第4幕 喫茶青空
我輩と虎織は喫茶店の扉を開ける。
喫茶青空。海外の元傭兵にして華姫市の平和の番人、ヴァンさんとその奥さんであるローズさんの経営する喫茶店だ。
客入りは他の店と比べると少ないが一部の人には大ウケしている。
「いらっしゃい!好きな席へどうぞ!って将鷹と虎織か。1週間ぶりだな。将鷹もあの後倒れたって聞いてたが元気そうで良かった。」
「こんにちは。心配してくれてたんですか?」
「そりゃ仲間だからな。いや、仲間というか友達か。なんだかんだで華姫じゃお前程仲良いやつは師匠くらいだしな」
ヴァンさんは照れているのか頬を触りながらそう言った。友達と言って貰えるのは嬉しいものだ。
「嬉しい事を言ってくれるじゃないですか」
我輩がそう言うとヴァンさんは拳を突き出した。我輩はそれに応え、自らの拳を突き出しヴァンさんの拳にコツンと当てる。
よくある友情の証的な動きだ。我輩はこういうの好きなんだけど華姫ではヴァンさんと虎織くらいしかやらないのだ。
「そうやってノッてくれるのはお前くらいだぜ」
「みんなやりませんからねこれ」
「そうだな。いいと思うのだがな」
そんな話をしているとローズさんが寄ってきて拳を突き出しながら
「虎織ちゃん、ヘーイ!」
とノリノリで虎織にグータッチを要求した。
「ヘーイ!」
存外虎織もノリノリで返していた。可愛い。
「全く、ワタシと虎織ちゃんを仲間外れにするとかどういうつもり?」
「おっと、悪いな。お前はあんまりこういうの好きじゃないと思ってたんだが」
「なによ、昔からやってるじゃない。あぁ、なるほど。そういうのは要らない気遣いよ。ここで死ぬ仲間なんて居ないんだから」
「それもそうだな。野暮な事を言ったな」
多分傭兵をやってた頃の話だ。きっと多くの仲間を失ったのだろう。
「虎織ちゃん、少しいいかしら?前の木簡の魔術について聴きたいんだけど。仕組みとか気になって夜と昼と朝しか眠れないの」
「それはもう気になってないだろ!?」
ナイスツッコミヴァンさん。そういえばこれはある意味夫婦漫才か、そういうの最近めっきり見なくなったなぁ
「教えたいのは山々なんですけど・・・」
虎織はそう言いながら我輩の方をちらりと見た。我輩と他の場所も回るというのがちょっとした邪魔をしているのだろうか
「我輩の事は気にしなくていいよ。ヴァンさんと駄弁っておくから」
「いいの?多分結構待たせちゃうけど・・・?」
「気にする事はないよ。神社で待ってて貰ったしお互い様だし」
「それじゃあ手短に教えてくるよ」
そういうと虎織とローズさんは店の奥へと消えていく。
「お前なぁ・・・あそこは断らせとけよ。そこら辺分かってねぇなぁ」
ヴァンさんが前髪を掻き上げながら言った。
「えっ?不味かったですかね」
「ちらっとお前の方見ただろ?」
「見ましたね」
「あぁいうのは一緒に居たいとかそういうのだろ。付き合ってるならそれくらいは分かるだろ・・・」
「・・・我輩と虎織は付き合ってないですよ」
「はぁ!?お前ひとつ屋根の下で一緒に暮らしてて付き合ってないとかウッソだろお前!」
「嘘じゃないですよ」
「もしかしてお前不能・・・」
「違います!我輩だって虎織と付き合いたいけど告る勇気がないんですよ!」
「はぁ・・・そうだった・・・お前は変な所でヘタレやすいんだったな・・・お前にはお前のペースがあるしな。だが1つ言っておくなら時間は有限だ。気づいた時には手遅れになりかねない。それは忘れるな」
「はい・・・」
ヴァンさんは頭を抱えてからそう言った。我輩だって分かってるさ・・・でも勇気が出ない。いつかはこの想いを伝えたいが1歩が踏み出せない
「そういえばここ1週間、黒鉄の嬢ちゃんを見てないんだが何か知ってるか?」
「いえ・・・」
そういえばあの日以来日々喜さんを見てないな。両親みたいな人達を失ったのだから当然か・・・
後ろ向きになるのはやめよう。考えても時間は巻戻らないのだから
「呼びましたか?」
スタッと天井から誰かが降りてきた。
声を聴いて誰かは分かる。日々喜さんだ。
「おう。黒鉄の嬢ちゃん。どうやら俺が広場で寝てたのを運んでくれたらしいな。その礼を言いたくてな」
「あぁ、そうでしたか。わたしはただ運んだだけなので礼等不要ですよ。むしろわたしが礼を言わなければなりません・・・」
日々喜さんは1呼吸置いてからもう一度口を開く
「久野宮さんと仄様を救ってくれてありがとうございます」
やめてくれ・・・久野宮さんも先代も我輩達は救えて等いない・・・我輩は唇を噛み締めた。それが見えてしまったのか日々喜さんはさらに言葉を紡ぐ
「風咲君、確かに命という観点では救ってなどいないと言えるかも知れません。でも、わたしと久野宮さん、仄様は精神的には救われたんですよ。あの後2人の旅に少しだけ同行して久しぶりの家族団欒を味わえましたから。だからそんなに自分を責めないでください。時には死も人にとって救済になり得るんですよ」
死は時には救済か・・・
「あれ?日々喜さんこんにちは!」
「虎織ちゃん、久しぶりですね」
虎織が帰ってきた。予想よりも数十倍早い。
「あー将鷹また難しい顔してるー」
虎織がフニフニと我輩の頬を伸ばしたりする
「痛いー。伸ばすなー」
日々喜さんとヴァンさんはフフっと小さく笑う。
それを見て我輩も笑ってしまった。
やっぱり他人の笑顔を見るのが好きだなと我輩は自らが昔からあまり変わって無いことを自覚した。
このままの我輩でいいのだろうか?
いや、このままの我輩が良いんだよな。いつまでも後ろを向くな。誰かがそう言った気がした




