第18幕 結の太刀
目の前の男は煙草に火を着け煙を吐き出す。
臭いがきつくて頭がクラクラするし咳が出る。アイツの魔術を発動させてしまった・・・これは結構痛手になりかねないかな・・・早めに対処しないと・・・
「月奈、アイツの得意分野は認識阻害だから気をつけて!」
あの煙は人の認識を歪めて色々と誤認させる煙らしい。将鷹は風景を化かしたりされるぐらいで影響が少ないみたいだけど私や月奈はモロに効果を受けてしまうと思う。
それにアイツと昔戦った時は掴み所がなく刃もスルりと躱し、斬ってもまるで煙のように消えてまた現れるし厄介という言葉が最も似合うんじゃないかなと私は思っている
「虎織は戦った事あるみたいだね」
「高校生になってすぐに1回出くわしてその時にね」
「何か策とかはない?」
「今は無いかな」
嘘だ。策はある。ただこの月奈自体が本物かどうか分からない状態でその策を話す訳にはいかないし口で説明するよりやった方が早い
それをする為には・・・
「将鷹!結を使うよ!」
私は叫ぶ
結の太刀。椿流の奥義の1つ。先生が私にだけ教えてくれた最後の太刀。存在自体は将鷹も月奈も知っているし何度か使っているから対処方法は解っているはず。
大きく息を吸い込み刀に風を集める
「椿流、結の太刀。風刃裂破!」
結の太刀。それはただの風を刀に集め、刀の周りでかまいたち現象を起こし続けるだけの技。ただし風が存在し続けるのなら距離は私の目の見える範囲まで延ばせる。
簡単に言ってしまえば攻撃範囲が大きく全てをズタズタに引き裂けるチェーンソーを振り回す様な技。
私は刀を横薙ぎに振るう。視界にあった木は全てズタズタになりながら切り倒されていく
「随分な大技をいきなり披露してくれるとはな」
アイツの声。最初から当たるとは思ってないし特に驚きもしない。
そして声が聞こえたのは月奈が居た所からだった
「煙も振り払われちまったし同じ手を使っても同じ手で返されるか。これはお手上げかねぇ」
声のした方向へ視線を向けると煙に紛れて立つ人影が1つ。
「それならさっさと華姫から出ていってください」
普通なら大人しく御縄につけって言う所だけどコイツを捕まえようとしたら相当な労力と人の命が必要になると思う。殺す方が楽だけど私達で殺しきれるかどうか分からない
「そいつはまだ出来ないんでな。仕方ないからそこの出来損ないの息子にでも手伝って貰うとしよう」
煙が漂う中蒼い炎が私の真横を走る。
姿を現したのは蒼い炎に身を焼かれながら唸り、吼え叫ぶ黒いフードを被った者だった
「影朧・・・!?」
いや、違う・・・!風が吹いた時見えたあの眼は将鷹の眼だ・・・
「■■!■■■」
何かを伝えようとしているのは解るけど全てその咆哮によって掻き消されてしまっている。
どうしたらいい・・・?多分将鷹の意識はあると思う。あの眼は諦めたくないけど、どうしようもない時に見せる眼だ
「将鷹、今助けるから」
どうやったら助けられるか1mmも分からないけどやれる事はやってみないと後悔する
「はん。くっだらねぇ仲間意識だな。せいぜい殺しあってくれや」
吐き捨てるように言ってからアイツはこの場を離れるようだ。将鷹で手一杯になるだろうからこちらとしては有難い限りかな
「■■、■■■■■■■、■■■■■■■」
「何言ってるかはさっぱりだけど苦しいよね・・・熱いよね・・・大丈夫。絶対助けるから・・・」
苦手だけど水の魔術式を使って・・・
考えているその時だった。蒼い炎が通り過ぎそれと共に鋭い痛みが腕に走った
「っ・・・!」
軽く斬られたみたいだ。幸い傷は浅いし戦えないわけじゃない。
水の魔術式を展開し将鷹へと水をかける。水は将鷹に届く事無く蒸発していってしまった・・・次は風で炎を吹き飛ばす?多分火を強めるだけな気がする。
「将鷹!おいで」
両手を広げ将鷹に呼びかける。大事な人の為なら私は自分の命を賭けられる。火なんて怖くない。賭けに負けて焼け死ぬならそれは仕方ない事なんだ
「■■れ!■■■◼■■■■!」
一瞬、将鷹の声がした。一直線に私に向かってくる蒼い炎の塊。普通ならここで灰も残ってないんだろうなぁ
目の前まで将鷹が迫って来た時、私の周りに蒼い炎が渦巻き、将鷹の纏う蒼い炎を喰らうかの如く燃やし、剥がしていく。蒼い炎は血に群がる鮫の如く、というか炎が鮫の形をして将鷹の周りの炎を食いちぎっていき最後に将鷹の喉に噛み付く素振りを見せ消えた
「ゲホッ・・・ゲホッ・・・!うぇっ・・・」
「大丈夫!?」
将鷹はその場に崩れ落ちるように倒れ込む。ボロボロなのに傷がひとつもないのは影朧の能力なのかな。でも全てを燃やし尽くすような炎に焼かれてたんだ・・・精神的に辛かったんじゃ・・・
「大丈夫・・・虎織、斬っちゃってごめん・・・」
「いいよ。これくらい炎に焼かれてた将鷹に比べれば平気だよ」
自分の事より私の事を心配してくれるのは嬉しいんだけど程度がある。将鷹のこういう所は昔からあったけど最近は更に酷くなってきた。どうにかしないと取り返しのつかない事になりかねない
「アイツは・・・花影は・・・?」
「何処かに消えちゃった」
「そうか・・・駄目だな・・・それ聞いて安心してる自分が居る。あの日だってそうだ。我輩があそこで取り逃してなければあの3人は廃人に成らずに済んだのに・・・」
「馬鹿!」
つい大声が出てしまった
「あの日取り逃したのは仕方ない事だし、3人が廃人になったのは将鷹のせいじゃない!確かにあそこで取り逃してなければあの3人は廃人になってなかったかもしれない!でも!将鷹が代わりに廃人になってたかもしれないんだよ!?もっと自分を大事にしてよ!お願いだから・・・!」
思いとどまる事無く、思っている事全てを口にしてしまった。自分でもおかしな事を言っているのは解ってる。でも止められない
「解ってる・・・解ってるんだけどどうしようもないんだ・・・」
「どうしようもないって・・・そんなの・・・!」
おかしい。その言葉は飲み込んだ。解ってる。将鷹はおかしくない。そういう人だってこの世界には居る
「我輩は他人より自分を優先出来ないんだ・・・特に虎織の事になると・・・ごめん・・・少し独りにして欲しい・・・」
「でも・・・」
「虎織、今はそっとしてあげよう」
後ろから月奈の声がする。私は最低だ・・・好きな人に酷いことを言ってしまった。
今更後悔しても遅い・・・雨が降り出す中、私達は傘を差さず歩き出す




