第9幕 土地神さま
「全く、儂の姿を貧相だ、ぺちゃぱいだ、寸胴だの言いおって。一部界隈では人気コンテンツなんだぞ!」
俗に言うお姫様カットと言われる前髪、腰まで伸びた長い黒髪の少女、否、少女と呼ぶのは失礼だろう。華姫市の土地神さま、菊理媛が賽銭箱の上で胡座をかいて座っていた。
全く身に覚えのない発言を咎められているのだがまぁ近いことは白狐が言ったから仕方ない。そしてその一部界隈というのはそれなりにやばい奴らなのでは?と心の中で思いながらも口には出さない。
まぁ思ってしまっている時点で口に出しているようなものだが
「そうだぞ童。ここではお前達の思考はお見通しだ」
「悪趣味極まりないですよ。人の思考を覗き見るのは」
「何を言うか。これぐらいどの神もやっておろう?」
「我輩の知る限り土地神さまだけですよ」
今まで会ったことのある神様はそんなことはしていなかった。頭の中を見られているとどうも頭がモヤモヤする感覚がある。ここに居る二柱を除けば菊姫命、宇迦之御魂神、天照大御神、経津主神、天目一箇神、荼枳尼天には会った事があるがそんな感覚1度も感じたことはない
「・・・童、お前人の癖に神の知り合い多くない?気の所為か?」
「さて、どうなんですかね?」
「将鷹の神様との知り合い率は神職とかしてる人でも珍しいレベルだよ」
月奈が社の本殿横の蔵から出てきた
「そもそも魔術師とはいえ一介の人間がその土地の土地神さま以外に生き逢うなんて普通じゃないんだよ」
「そういうものなのか?」
「ねぇ白狐?貴方だって普段人の前に姿現さないよね?」
「あ、ぁ、そ、そうだな」
結構頻繁に姿現してるなこの神様。さてはこいつナンパとかそういうのだな?
「というか童が会った事ある神は大抵女神だな。男なのは経津主神と天目一箇神だけだし。そこまでいい男には見えんがなぁ?うーん。いつ見てもどこにでも居そうな顔だし?これと言ってビビっとくる何かもないし」
「土地神さま、神様は顔ではなく本質を見抜いているんでしょ?それに将鷹は人とか神様を惹きつける力があると思いますよ?」
「儂は顔で選んどるがなぁ。それに童の本質は儂には見抜けん。こやつの中には邪魔者が居るのでな。思考を覗こうにももう砂嵐状態じゃし。全く、厄介で器用で奇妙なモノを持ちおって」
邪魔者というと影朧の事か。まぁアイツは確かに厄介だな。死にそうになったら発動する意味不明の術式。誰に組み込まれたのか自然発生したものなのかそれすらも不明。出てきた瞬間は身体の制御が効かないらしく言葉を話さず呻き声のような咆哮をあげながら襲いかかってくるらしい。しばらくすれば身体を制御できるらしいがあまり発現させすぎると乗っ取られるのかもしれないな
ガサゴソと木々が大きく揺れ始めると共に寒気がした。昔似たような事があった気がする・・・
この後は鬼のような姿の黒影が現れるんだっけ?
「おっと、招かれざる客が来てしまったようだな。そうかそうか、今日はその日か。偶然にしては随分と出来すぎておるな。なぁ月奈?」
土地神さまは笑いながら言う。そして月奈は答えながら神をも殺す槍を構える
「そうですね。でも昔の護られるだけの私じゃありませんから安心してください。将鷹、構えて。来るよ」
言われるがまま我輩は腰に差した刀、虎徹を引き抜き正面に構える。
1本の大きな木がべキリと音を立てながら折れ、倒れると黒影が顔を出す。高さとしては6mはあるだろう。これ程大きい黒影は見た事は無いんじゃないだろうか。
片腕が欠損してはいるが絵巻に描かれている鬼そのものだった。やはり見覚えのある光景だ。これはデジャブというやつなのかそれとも・・・
土地神さまと月奈の言い方的には同じ事が前にもあったと考えるべきだろう。
一体何時なのだろうか。今考えても答えはきっと出ない。ならまずは目の前の黒影を倒すべきだろう
「月奈、援護は頼んだ!」
言うが早いか走るが速いか。虎徹を片手に勢いよく黒影の目の前へと躍り出る。
そして車の構えから袈裟斬りを繰り出す。
普通の黒影ならばどこかしら削ぎ落としていただろう。だがこの黒影は普通ではなかった。
刃がくい込む事すらなく我輩の一撃は弾かれた。硬い
とかそういうものではない。本体に触れずに弾かれたのだ。異常個体と言うやつだろう。さてどうしたものか・・・魔術は効くのだろうか?
そんな事を考えていると鬼の拳が迫って来ていた。我輩は咄嗟に後ろに跳び退き避けきれた。拳が通った所は地面が削れておりその威力を見せつけられた
「やっぱりアイツに刃物は通らないみたいだね・・・」
「そうみたいだな。月奈、打開策はあるか?」
「効くかどうかは分からないけどやってみる価値はある物は用意してるよ」
「よし、準備には時間かかるか?」
「もう準備は出来てるよ」
そう言うと月奈は神殺しの槍を地面に突き立てる。すると地面に大きな魔術式が出現した
「この式の範囲中は私が絶対。鬼は悪。悪に着るものは必要ないよね?」
突き立てた槍を引き抜き石突の部分を強く地面に当てると澄んだ鈴の音が響く。
「将鷹、今ならぶった斬れるよ」
「わかった!」
刀を鞘へと仕舞い我輩は走り出す。
拳がこちらに向かって放たれた。しかし構わず我輩は突き進む。拳が目の前まで来た時に地面を強く蹴り拳の上に乗りその場で足踏みをする。
ぐにゃりと独特な踏み心地を感じながら拳から首目掛けて走る。弾かれることなく走れているということは攻撃もきっちり通るな。
肩付近まで走り抜け刀を引き抜いて鬼の肩から腹にかけて斬り込む。さっき弾かれたのが嘘かの様にスルりと刃が入り込んでいく。しかし思ったよりも斬り込みが浅かったようだ
「まだ浅いな。月奈!頼んだ!」
「承知!」
返事と共に雷光が如き速度で月奈と神殺しの槍が鬼の頭を貫いた。
本気を出した月奈の速度は本当に速い。目で追うのも難しい程だ・・・
黒影はいつものように黒い塵となり霧散していく。
「お疲れ様」
「おう、お疲れ。これは我輩あんまり必要なかったな」
「そんなことないよ。将鷹があの鬼の腕を惹き付けてくれなかったらもう少し時間掛かってたかもしれないかな」
「それでさっきの鬼は一体なんだ?」
「あーそうか、童はあの日のことを覚えておらんか。思い出させてやろう。それに今の童なら少しだけ還しても問題無いだろう」
土地神さまが何を言っているか理解できないまま土地神さまの小さな手が我輩の頭に乗っかる
「何を・・・」
「安心せい。悪い事はせん。それに30分も有れば欠けている物も思い出せる。」
その言葉を最後に我輩の意識はゆっくりと深淵へと沈んで行った




