づいたのか女はこちらを向き試験管を投げようとしてくる
「遅いんだよ！」
風に乗り、投げた短刀とより早く女の目の前へと躍り出る。そして飛んできた短刀を取り手首を斬る
「なっ！コイツはしっかり骨がある！」
短刀は途中で止まり女の腕からは鮮血が流れ出ていた。
「痛いわね・・・乙女の手首は自分以外が傷つけちゃいけないのよ！」
半身を焼くような痛みと衝撃が我輩の身体を襲う。何かがぶち当たったのは分かった。でもそれが何かは目視できなかった。正体はおおよそ蓮が言っていた液体プラスチックみたいな物だろう
「はぁ・・・結局あの試験体も使えなかった訳ね・・・」
女は冷酷にそう言って指をパチンと鳴らす。すると男を拘束していた鎖が弾け飛び赤い粉末と共に赤黒いスライムのような物が女の方に凄い勢いで飛びつく
「ご苦労さま。試験管に戻るといいわ・・・って離れなさい！ワタシはアナタの主人よ！逆らう気!?」
あっ、これよくある口から入って乗っ取られるやつだ。
我輩の予想は見事に的中しスライム状の何かは女の口から身体に入っていく。
顔つきや体格はそのままだが足が液状化、というか半スライム化しているように見える
「くっくっく・・・！第2ラウンドと行きましょうか！」
女は笑う。まるであの不死の男の様に。どうやら完全に乗っ取られてしまったらしい。可哀想に・・・
まぁ哀れんでいても仕方ないしこれは自業自得だろう。
我輩達にできるのはコイツを倒すことだけだし
