第30幕 風咲の蔵
「あ゛ぁ゛ぁ゛生き返るー・・・」
我輩は湯船に浸かりながら誰が居るでもないのに言葉を漏らす。
湯船の暖かさでさっきの模擬戦での疲れがお湯に溶けていく、そんな感覚だ。
それにしても爺様が温泉好きで良かったとつくづく思う。温泉好きじゃなかったら風呂に源泉を引いてくるぐらいにこだわらなかっただろうし、湯船をめちゃくちゃ広く作りはしないだろう。大きさ的には大人が2人入っても問題ない、むしろ3人くらいは余裕で行けるのでは?と思うほどだ。
鼻歌交じりに湯船に浮かび程よく熱くなった所で背伸びをして湯船からあがる
「ちと髪が伸びてきたか・・・そろそろ切ってもらわないとだな」
洗面所の鏡を見て髪をかきあげる。何故かいつも一本の毛束だけが上がらないのだがもう慣れたものだ。甚平に袖を通しミシミシとやばそうな音の鳴る廊下を歩き居間に腰を下ろす
「お兄ちゃん、髪ちゃんと乾かさんと風邪ひくよ」
「大丈夫大丈夫ーこれぐらいはすぐ乾くから」
「もう、ドライヤーかけてあげるけぇじっとしといてよ」
「や、やめるんだアリサ!あれは我輩嫌いなんだ!ゾワゾワするんだよ!」
「すぐ終わるから!」
「ぎゃー!」
抵抗虚しく我輩はドライヤーの刑となった。生暖かい風が髪を撫でるのがとても気持ち悪い・・・
「はい、終わり」
「うへぇ・・・やっぱドライヤー嫌いだ・・・」
「せっかくいい髪質なんじゃけぇ大事にしたら?」
「あんまり気にしなくていいだろ」
「髪上がらんくなるよ」
「特徴消えるのはやだな・・・」
トタトタと何かが廊下を走る音が聞こえる。一体なんだろうか?小動物的な何かが走る音に近い
「童!大変だ!昼間の奴らが逢坂から華姫に向かってきておる!」
音の正体は変化の解けた白狐だった。しかも厄介な報せを告に来た
「わかった!直ぐに出る。月奈はもう現地に向かい始めたのか?」
「あぁ、あの娘には真っ先に伝えてある」
「了解した。白狐は今すぐ月奈に合流してくれ」
「合点!」
程なくして電話が鳴る。月奈からだ
「月奈か、ちょうど連絡しようと思ってたところだ」
「てことは白狐が来たんだね」
「あぁ。それでなんだが月奈、1人で突っ走るなよ」
「・・・わかった。皆が来るまで待つよ。でも危ないって思ったら私1人でも片付けられる所まで殺るから」
「なら華姫の門の前に集合っていう連絡を回してくれ。琴葉ちゃんには我輩から連絡しておく」
「了解。それじゃあ早く来てね」
「おう」
電話を切り直ぐに琴葉ちゃんの携帯に電話をかける。ワンコール目で琴葉ちゃんの声が響く
「何かしら?」
風呂場にでも居るのだろうか。声が反響している
「人間モドキが華姫に向かってきてるらしい」
「直ぐに出るわ。場所は華姫の門前でいいわよね」
「それとアレをやって欲しいからちょっと覚悟しておいて欲しい」
「はいはい。アレがあるとはいえ万全の状態で来なさい」
琴葉ちゃんはそう言うと電話を切る。
そして数秒後サイレンが鳴り響き琴葉ちゃんの声でアナウンスが行われる
「華姫に住む皆、こんな夜遅くにごめんなさい。華姫市市長鬼姫、綺姫琴葉の話をどうかよく聞いて落ち着いて行動してください。現在逢坂からここ華姫に向かって人間モドキの群れが迫って来ています。人間モドキを門から先へは侵入させませんが万が一があるかもしれません。なので門付近にお住いの方は役所とその近辺の学校を避難所として開放しておりますのでそこへの避難をお願い致します。出来れば集団でご近所同士声を掛け合って固まって避難して頂きますようお願い申し上げます。放送は以上になります」
「将鷹!すぐ準備するから待ってて!」
さっきの放送を聞いて虎織が風呂場から居間まで急いで駆けつけて来た
「虎織、急いでたのは分かるが下着姿で来るのはやめような!せめて何か羽織るとかさ」
ドキドキするから!やめて!マジで!戦う前から心拍数上がるじゃん・・・!
「あっ、ごめん!すぐ着替えるから!」
虎織は自室に急いで服を取りに行った。それを見送ってからアリサに声をかける
「アリサ、虎織の髪乾かしてやってくれ。多分アリサがやった方が早いから」
「わかった。お兄ちゃん、ガン見し過ぎだよ」
「仕方ないじゃん」
「お兄ちゃんが変態だった件・・・」
「せめてオブラートに包んで・・・」
そういいながら我輩は居間を出る。
「お兄ちゃん、どこに行くの?」
「蔵に取りに行く物がある。虎織の事頼んだぞ」
「了解」
「爺様、開けさせて貰うよ」
蔵の鍵と鎖を取り外し蔵の扉を開く。中は暗く少々埃臭いがまぁ耐えられない訳じゃない。
電気は・・・生きている。スイッチを押すときっちりと淡い黄色の電気がふわりと灯り木製の大きな棚を照らす
「えーっと、あれはと・・・」
棚には魔術で作られた物が所狭しと飾られていた。誰も居ないのに声を出しているのは少々ここが怖いからだ。不気味ではないがなんというか言葉では表せない怖さがある
「簪とか耳飾りがここだからこの付近だな。・・・あった!」
我輩が手に取ったのは片方しかレンズがない片眼鏡、我輩の爺様、風咲幸三郎が愛用した道具、千里眼の片眼鏡だ。
埃を被っているからちょっと洗面所で洗わないといけないな・・・
たまに掃除すればいいんだけどあんまりここには立ち入りたくない。それこそ今回のような余程の事がない限りは開くのが躊躇われる
「じゃあ借りてくよ」
誰も居ない蔵に声をかけ我輩は外へと出て鍵を閉め鎖を巻く。
あとは指輪はめて着替えて銃とか持てばいいな。
なんとかなればいいんだけど・・・いや、なんとかするしかないな。
決意を固め片眼鏡を洗う為洗面所へと向かう




