第35.5幕 薬師寺蓮
琴葉の放送を聴いてから数十分後、俺は準備を終え放送後に琴葉からの電話で命じられた人間の捜索に向かう。どうやら華姫市内にネズミが入り込んだとか。そういうのは将鷹と雪城の仕事だろうに。そう思いながらも俺は家の玄関で靴を履いていた
「蓮、今から向かうわけ?随分な出遅れじゃないかしら。それとも重役出勤と言うやつかしら」
明るい若緑色の髪を左右に分け額を出している姉、柚が気だるげに俺に話しかける
「俺は今から出た方が丁度いいってもんだ。準備を怠って死ぬなんてまっぴらごめんだからな。姉貴も救護側で手伝ってくれれば楽なんだけど」
「嫌よそんな面倒事。可愛い女の子達の介抱なら良いけど大概怪我するのはアンタの友達か白鷺さんじゃない」
「ぐうの音も出ないな」
「まぁせいぜい頑張りなさい。本当に助けが必要な時だけ呼びなさい。もし人手が足りてる時に呼んだら・・・」
「分かってるっての」
そう言って俺は家の外へと出る。姉貴はいざという時に頼りになるが興味のある事以外やる気が無いのが玉に瑕と言うやつだ
家を出て直ぐに禍築に連絡を取る。何時もなら発信音がなり続けた後に電話に出るというのに今日は通話ボタンを押した瞬間に禍築にしては珍しいしゃんとした声が聞こえる
「蓮先輩、目標は華姫の門へ移動中です。捕縛をお願いします」
「了解。将鷹達は今どうなってる」
「風咲先輩と雪城先輩は敵の首領と思われる人物と交戦中に敵の影に沈みました。今吉音先輩が救助に向かってそろそろ交戦すると思います。桜花さんは狐と共に人間モドキの掃討及び足止め中、奄守と田都も掃討と足止め中です」
将鷹と雪城の状態が気になるがあの二人ならどうにかするだろう・・・そう信じる他ない。それにあの吉音が向かっているのだどうにかして救うだろう。
今は俺の出来る事をしてそれが終わってどうにもなっていないなら助けに行くのが最善手だ
市街地を走り続けついに目標の人間をこの目で捉えた。相手は黒髪を揺らし随分と呑気に歩いている。というか女相手は向いていないだよな俺・・・
「追いついたぞ。聞きたいことが山ほどあるから大人しく捕まれば危害は加えない。だがもし何かしようってんなら・・・」
言い切る前に熱が頬を過ぎ去る。何かの比喩などではなく熱い何かが頬を掠めて行ったのだ。遅れてひりつく様な痛みがやってくる。水か何かで冷やすのが良いが今はそんな事をやっている暇はない
「さっきのはただの威嚇です。これ以上ワタシの邪魔をするなら火傷じゃ済みませんよ」
「そういう訳には行かないんだわ。俺も仕事なんでな」
白衣のポケットから魔術式を刻んだ札を1枚取り出し魔力を少し込めてから炎の魔術式を起動させて札を手裏剣の様に投げる。
札は燃え始め速度を落とさず真っ直ぐ飛んでいく。その様はまさに火の玉だ
「君は符術士というやつか。ここはバラエティに富んだ魔術師が多いようだね」
女はふわふわとした口調で話ながらも火の玉をするりと躱し試験管に入った赤い何かをこちらに投げてくる。肩が弱いのかそれはへなへなと地面に落ちかける。瞬間、爆発でも起きたかのように急加速をしてこちらに向かってくる。
しかし不意打ちでない限りこんなもの当たるはずはない。既の所でそれを躱し、札を2枚投げようとした瞬間腕にさっき受けたものと同じ熱さを感じ、同じように痛み始めた。理解が追いつかない。きっちり避けた、それに向かってきた試験管は明らかに顔を狙って飛んで来た物だ。何故腕にダメージを受けた・・・?
