第5幕 少しでも前へ
1人の男がよろめいて倒れそうになっている黒影の横を、何食わぬ顔でこちらに歩いてくる
「桜花さん、黒影ぶん投げるってやっぱ凄いっすね!」
我輩は挨拶代わりに歩いてくる男、白鷺桜花を賞賛する。
「お前も苦手な相手から逃げずに立ち向かったのは偉いぞ。」
桜花さんはそう言って我輩の正面に立って頭を大きな手でぽん、ぽんと軽く叩く。
少々照れくさいがこういうのは悪くない。父親が居たらこういう感じなのだろうな。と、あの黒影と対峙するのが嫌で一種の現実逃避をしていたが
「仲良いところ水を差すようで悪いんですけど、そろそろ黒影動きだしますよ」
虎織の声で現実逃避は終了する。まぁ何事もやらなきゃ終わらないわけだし現実と向き合いましょうか・・・
「では、軽く捻ってやるか。風咲は黒影の殲滅、雪城はそこの金髪の娘を護衛。儂は風咲のサポートに回る。やれるな?」
「「はい!」」
自分を奮い立たせる為に気合いを入れて返事をしたが視界にアレを入れるのはまだ怖い。
というか気持ち悪い。
闘う為に袖に仕舞った打撃用の刀を取り出し、持ち手をグッと握る。
「でっかい方はどうにかするんで桜花さんは鹿の方の足止めお願いします」
「1人でやれるのか?」
「何とかしてみせます。逃げるのはここまでにしたいですから」
過去、幾度となくこのタイプの黒影との戦闘は避けてきた。というかサポートに回るのが精一杯だった。
人間怖いもので少しあの姿にも見慣れて来た。それでもキモいけど・・・視界に捉えたとほぼ同時に黒影はもう1匹を捕食していた・・・
マジでそういうトラウマ抉るのやめて・・・世の中無常過ぎませんかね・・・
「桜花さん。脚崩すんであれの頭に刺さってる刀取ってもらえますか?」
さっきので若干怖気付いてしまった。元は自分で取りに行こうと思っていたが桜花さんにお願いした。
「了解だ。では1、2、3で飛び出すぞ。1、2、3!」
「っしゃあ!」
気合いを入れるために声を1つ。
今握っている刀は刀身は潰しているが斬れない訳ではない。魔術による補強さえしっかりしていればなんでも斬れる。刀身に魔力を込めると身体に寒気が走るが気にしない。何時ものことなのだから。
捕食を終えたのか黒影はこちらを見て口を開き羽と思われる物を広げ両の鎌を上に上げ威嚇してくる。
虎織に切り落とされた鎌はさっきの捕食で補ったのだろうか?まぁどうでもいいけど。
「ぶった斬るぞ虎徹!」
あと数メートルという所で刀の名を呼び気合いを入れ魔力をさらに込め脚の付け根に狙いをつける。
「風咲!気をつけろ!」
桜花さんの声と共に日が隠れどんどん影が黒く大きくなる。どうやら真上になにか来たようだ。走りを止め見上げると鎌が頭の上に来ていた。
「邪魔!」
振り下ろされる鎌は避ける事も出来た。
しかしこの後もこの鎌は邪魔になるだろう。しかし斬り落としたとしてまた生えてくる可能性も捨て難い。
生えてきたらまた斬り落とせばいいか。
そんな短絡的なことを考え、刀を下段に構え、呼吸を整え刀を天へと振り抜き鎌へと刀を当てる。手に伝わる感触が非常に気持ち悪い。
ぐにっとしたなにかを切れない包丁で叩いたような感触というのだろうか。
1秒もしない間にその感覚は消え刀は鎌を斬り裂いた後に空を切った。
黒影は脚で我輩を踏み潰すつもりなのか目の前へとズカズカと進んで来る
「1本目!」
もう一度下段に構えて逆袈裟で前脚を斬り落とす。
声を出して気を紛らわせながら1歩、2歩と跳ね、後ろ脚の目の前で少し跳んで上段に構えそのまま刀を振り下ろす。
こういうのは唐竹割りというのだろうか?そこら辺は剣の先生は一切教えてくれなかったからよく分からない。
脚を斬り落とした後、黒影の胴体を強く蹴り飛び退き黒影が飛び退いた方向に倒れてくるのを確認する。
「桜花さん!」
「応!」
桜花さんは地面を蹴り、黒影の胴体、首と蹴り頭に刺さる我輩の刀を手に取り引き抜きながら身体を捻りながら我輩に刀を投げる。
「椿流。卯の番。首狩リの刎ネ兎」
ウサギ跳びの姿勢を取り思いっきり飛び跳ね、投げられた刀を受け取り勢いに任せ黒影の首を刎ねに向かう。
大きな目がこちらをギロリと睨む。怖い。
でも、あとは首を斬り落とすだけだ。
気にするな、自分を強く持て。
刀を強く握り黒影の首に刀をくい込ませ思いっきり引き抜く。
「浅いか!」
まだ首は繋がっていた。仕留め損ねた・・・
その時一陣の風が吹き声が聴こえる
「倒せるまで私が将鷹を全力で助けるから!」
虎織が叫びながら魔術式を大量に展開している。
人が浮く程の突風を吹かせる術式が数種類展開され、中にはかまいたちを起こすような物まである
「ありがとう!頑張るよ!」
突風によって空中で体勢を立て直し、もう一度カマキリの方へ向き直る。風を蹴りカマキリの首を狙う。
「椿流。寅の番。虎月狂乱」
袈裟。横一文字。逆袈裟。唐竹割り。袈裟。
できる限りの斬撃を加えカマキリの首を落とす。それと同時にカマキリは霧散し鏡が割れそれも霧散していく。
身体からふっ、と力が抜けそのまま地に落ちていく。
あぁ、真っ逆さまか・・・頭打つよなこれ
「よく頑張ったな」
桜花さんが羽織を掴みそのまま抱えられるようにして地面へと着地した。
「お兄ちゃん!」
「将鷹!大丈夫!?」
虎織とアリサが心配そうな顔でこちらに駆け寄って我輩の顔を覗き込む
「精神的に疲れただけだから大丈夫だよ」
身体はまだ動く、多分。
苦手なモノと対峙したのだ心が疲れるのは当然だ。
「休んでいるところすまないがどうやらもう一度鏡が来たぞ」
マジか。これ以上カマキリとはやり合いたくないんだけど・・・
「うそ・・・これって・・・」
瞬間アリサの顔が青ざめる。そこには黒く大きな狼のような獣が1匹唸るように我輩達を睨んでいた




