第19幕 外れた者
ぽつり、ぽつりと雨が降り出す。虎織に嫌な思いをさせてしまった。本当に最低だ。
雨は強くなる。まだ熱を帯びた身体を冷やすにはちょうどいい。この雨で少しは冷静になれるだろうか
「おいおい、雨の中こんな所で寝てると風邪引くぞ」
傘が雨を弾く音が響く。そして大粒の水の球が我輩にかかる
「蓮・・・」
「どうした、泣きそうな顔して。さては雪城と喧嘩だな?」
「喧嘩じゃないけど・・・いや、そうだな・・・」
「落ち込むのはわかるけどさ、だからって雨に濡れて地べたに倒れていい理由にはならないだろう?俺達の仕事は身体が資本だ。それにお前の主治医としてこれは見過ごせ無いんだ」
「主治医なら傘に溜まった雨を我輩にかけるなよ・・・主治医が風邪引く原因作ってどうする」
「あれは友達としてのおふざけだ。もし風邪引いたらきっちりかっちり完治するまで面倒見てやるよ」
蓮は笑ってみせる。何時もなら笑えるはずなのに今日は笑えない
「お前どんだけ雪城の事好きなんだよ。喧嘩したぐらいで揺らぐような絆じゃないのはお前が1番分かってんだろ?立って歩いて謝ってこい」
「それがな、身体が動かないんだ。無理矢理無理させられてな」
「お前それは早く言えよ!他の人に見つからないように運んでやるからゆっくり寝とけ!あと無理矢理無理ってもうなんか訳わかんねぇな!」
そう言うと蓮は乱暴に我輩の服を掴み、担ぎ上げる
「重くないか?」
「女子か!俺がどんだけ人を運んでると思ってる。魔術師専門の医者ならこれくらい出来て当たり前だっての!」
「流石は我輩の主治医だ頼もしい限りだな」
「そりゃどーも」
瞼が重くなる。気にはしていなかったが魔力が空という訳ではないが無いに等しい。身体が動かないのはガス欠のようなものだろうか・・・
「んー・・・あれ・・・病院の天井?」
頭が重い・・・そんな中目を開くと視界に広がっていたのは目がくらむほど真っ白な天井だった
「起きたか。しっかし随分と無理させられたみたいだな。筋肉ズタボロだったらしいぞ。よくあそこで平然と寝っ転がってたな」
蓮の声だ。ということはここは病院の中にある蓮の実験室か
「あー、なんというか感覚無くてな多分影朧と半分くらい混じってたからその影響かも・・・あっ、今はきっちり感覚あるぞ」
感覚の証明とか自分が動けるかの確認を兼ねて上半身を起こす
「道理で平気そうにしてた訳だ。あの魔術式が居て本当に良かったな。あれが無かったらお前死んでたぞ」
「もしかして寝てる間に出てきてたのか?」
「あぁ、ボヤきながら諸々治して速攻引っ込んだけどな。なんつーかもう1人のお前っていうか兄弟っていうか根本が同じというかな」
「まぁ我輩の一部だし・・・そういえば蓮から見て我輩ってどうなんだ?」
「見た目はそこそこ。中身は狂ってる」
「辛辣だな」
「だってそうだろ?ほっとけないって言って見ず知らずの他人の為に命張れるなんて普通じゃ有り得ねぇよ。それと執着心って言っていいのかわかんねぇけどこだわりがすげぇじゃん?お前の引っさげてる虎徹だって折れる度に東雲に鍛え直して貰ってさ」
「虎徹は唯一無二の一振だからな・・・」
母上が我輩に贈ってくれた刀なのだ。大切にする他無いだろう
「その執着心とかこだわりを雪城の為なら捨てるってのがお前の1番狂ってる所だ。執着心とこだわりだけじゃねぇ、自分の命ですら捨てるってのが人としておかしい。裏を返せばそれは雪城への執着心とも愛情とも取れるがそういうのは普通は捨てられるもんじゃねぇんだ」
蓮からの言葉は全て正論で自覚もある。しかし面と向かって言われるとやはり自分は異常なのだと嫌という程自覚させられる
「ただ、それがお前の良さでな、無理に直す必要は無いと思うぜ?大切な人の為に自分の命を張れる、男としてそういうのに憧れないわけないだろ?本当にかっこいいよお前は」
恥ずかしそうに蓮は我輩を褒める。そんな事を言われると我輩も恥ずかしくなるというかなんというか、こう、ムズムズする!よくわかんないけど!
「ありがとな」
我輩は平静を装い礼を言う。まぁそんな事しても蓮にはバレるんだけどな
「礼は要らねぇよ。お前のメンタルケアも俺の仕事だ。あぁ、勘違いすんなよさっきのは本音だ」
「世辞でも嬉しいもんだ」
「そうか。動ける様になったってんなら雪城とかに会ってこい。そうだこれ忘れる所だったな」
蓮はそう言うと白衣のポケットから1枚の紙を取り出し我輩にそれをみせる。
焦げ跡で文字が書かれていて差出人は影朧だった。
内容はというと無理して表に出たからしばらく深い眠りにつく、今死んだらそのまま死ぬから気をつけろ、野菜は偏って食うんじゃなくて満遍なく食えという内容だ。
最後の一文がすっごく残念というかなんと言うか・・・
野菜きっちり食ってるんだけど・・・あぁ、影朧は一部しか記憶覗けないんだったな・・・
「野菜きっちり食えよ」
蓮が茶化すように言う
「我輩は食ってる。むしろ蓮が食えよ」
「俺はビタミン剤だけで十分だっての」
「またカレーでも持ってきてやる」
「やめろ!グリーンカレーだろ絶対!やめろ!お前の作るグリーンカレーは見た目に反してめちゃくちゃ辛いんだぞ!」
「アレでも結構甘口に仕上げてるんだけどな」
「いやいや!アレめちゃくちゃ辛いからな!?てかお前が作る辛味のやつは大抵辛いんだっての!舌バカなんじゃねぇのか!?」
「蓮に辛さの耐性が無いだけだろ」
「分かってんならなんであんな辛いもん差し入れようとすんだよ!せめてサラダとかだろうが!」
「野菜には鮮度ってもんがあるんだよ」
「ならせめて普通の料理にしてくれよ!」
「ハイハイ、ワカリマシタヨー」
我輩は冗談っぽくカタコトで喋ってみる
「ぜってぇ分かってないな!」
「野菜炒めにでもして持ってきてやるよ」
「ブラックペッパーとかいれるなよ」
「はいはい」
一通りふざけながらの会話をしてから我輩はベッドから降りて部屋から出ようとした時蓮があともうひとつと口を開く
「軽く調べて欲しいものがある。最近市場に出回ってる薬なんだがどうも怪しくてな」
「麻薬とか?」
「そういう類じゃねぇよ。人の筋力を上げるみたいな薬なんだがどうもきな臭くてな。もしかしたら今回の一件に絡んでるかもしれねぇから伝えておく」
「了解した。概要とかは携帯の方に噛み砕いてメールしておいてくれ」
背を向け携帯を片手に手を振り部屋を出る。
さて、虎織と話をしに行こう。何かを忘れている気がするがそんなものは些細な事だろう
 