「不思議そうな顔をしていますねー?不思議でしょう?面白いでしょう?」
「とりあえずお前がやばいやつだってことはよくわかった」
これは頭使って勝つよりなりふり構わず出し惜しみ無しで倒しに行く他ない。今の最優先は攻撃させない事だ。そうさせない為には・・・
「おや、随分と変わった扇子だねぇーそれはオリジナルかな?見たところ鉄製、いや、錆びていないというのを考慮すると白金やステンレス、チタンのどれかだろうねー」
仲間全員に魔力を分けて貰って作ったこの切り札で戦うのが無難だ。銀色に煌めく冷たい鉄扇を広げ、魔力を込めてから閉じる
「さて、どの金属だろうな!」
閉じた鉄扇を女に向けて振るうとズドンと女が地面へめり込む
「重量操作ですか・・・はぁ・・・難儀な」
構わず俺はもう一度鉄扇を広げ魔力を込めて閉じ、この魔術式の発動条件である詠唱を始める
「焔よ集え、魂を灰に、以下略!爆式、紅!」
以下略とかできるなら詠唱なんて不要なんじゃないかと思いつつも鉄扇をめり込んだ女へ向ける。
刹那、爆炎が辺りを包み地面に大量の穴を空け、土煙が舞う
「ちょっと火力強すぎたか・・・」
「これは中々痛い事をしてくれましたね・・・」
土煙の中女が立ち上がる影が見えた。だがその人影は不自然で不気味だった。まるで何人もの人間が寄せ集められ縫合されている、そんな人影だ
「っ・・・!」
脚に先程とは比べ物にならない程の熱が走り抜ける。俺は気づけば片脚を地面に着いて体勢を崩していた。そして脚には未だに熱い何かがこびりついていた。
それはどろりとした赤い液体、まるでプラスチックを溶かして液状になるまで熱したものの様だ。そして意思があるようにうねうねと動き凄まじい速度で形を常に変えている。あの試験管の中身はこれで試験管が通り過ぎた時に腕にこいつがぶち当たったと考えると納得が出来そうだ。
今も脚は燃える様に熱く手段を選んでいる暇はない。アイツのだけは今使いたくはないが仕方ない。
俺は鉄扇を広げ、閉じる
「はぁ・・・本当にこれだけは使いたく無かったんだけどな・・・でも仕方ないか」
辺りは水浸しとなり追うべき女は捕り逃してしまった。
追いかけるとするか・・・
女の足取りを追うべく禍築に連絡をとる
「蓮先輩、今すぐ指定する場所に向ってください!風咲先輩が倒れました!それに今蓮先輩が追ってるヤツもそこに向って居ます!」
「戻っては来れたがボロボロってわけか。わかった。今すぐ向かう」
塀や木々をパルクールの様な動きで乗り越え指定された場所へと最短、最速で辿り着いた。そこには将鷹が倒れており、雪城が倒れた将鷹を揺すっていた。
そんな事したら出血酷くなるだろう・・・
冷静さを失った雪城ってのはこうも取り乱すものなのか・・・
そして岩で出来た様なよく分からない腕のデカい猿の様なモノがこちらにドシドシと向かって来ている
「おい将鷹!そんな所で傷だらけで寝てんじゃねぇぞ!」
倒れて居ながらもこちらに視線を向けようとしているのが解った
「あと雪城、怪我人を下手に動かすな!」
俺の言葉を聞いた雪城はピタリと止まりどうしたらいいのか分からない、どうにかしてくれと言わんばかりの今にも泣き出しそうな目でこちらを見る
「安心しろ、俺の患者は死なせやしない」
将鷹がこの程度の傷で倒れるのはおかしい。毒か麻酔かそういうもので攻撃されたのだろうか?
まぁそういうのは後だ。毒ならこいつは死なないし、何より苦しんでいる様子がない。麻酔の線が正しそうだ
「雪城、ボケっと突っ立って無いであのヤバそうな猿みたいなやつの足止め頼む。俺はこいつの治療に専念する」
雪城はこくりと頷き、凄まじい殺気を放ちながら刀を構えて突っ走る
「蓮!将鷹は大丈夫か!?」
桜花さんの声が響く
「今なんとかしようとしてる所です」
「儂に出来ることは」
「雪城の手伝いお願いします」
「わかった。白狐様、もう少し御力添えお願い致します」
「おうよ!」
手持ちの包帯に魔力を込め消毒液をかけてから将鷹に巻き付けていく。
いつの間にか将鷹の腕をはじめ身体全体に力が入っていない状態になっていた。脈はしっかりある。やはりただの麻酔の様だ。
呑気に寝息までたてやがって・・・
心配した俺達の気持ちにもなれっての。そう思いながら地面に将鷹を放り投げる。これでも起きないのは麻酔のお陰かこいつの神経の図太さのお陰か・・・
さて、俺はあのデカブツの肩に乗っているあの女を捕まえるとするか・・・




